『日 常』

「戻りました。特に変わりないですね?」
二日ぶりに本拠地へ戻ったウォンがそちこちに声をかけていると、医師の一人がこう応えた。
「キース様が、昨日から伏せってらっしゃいます」
眼鏡の下、ウォンの瞳がすっと細くなった。
「病名は」
「単なる過労です。元々食が細い方なのに、お食事もとれないようで。しかしお若いですから、充分眠れば、明日には回復なさるかと」
ウォンは重々しくうなずいた。
「そうですか。報告ご苦労」

「お加減はいかがです?」
薄暗い部屋に足音を忍ばせて入ってきたウォンに、キースは不機嫌な声を投げつけた。
「なにしに来た」
二日も横になっていたにしては、寝たりていないようだ。ウォンはベッドに近づいた。
「いや、寝込んでらっしゃるというのでお見舞いにきました」
「わかっているなら部屋に帰れ。君に何ができる」
「そうですね、強制的にねかしつける、とか?」
キースは眉をしかめた。
「エロティックなことを言うんじゃない」
「そんなつもりで言ったのではありませんよ」
呟きつつ、ウォンは毛布の裾をまくった。
足の裏に手を当て、踵の中央と足指のつけねを軽く揉みはじめる。
「だから触るな、というのに! 君だって疲れているだろう。自分の部屋で休めというんだ」
「ここが痛みますね? 身体が緊張している証拠です。ほんの少し我慢して」
「ん……」
キースの身体はふっと緩んだ。ウォンは布団を元通りにして、
「これでよく眠れると思いますよ。どうぞお大事に」
ウォンの気配は、そのまま遠ざかっていった。
キースは再び目を閉じた。
言われなくても寝る。
自分でも情けなく思っているのだ。ウォンの留守に気が抜けて、こんな風に倒れてしまうなんて。本当はそういう時こそ、しっかりと己を保っていなければならないのに。
一刻も早く、回復しなければ……。

気がつくと、あたり一面、湯けむりに満ちていた。
うんと広い浴槽の中、キースは仰向けに浮かんでいた。
あたたかな湯が、顔以外の全身を包んでいる。
どこだ、と思う前に、夢とわかった。
だが、夢でいい。
身体がのびのびとして気持ちが良かった。
もともと、熱い湯に長く浸かる習慣は彼にはなかった。絶対零度を身にまとう彼だ、寒さには強く、真冬でもシャワーですますのが常だった。そういうことが好きになったのは、それこそウォンと暮らすようになってからだ。
仄かな温もりにゆったりと沈みながら、キースは目を閉じた。
どうだろう、このまま夢の中で眠ったら、更に夢をみるのだろうか?
ふと、さざ波がたって、人の気配がキースに近づいてきた。
「私の美しい、眠り姫」
低い、だが甘い声。
そんなうつけたことを呟く者は、この世に一人しかいない。
目をあけて叱咤しようとしたが、目蓋が重くて開かない。
声を出すのもおっくうに思われてきてそのままでいると、次の囁きが降ってきた。
「お世話させて、ください」
湯に濡れた柔らかなタオルが、首筋にあてられた。優しく動き出す。細かい泡をたてながら、脇をくすぐるようにその掌は動き、そして胸板を滑った。
その刺激で、小さな突起は硬くなった。頭の芯が、ジンと痺れてくる。熱っぽいためか、かえって身体は敏感な反応を示した。もしこのまま、こんな愛撫を続けられたら。
「消耗しますから、達っては駄目ですよ」
キースはそんな、という声も出せぬまま身もだえた。
いや、実際は身体はぴくりとも動いていないはずだった。しかし意識の上では灼熱の絶頂に導かれ、若い薔薇色の塔はきゅっとそそりたった。どうにもこらえきれず甘い蜜が溢れ出すまで、そう時間はかからなかった。
「あ、やだ、ウォン……!」
叫びが声になる前に、キースは目覚めた。
下着が濡れていた。
けだるい身体をひきずって、浴室へ向かう。
鏡をのぞいてみる。
「ひどい顔だ。頬もあたらないとな」
下着だけでなく全身をざっと洗った。必要な箇所には剃刀もあてた。
脱力感はあるものの、眠れたおかげか、少しだけ元気になった気もする。
首筋にシャワーの熱い湯をあてて、じっと身体全体の覚醒を待っていると。
「だめですよ、キース!」
突然、乾いたバスタオルに抱きとめられた。
キースは眩暈を起こして倒れかかっていた。急所をむやみに暖めたため、血液の流れがおかしくなっていたらしい。
「すっかり良くなっていないのに、あまり無茶をしては」
キースの身体についた滴を静かに押さえると、タオルの上からそっとウォンは彼を抱きしめた。
「ベッドへ戻りましょう。ね」
シンプルな寝着を一枚着せて、ウォンはキースを寝室へ誘った。
寝床へ横たえると、低く囁く。
「何か、欲しいものがありますか。冷たい水でも?」
キースは呻くような声で、
「柔らかく、僕を抱きしめていろ」
「それだけ?」
「そうだ」
ウォンもベッドへ滑り込んできた。キースの注文通り、優しく抱きしめる。
しかしなぜか、腰から下の身体を離している。
「欲しいのか?」
「いえ。我慢します」
ウォンはやっと、全身で彼を包み込むようにした。
その体温にとろけかかって、キースはハッとした。
「君、部屋ですませてきたな」
「あ、いえ、そういう訳ではなく」
ウォンがいいよどんだ瞬間、ピンときた。
さっきの夢は、ウォンの夢か。
せっかく急いで戻ってきたのに、部屋でひとり寝が寂しくて、あんな夢を。
おそらくテレパシーは無意識にとんだに違いない。
自分の身体も熱くなって目が醒め、そして自分のしたことに気付いてとんできたのだ。そうでなければ、もっと上手にとりつくろうだろう。
それをすんなり受信してしまった自分も自分だ。
体調がすぐれないというのもあったかもしれないが、それだけではない。
「風呂は、別にどうでもいいが」
キースはウォンに微笑みかけた。
「また、二人きりでゆっくり過ごせる隠れ家でも、用意しておいてくれ」
ウォンは頬を染めたまま、
「そうですね。さがしておきます」

(2005.1脱稿)

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Written by Narihara Akira
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