『自由落下』

「逃げられませんよ!」
激しい音とともに、掌底が、蹴りが、肘打ちが叩き込まれる。おそらく拳法の一種なのだろうが、ウォンのそれはまさしく宙を舞う動きで、動けぬままでいる身体の、それぞればらばらな箇所に六連打のダメージを与えられるのは、驚きでもあり屈辱でもある。呼吸すらできぬまま、ダウンし自由落下していきながら、キースはふいに恐怖にとらわれた。
もちろん地面に叩きつけられる前に体勢は立て直せる、自由落下の最中にウォンが追いついてきて、追加のダメージを入れるのは不可能とわかっている。それでも、落ちるのは怖い。ふだん重力のくびきから自由であるため、守られていない身一つで空の高い場所を飛ぶ怖さを忘れている。それゆえ足下をすくわれる感覚は、なお一層恐ろしいのだ。
サイインパルスで迎え撃とうとした瞬間、相手の姿が二重にぶれた。
しまった、かわされた。
ということは、次にたたき込まれるのは人を宙空に縫い止める強大な長剣!
「……あっ」
殺られる、と思った瞬間、目が醒めた。
身体が、きゅうっと強ばっていた。
「夢だなんて」
思わずキースは呟いていた。
あまりにリアルな夢だった。
思い返すと、ベッドの上で組み打ちをしたことはあっても、憎しみ合い、空中で互いの息の根をとめあったことはない。ウォンが、二人の距離をおこうと策略を使った時以外、身体にちょっとの傷をつけられたことさえない。
それなのに、なぜ怖れた。
「いや、わかってはいる」
昨夜、眠る前、ふいにウォンがキースを壁にぬいとめたのだ。
逃げられませんよ、と囁くと、狭いソファへ押し倒した。
文字通り逃げられず、そのまま愛撫を受けていたが、手首をつかまれた瞬間、キースはドキリとした。正直恐怖した。普段ならそんな無体はしない、優しい抱擁か口づけから始まるのに、なぜ、と。
「ここで、最後までします」
「あ」
本当に、そこで最後まで抱かれてしまった。
逃げられないでいるうち、押し開かれ深く貫かれて。

逃げることができない――その一瞬の恐さが、キースに悪夢の種をまいた。
しかし、その悪夢は、彼の中に深く眠っていた、さまざまな感情をかきたてた。
そう、単に夢を見るだけでは、それは終われないことだったのだ。

★ ★ ★

誰にでも、ちょっぴりいい気になりたい時がある。
例えば自分の腕の中で、愛しい人がすっかり自分に、身も心もゆだねきっている時。
柔らかな笑顔で目を閉じたキースに、「気持ちいい」などと小さく呟かれれば、可愛い、と思うだけでなく、いい気にもなる。無理に抱きすくめても、そのまますんなり抱かれるようになってくれている。それはやはり増長もする、これは自分の自由になるものなのだと驕った気持ちも湧く。
ウォンはそれでも、優しい声を出してみる。
「どうしたいの、これから?」
「ん」
うっすら瞳を開いたキースは、囁くような声で答えた。
「……しゃ××っこ。」
ハッとウォンが身を引き締めると、キースは笑った。
「したこと、ないんだ? ただ、お互いキスしあうだけのことなのに」
答える前に赤くなるウォンを見ながら、さっさと身体の向きを変える。
「いいよ、我慢できないと思ったら先に達って。されながらで集中できないなら、僕のはほうっておいていいから」
そういってキースは横臥したまま、ウォンの脚の間に顔を埋めた。身長差を楽にするための姿勢で、つまり最初からその気だったに違いない。
残念だが、本気になった彼にはかなわない。押し切られるままキスされ、生のまま濡らされながら、自分もキースの可愛らしいものに、そっと口づける。とても熱くなっていた。ウォンの口唇が軽く触れただけで、ビクンと震え、硬くしなる。そう、いつものテクニックを使えば、相手を先に達かせることができるだろう。そうすれば、自分のものも自動的に解放されるだろう。しかしウォンはためらった。だって、貴方が望んでいるのはおそらく、お互い口唇でむさぼりあいながら、一緒に達くこと――。
キースは深くは含まない。てっぺんを丹念に舌先でいじめてくる。それより下は、指で掌で巧みに愛撫してくる。
ウォンは思いきってキースを深く飲み込み、口腔内で絞り上げた。
キースが喉の奧でうめく。その振動が快楽となってウォンに伝わった。ということは、自分の乱れた息ももつれる舌も、すべてキースに直接的な喜びを与えているということだ。
たまらない。
下半身をとろかされながら、ウォンは夢中でしゃぶった。焦らすことも忘れ、ただ一心に愛撫を続ける。
そのまま極まって、二人とも熱くはじけた。
「ホウ……」
ウォンがふかくため息をついた瞬間、キースが再び身体の向きを変えた。
「まだ欲しい」
「あ」
濡れたキースの切っ先が、ウォンの秘部に押しつけられる。こばむ間もなく侵入した。
押しつけた腰をゆすりながら、キースが掠れた声で呟く。
「もっともっと、深いところで、君とひとつになりたい……」
朦朧としたまま奧まで犯されて、ウォンは返事もできなかった。
これ以上、どうやって?
誰にも許したことのない行為を、貴方に許しているのに。
さっき達した瞬間、本当によくって、少しでも余韻にひたっていたかったのに、そんなにせっかちにむさぼるなんて。
どれだけ愛しているか思い知らせたい、と激しい愛撫をしてしまうことはある。
でも、今は貴方と同じで、ただ抱きしめあっているだけでも、じゅうぶん幸せなのに。
「ウォン」
コリッと音がしそうなほどに硬くなった、充血した胸の突起を、キースは美味しそうについばんでみせる。思わずうめく恋人に、重ねて声をかける。
「君は、喜びで我を忘れることはないのか」
「ひどい」
ウォンは涙ぐんだ。
「こんな性急な……しかも、そんな、意地の悪い質問を……」
キースは早口で囁くように、
「だって、欲しくてたまらないから……君が我を忘れるぐらい、喜ばせてみたいんだ、僕だって」
全身を赤く染めるウォンを、小刻みな動きで責めたてる。
「これはいつも、君がしていることなんだからな」
リズミカルに揺れる腰。もう出すぞ、と予告するような挑む瞳。機械的な快楽追求を思わせる犯し方に、ウォンはかえって狂わされた。
どうしよう。
優しくされなくても、気持ちがいいなんて。
貴方に犯されて、こんなに感じてしまうなんて。
私は、私は……。
「……あッ!」
ウォンが先に達ってしまった。
キースも引き抜いてすぐに達した。荒い息がおさまる間も惜しんで後始末をする。
まだ瞳を潤ませているウォンの黒髪を撫でながら、
「とっても、良かった……君は?」
「知りません……」
消え入りそうな声。
「あんまり強引だから、僕を嫌いになった?」
「……」
「もしかして、感じすぎてて、恥ずかしいの……?」
ウォンは静かに涙ぐんでいた。やっと訪れた甘い余韻に浸っていた。終わらないキースの言葉の愛撫を、無言で受け止めていた。年若い恋人に翻弄されきって、恥ずかしくてたまらないのに、それがひどく幸せでもあって、まともな返事ができない。たとえば「とても素敵でしたよ、これからも時々しましょうね」などと、余裕のあるふりもできるはずだ。でも、そんな風につくろった姿でなく、今はみっともなくとも正直な自分を、キースの前に横たえていたかった。
それを見下ろしていたキースは、ウォンの額にそっと口づけた。
優しい、いたわりのキス。
「キースさま……」
名を呼んだ瞬間、涙が溢れ落ちた。キースはそれを指先でぬぐってやりながら、
「僕は淫乱だから、きっちりと服を着込んだ君の胸板を思うだけで、劣情をもよおすんだ……いろんなことを考える、君だけがされるのなら抵抗があるかもしれないけど、お互いに口にしあうのなら大丈夫かな、それで今晩、君をとろかすことができるかな、とか、昼間から、そんなことばかり……もし、君が嫌でないのなら、もっとしたいんだ。ううん、君が嫌でも欲しい。だって、すごく……」
良かったから、という呟きをキースが繰り返す前に、ウォンの腕がするりと伸びた。
銀色の髪を抱き寄せ、熱い口吻を交わす。
顔がわずかに離れた瞬間、ウォンは囁いた。
「私は、もっと淫乱ですから……こんなにされてしまったのに、今度は貴方が欲しいんです」
「わかった」
ウォンは自分でも涙をぬぐい、ゆっくりと身体を起こして、キースと身体の位置を変える。
愛しい、愛しい貴方。
「……うんと、優しくしますね」
「あ」
なぜかキースは、恥ずかしそうに顔を背けた。
「意地悪く、焦らしても、いいよ」
「どうして? 私を泣かせてしまったから?」
「……」
図星?
そうか、いわずもがなの《劣情》云々は、やはりなんとか泣きやませようとしてのことか。
ウォンは知っている。挑発的な台詞、優位を誇る態度は、この人の優しさの隠れ蓑だと。隠さなくてもいいのに、そうと知られるのが恥ずかしいのだ。それでも相手をいたわるためなら、すべてかなぐり捨ててしまう。本当なら顔から火が出そうなことまで、無理をして……。
私が受け取っているのは、こんなにも純粋な愛情なのだ。
ウォンは、背けられた頬に掌をあて、アイスブルーの瞳を間近でのぞき込んだ。
「では、うんと優しく、焦らしますね……」

終わった後も十二分に抱き合い、余韻の中で共に深く満ち足りていた。
互いの肌のぬくもりが、ただ幸せなひととき。
だが、そろそろ身体を清めなければ、とウォンが動こうとした瞬間、キースが制止した。
「ウォン」
「なんです」
「一度、手合わせしてみないか?」
言われたことがわからず、真顔のキースを見つめ返すウォン。
「手合わせ、というのは」
ベッドの上での肉弾戦なら数限りなく重ねている。ということは。
「だから、体術こみの超能力戦のことだ」
ウォンは眉をひそめた。
「力勝負を、今更ですか」
「二人のどちらが強いのか、純粋に戦ったことがないから判らないだろう?」
「わかります」
今の私では貴方に勝てない。全力が出せないからではない、本気になっても勝てないだろう。自分の超能力には確かに自信をもっている、それなりに場数も踏んでいる。だが、氷の総帥の独自の能力、たとえば自分を中心に全方位を攻撃する氷の棘=フリジットスパインや、敵の超能力を封じる氷の鎧=フリジットシェルは、接近戦を好むウォンにはやや厄介なものだ。テレポートで背後に飛び、打撃を加えようとしても、棘に迎撃されれば意味がない。氷の槍にうっかりひっかけられれば、続けてダメージをくらってしまう。あげくそこへ、氷の龍が牙を剥いたら。
もちろん、超能力結界をはり、その隅に相手を追い込められれば勝機はある。そこから脱出させず、ガードもさせず、無限コンボをたたき込むことも不可能ではない。しかし貴方にそんなことはできないし、そんな勝ち方をしたところで面白くもなんともない。時を遅くして、その隙に氷の殻から相手を押し出すなり、宙空で消した短剣を自在に再現させるなり、超能力戦をキースが望むなら、最低限それぐらいのことはしなければなるまい。
キースはまだ真顔で、
「そんなことはない。戦っているうちにその気になって、意外な結果をひきだすことだってありえるだろう」
「意外な結果、ですか」
ウォンは苦笑した。
つまり、絶対に負けない自信があるということだ。
それならそれで、戯れにしてもいいか、とふとウォンは思った。
「そうですか、では何時しましょうか。二人きりで? それとも、皆の前で?」
大きな超能力が激突するのは目立つことだから、あえてデモンストレーションという形をとることもできる。しかし二人の手の内を、他のサイキッカーにさらけだすのもどうかという気もする。
「二人きりのデモンストレーション、というのも悪くないだろう。データをとるためだとでも言えば、非公開にしても誰も何も思うまい」
「それで、いつ?」
「君の気が変わらないうちに」
「今すぐには無理ですよ。すっかり腰にきていますからね」
「ウソをつけ。優しくするとかいって、最後はあんなにしたくせに」
「だって……つい、夢中になってしまって」
「この身体が、まだそんなに魅力的か」
「またそんな」
確かに、とっくに飽きていていい頃なのかもしれない。男性の身体は、特定の相手にはだんだん反応しないようになるというのが定説だ。だから新しい恋人を、女性より多く求めたがるのだと。しかし、古女房とのセックスの良さは、ぴったりしっくりくる感じだというのもよく言われることだ。馴染みの身体だからこそ味わえる快楽、一人の相手と時間をかけて深めていく喜びというものは、確かに存在する。
ふいにウォンは身を起こした。キースを抱きかかえると、テレポートもせずにバスルームへ向かって歩き出す。突然抱きあげられて、思わず相手の首に腕を回しながらキースは、
「腰がどうとか言ったくせに、いったい……」
「貴方がどんなに魅力的か、洗い場で教えてあげましょう。明るいところで、貴方の身体を、もっと綺麗に磨きあげながら」
「何をする気だ」
「まだ貴方の知らないでいる、うんと淫らなこと」
「や……」
「フフ、想像するだけで、熱くしていますね」
ふいにキースは口をつぐみ、身体から力を抜いた。返事のかわりにウォンの胸にもたれかかり、淡く潤んだ瞳でじっと見上げる。
ああ。
もう新しい媚態を覚えてしまった。無言で、瞳で語るすべを。飽きる間も与えてくれないのか。しかも、手合わせをしよう、などと物騒な言葉を、睦言の余韻のさなかに言い出す。その真意はともかく、心騒がせずにいられない。
「こんなに美しい身体を、少しでも傷つけたくはないのですが」
「僕もだ」
「え?」
「このきめ細かい肌に、傷痕を残したい訳じゃないんだ。君は……とても綺麗だ……」
小さな呟き。恥ずかしそうに伏せられた長い睫毛。
ああ、もうなんでもいい。
すべて貴方の思うままに。
それがこの身体に傷をつけることであろうとも。

基本は三本セット、センサー付きの防御服を着ての試合、相手にある程度のダメージを与えたところで一本勝利とカウントする。時間をおいて幾度か試合をし、基本的なデータと対サイキッカー戦の戦略を練る、というのがプランの全容である。
「私たちの敵は常にサイキッカーではないし、貴方と同じ能力を持つものがそうそういるものではありませんが?」
「それでも訓練は必要だろう、リチャード・ウォン?」
キースは白い手袋をキリッと填め、頬を引き締めてウォンを見つめる。
「わかりました。やってみましょう」
ウォンのもつ能力を活かす場合、とにかく相手の飛び道具を交わしつつ、火力を活かしての戦闘が基本となるだろう。てっとりばやく大ダメージを与えるなら、背後からの短剣をあて、なおかつ正面から大剣《戒めの洗礼》を叩き込んでダッシュ、肘と拳で連打、そこへ再度大剣+追加の小剣。ラッシュをかけてなおかつ余裕があれば、六連打となる投げ技《時空の舞踏》で華麗に仕上げ……と、そうそう上手くつなげさせてはくれまいが。
まず、軽く手合わせをし、試合後に対攻略を考える。
「僕の方がやや不利だな。いろんな意味で」
「そうですねえ。なら、クリスタルナイフを追っていく形で間合いをつめ、ダッシュの届く距離に滞空する形を基本にし、その後の攻撃にバリエーションをもたせるのは?」
「たとえば?」
「それはトゥースでもプリズンでもスピアでも……貴方に目の前で急にブレーキをかけられるだけで、かなりのプレッシャーになる訳ですから」
「しかし近づきすぎて君に投げられてはかなわない」
「そこに訓練の意味があるのでは?」
「そうだな」
「次はいつにします?」
「夕食の後、もう一セット組むか」
試合数を重ねるにつれ、二人の瞳の色が変わってきた。
戦う宿命を持つ者たちだ、力をぶつけあううち、本気になってきたのだ。実戦で大切なのは負けないことで、華麗な技を駆使することではない。相手を投げて投げて投げまくり、相手は投げるしか能がないと油断させておいて、突然バリアガードをおし破りダメージを与える戦法だとて、駆け引きであればそれは正しい。
「クッ」
その時ウォンは、うかつにも結界隅に追い込まれていた。キースのアブソリュート・ゼロで凍らされ、はじかれ、結界の壁を滑ってキースに更に蹴り飛ばされた。それは、スパインを受けた時と同程度体力を削られるというだけでなく、あまりに屈辱的な連続技で、ウォンは反射的にキースの胸ぐらをつかんでいた。
「逃げられませんよ!」
掌底を、蹴りを、肘打ちを連続で激しく叩き込む。
最後の打撃を加えた時、キースが長く尾をひく絶叫と共に落下した。
床で動かなくなった彼を見て、ウォンはハッと我に帰った。ダメージを与えすぎた、防護服を着ながら、失神するほどの衝撃をくわえるなどとは。
慌てて抱き起こすと、キースはすぐに息を吹き返した。
「すみません……大丈夫ですか」
キースは微笑みで返した。
「平気だ」
「今日はこれでおしまいにしましょう」
「勝ち逃げか」
「キース様!」
「冗談だ。今日はここでやめておこう。しかし、久しぶりに君の殺意を感じたな」
「久しぶりって」
ウォンは怪訝そうに眉をひそめた。
「いや、さっきのは正当な怒りだから、恐ろしくはないんだが」
正当でない怒り? 殺意?
ハッ、とウォンはキースを見つめた。
そう、私は自分の恋情に目がくらんで、この人を幾度も傷つけてきた。嫉妬に狂って首を締めあげたことすらある。
「私が恐ろしいのですか、貴方は」
眼差しで、キースはうなずいた。
「でも、こうして直接力をぶつけあうのはそんなに怖くないんだ。いっそ楽になった」
「え?」
「ずっと考えていたんだ。なぜ君が、そんなに僕に脅えるのか……挑発的な態度や、僕が放った言葉の刃が、君の深い場所を傷つけているんじゃないのかと。見えない傷が、身体の内側から君を腐らせているのなら、かえって僕を過剰に求めるのもわかる。発作的な殺意も理解できる。僕のせいで、君は堕ちてしまったんだ」
思いもよらぬことを言われて、ウォンはかろうじて言葉を返した。
「なぜ、そんなことを……」
「君に捕まって、殴られる夢を見た。ショックだった。だが、目が醒めてみれば、それでも少しもおかしくないんだと気づいた。君の方が強大な力があって、僕をいくらでも好きにできる。それなのに君は僕にかしづく。対等でないのに対等に扱う。そのくせ、僕の愛情を信じられず、怖れ畏まっている。何故だ。それは、君を狂わせる原因が、僕そのものだからじゃないのか。僕が怖れるべきは君じゃなく、本当は僕自身なんじゃないのか?」
「キース」
信じられない言葉の羅列に、ウォンは一瞬言葉を失う。
「怖がらなくていい、とは僕は言わない。僕だって、時々自分が恐ろしいんだ。なぜ僕は……」
キースの口唇を、ウォンの指が押さえた。
「貴方は、いくら汲んでも汲み尽くせない甘い泉です。求める者を癒やすひと……私が恐ろしいのは、貴方を永久に失ってしまうことだけです」
キースはだが、首を振った。
「君は僕を怖れなければいけない」
「なぜです」
「だって僕は、君と一緒に……」
堕ちたいのだ。
二人抱き合ったまま、どこまでも自由落下にまかせて。
それは、彼の胸の底に未だくすぶっている、滅びの欲望――。
キースの口唇の動きを読み、ウォンは微笑みを浮かべた。
「自由落下の最中は、私たちは無敵ですよ。誰も追いついてくることはできない。攻撃を加えることもできない。だから、二人一緒に堕ちたとしても……むしろ私には、それは至福の時でしょう。みだりな明日などいらないと思うかもしれない」
「ウォン」
「さあ、怪我の手当てを。勝ち逃げと言われるのも癪ですし。明日にでも再戦を」
「……うん」
キースは肩を借りて立ち上がった。
目の前の男も、やはり自分の甘い泉なのかもしれない。底に静かな水をたたえた、しかし一度はまったら抜け出すことのできない、深い井戸。こちらを癒やしつつ、危険な場所へ手招きをする暗い誘惑。
「キース」
「ん」
「一緒に堕ちたい、というのは、立派な口説き文句ですから。今晩の覚悟はできていますね?」
「怪我人に無体をする気か」
「ふふ」
青く底光りする黒い瞳が、優しく潤んだ。
「……一緒に、堕ちましょう」

(2002.10脱稿)

★攻略参照『サイキックフォース2012/ゲーメストムックVol.154』(新声社)&『サイキックフォース2012〜超能力者(サイキッカー)育成本〜』(そ〜すけ in DTB・川越ゲ部)

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Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/