『リチャード・ウォンの基本的な不満』


出かける予定があるのに、珍しくキースは、まだ寝ている。
起こそうかと思うが、眠いのなら寝かせておきたいという気持ちもある。
いざとなれば、自分がテレポートで送ってもいいだろう。
「キース・エヴァンス……」
モニターの前で指を踊らせながら、ウォンは小さくため息をつく。
懸案事項は山積みだが、とりあえずはうまくいっている。
それはノアにいた頃も、今も同じだ。
キースは素晴らしい愛人だ。身体の相性もいい。
その味わいは格別で、後ろの穴ひとつで収容所の看守達を骨抜きにしてきたことは容易に想像できる。何も知らぬげな涼しい顔をして、無数の肌を知っているのだ、夢中にならない方がおかしい。
だからといって、ベッドの中のキースが淫乱かというと、されるままの方が多く、年齢的なことを考えれば、むしろ淡泊な方である。凄惨な過去をもちながら、セックスが嫌でたまらないということもなさそうだ。たまに物凄い色気を発する時があって、そんな時はウォンもたまらず抱き寄せ、めちゃくちゃにしてしまいそうになる。十六歳も年下の若者に本気で溺れて、保護者の立場も忘れて。
そう――保護者、なのだ。
キースは誰と対しても隔てがない。上から物を言わないが、反対に媚びることもない。ウォンにも最初から対等に口をきいてきた。それはもう、すがすがしいほどに。それでも彼が自分に期待しているのは、金銭的・政治的な支援だ。肉親との縁が薄かったらしく、父がわり母がわりであることも、無意識に求められている。それが嫌なわけではなく、むしろもっと、キースに甘えて欲しかったりする。自分の腕の中では、常に可愛らしくあって欲しい、と。
愚かな、と思う。
ウォンはベタベタとまとわりつかれるのが嫌いだ。だからこそキースと続いている。甘い言葉が欲しいのでもない。キースに「愛している」と囁かれれば、それはもう、身体の芯から震えがくるほど、嬉しいが……嬉しい?
「ウォン」
キースが起き出してきた。身支度はすんでいて、いつでも出られる姿になっている。
「お出かけですね」
「ああ、予定通りに」
「朝食は」
「もう時間がない。途中ですませる」
どうして起こしてくれなかったんだ、とは、キースは言わない。ウォンも、出かける前に水分ぐらいはとっていってくださいよ、とか、食べるものをすぐ用意しますからお持ちください、ともいわない。
「お気をつけて」
「うん」
ところが次の瞬間、キースはウォンの膝に自分の膝を乗せた。
「目を閉じて、ウォン」
突然くちびるを吸い上げられて、ウォンは驚いた。思わず抱きしめてしまう。
「キース?」
顔が離れると、キースはほんのり頬を染めていて、
「そんな隙だらけの君を、久しぶりにみたから……して、欲しいのかなって」
ウォンは喉を鳴らしていた。
可愛い。
いや。
むしろキースの方が、私を可愛いと思っているかもしれない。
ウォンは表情を整えた。
「遅れますよ、こんなことをしていたら」
「そうだな。すまなかった。なるべく早く帰る」
風のように出てゆくキースを見送って、ウォンはため息をついた。
単に都合のいい相手だからと近づいた。ただ、それだけだった、はずなのに。
舌で口を湿らせながら、呟いた。
「……本当に、はやく、無事に、帰ってきてくださいね」

(2016.7脱稿)

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Written by Narihara Akira
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