『fade out』

「ああ、おかえりなさい」
帰ってくるなりキースは、ウォンの広い胸に、ふっと飛び込んだ。
「ただいま」
呟いて、じっと甘えている。
口づけをねだるわけでもなく、ただもたれかかっているので、ウォンはその背に手を回した。
「どうしたんです」
「いや別に」
キースの身体から、ひんやりしたものが伝わってくる。
それは彼が氷の超能力者だからでも、外が寒かったからでもなさそうだ。
「貴方の“いや別に”は、もう口癖ですね」
「そんなこともない」
「では、食事とシャワーと私、どれにします?」
「食事」
ぶっきらぼうなキースに、ウォンは心底残念そうに、
「ぜんぶ、っていってくださらないんですね」
「じゃあ、君から食べようか」
「デザートまでとっておいてくださっても構いませんが」
「そうする」

とりあえずシャワーをすませて、それから遅めの夕食にした。
卵をフォークでつつきながら、キースはぼんやりしている。
まだ空腹のはずなのに。
「この人は……」
ウォンは内心、ちょっとさびしくなっていた。
この人の癒しは、仕事の中にしかない。
私に甘やかされるだけでは、物足りないのだ。
それはいつも、痛いほど解っていることだけれど。
キースは視線を宙にさまよわせたまま、呟くように、
「ウォン」
「はい?」
「人をさりげなく遠ざけたい時、普通はどうするものだ」
「さりげなく、ですか」
「殺す、という答はなしだ」
「いやそれは、さりげなさの対極にあるものかと」
「でも、ひとつの方法だろう」
「まあ、普通ならば、無視する――何の反応も返さないことでしょうね」
「それは、普通か?」
「王道でしょう。すこしずつ連絡の回数をへらす、個人的な返事をしない、自分のテリトリーに入ってこられないようにする。それは攻撃よりも賢く相手を遠ざけます。よほど曲解する人間か、空気が読めない相手なら、別の方法も必要でしょうが」
「そうだな。普通は、そういう手を使うな」
「いるのですか、今の貴方に邪魔な相手が」
キースは目を閉じた。
「いや。どうやらこちらが、切られる側のようだ」
ウォンは驚きの声をあげた。
「なにかの間違いではないのですか、まさか貴方が」
キースは首を振った。
「僕は多くの仲間を捨ててきた。以前とは考え方も違う。どんなに魅力的に見えた人間でも、その内実を知ると、激しい嫌悪をおぼえる時もあるだろう。誰ともいつまでも、同じようにつきあっていけると思うのは幻想なんだ。努力しても、だめになる関係はいくらでもある。たぶん今回は、僕の方から、きれいに消えるべきだったんだ」
「しかし」
開かれたキースの瞳は、いつもより潤みを帯びていた。
「君が、いるのにな」
ため息のような、その声。
「何の不満もないはずなのに、なんで君にまで、暗い顔をさせてるんだろう。解決するような問題じゃないのに、ひとりで考え込んで。君がいて、くれるのに」
ウォンは、なんともいえない愛しさに、胸をしめつけられていた。
こんなにも素直に寂しさを表現するキースに。
「……ウォン?」
「とことん争ったのでもなければ、また笑いあえる日もくるでしょう。必要な絆でも、お互い距離が必要な時期もあります。ですから、泣かないで」
「別に泣いては」
そう呟いた瞬間、キースの頬を光るものが滑り落ちた。
「だめだな、気がゆるんだ」
泣き笑いのキースを、ウォンは胸に抱きよせた。
「貴方を泣かせる人間がいるなんて、ちょっと妬けますが」
「うん」
「そろそろ、デザートの時間にしませんか」
キースもウォンの腰に腕を回した。
「……つまらないことは、ぜんぶ忘れさせてくれ」

(2007.4脱稿)

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Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/