『征 服』

「くっ……!」
白濁したものが、ボタボタと重い音を立てて滴り落ちる。引き抜いたばかりのものの、そのゴム皮膜を外して激しくしごいているのだ。その掌は動きをやめず、ウォンの胸板へ腹へ、青臭いそれはたっぷり淫らに降りかかる。
そのたびにウォンも震え、小さな声を上げる、溢れさせる。
ついに出し切ったのか、キースの上気した顔に満足げな笑みが浮かんだ。
「ずいぶん、感じていたな」
「キース様……」
相手の濃い体液を肌に受けたまま、しどけないポーズでウォンは恋人を見上げる。

そういう行為が二人の間で始まったのは、全くの偶然だった。ウォンが受け身になって終わった後、キースがゴムを外すのを失敗して、相手にかかった。その眺めがなかなか扇情的だったらしく、かけることが気に入ってしまったらしい。中で生はどうしても嫌だというウォンに無理強いすることはなかったが、自分が責める時はそのたびに一度二度、ウォンの肌を汚すようになった。
その時キースは、いかにも《雄》の顔をしている。相手を征服してやった、とでもいいたげな喜びに満ちている。それゆえウォンは、その行為をすんなり受け入れた。相手の興奮に動かされて、自分も興奮していた。キースが夢中で性の喜びをむさぼる姿は、彼自身が受け身の時はあまりみられるものではない。それゆえ「ああ、そんな淫らなこと、お願いです、もう私は!」などと、お定まりの台詞でキースの相手をした。実際そんなことで少しでも燃え立つ自分が恥ずかしくもあった。
すべて幻想だと知っている、相手の身体を何度犯そうが精液をどれだけかけようが、征服したことなどにはならない。たとえ相手を孕ませたとしても、それで生まれてくる新しい命は本人自身のものだ。たとえ命を奪ったとしても、その魂が奪えないのと同じことだ。
もちろん、幻想などと言い出したらきりがない、もともとセックスにまつわることのほとんどが幻想なのだから。単純に生殖だけを目的としてする人間などいない。快楽のため、愛情の確認のため、征服欲を満たすため、社会的に認められたいため、それらが人間の性行為の第一義だ。それは組み合わせが男女であろうがなかろうが、ほとんど変わらないことである。
ならば儀式めいたこの行為も、キースが喜ぶのであれば意味がある。どのみち幻想と錯覚で行われているものならば、楽しい方がいいに決まっている。キース・エヴァンズの意外な可愛らしさを見るためなら、その幻想の一つを受けることなど苦にもならない。むしろ終わった後、「さあ、僕が綺麗にする番だ」などと囁かれシャワールームへ連れ込まれるのは、ウォンにとって心地よいことだった。華奢な指先に柔らかく肌をこすられて、最中より快楽を引き出される時もある。幻想でもいい、はかない瞬間でもいい、キースの愛撫はその熱い気持ちの証なのだから、貪欲に味わおうと相手の動きをじっと待っている時すらある。貴方が欲しい、どんな形でもいいから少しでも多く、と思わず本音を口走ってしまう時も。
なんにつけても慣れてくると大胆になってくるのが世の常で、一度などは野外でキースに身をまかせたこともある。一仕事を終えた後、美しい森を見つけて、そのまま二人で散策していた時のこと――外で無防備な格好をさらすなどというのは、かつてのウォンには考えられない行為だった。しかしキースの指が彼の元結いをほどき、大きな木陰の下で《抱きたい》と囁いてきた時、彼の中で何かが大きくぐらついた。
「でも、こんなところでは……それに、心の準備が」
「君にできてないのは、心の準備じゃない。身体の準備だ」
「あ」
「大丈夫だ。準備は僕がする」
欅の幹に押しつけられ、下半身をさぐられる。巧みに下着まで落とされる。
「脚を抜け」
「でも」
「大丈夫だといったろう、ほら」
右脚を持ち上げられ押し曲げられ、そのまま後ろをゴムを填めた、濡らした指でほぐされる。
「そろそろ、いいな?」
幹に寄りかかって少し腰を落としたところを、屹立したキースのものがズッと押し開く。
ウォンは深いため息をついた。
自分が責めるなら、こんな処では決してしない……それでも木漏れ日は美しい、空の青さは目に染みるようだ。こんな瞬間を誰かに狙われて殺されたら、きっと人は無様な、愚かなと笑うだろう。だが、快楽の頂上で、愛しい貴方と一つになっている時に逝くのなら、それはむしろ最上の死に方であるかもしれない。
動きづらいはずなのに、キースは懸命に身体をぶつけてくる。普段と違う箇所を刺激されて、ウォンも昂まってきた。
「どうだ、気分は?」
「キース様……もう、立っていられません」
「なんのための超能力だ、リチャード・ウォン」
「でも、力を使ったら集中できない……」
「そうか、そんなにいいのか」
キースの細い腕がしっかりと腰を支える。ウォンの脚をのばし、自分の腰にかけさせてから、再び激しく内部をむさぼりはじめる。その膂力に驚きつつ、ウォンも夢中でキースを絞りあげた。だって、キース様がこんなに必死に。たまらない。このまま流されてしまおう。貴方の情熱に、自分の中を渦巻くものに。
「あっ!」
達したあと、さすがにウォンはその場へくずおれてしまった。
キースも湿った地面に膝をつく。
「良かった?」
「……ええ」
「僕にもしたい?」
「あんな風にされたいんですか」
「そういう訳じゃないが」
「なら、立ったままはやめましょう。やはり、とても疲れます」
「そうか。すまなかった」
互いに身繕いをすませる。
そこでキースが外したものを、ウォンはさっと拾いあげて口を縛り、自分のものと共に空き箱に収めた。
「どうする、そんなもの」
「捨てていく訳にはいきませんよ。後できちんと始末します。今の世の中、こういうものは悪用しようと思えばいくらでもできますからね。貴方のクローンなど密かにつくられてはたまりませんから」
「なるほど」
「キース様だってお嫌でしょう、身に覚えもないのに、自分の子供がどこかで産まれていたりしたら。それとも、嬉しいですか?」
「うむ」
キースの瞳の中で、かすかに何かが動いた。
「君にはそういう征服欲はないのか……子孫を残したいという気持ちはないのか?」
「そうですねえ、あまり積極的にはなれませんね。私はこの世に私一人で充分ですから」
ウォンは笑った。
「それに、今この瞬間にサイキッカーが世界のどこかで産まれています。その面倒をこれから自分がみるとなると、わざわざ似たようなものを増やす必要もないかと」
「そうか」
アイスブルーの瞳は翳りを帯びて、
「君、もしかして、父親を恨んでいるのか、それで……?」
「そういう訳でもないのですが……彼には感謝しています。こうして、貴方に、巡り会えたのですから」
暖かな風が吹き抜けた。
キースは立ち上がり、相手を見下ろして低く呟いた。
「ウォン。僕に操をたてなくてもいいんだぞ」
「たてているとは、いわく言いがたい状態ですが?」
ウォンも立ち上がる。不思議そうに問いかける彼からキースは顔を背けた。
「もう仕事でもあまり寝てないだろう、僕以外と」
「年をとってくると、やはり衰えますから。いつまでもそういう手ばかり、使ってもいられないのです」
「そうじゃないだろう」
ウォンはますます不思議になって、
「でも、キース様だって、今、私以外の誰かがいる訳では……ないでしょう?」
「そんなことをしたら、相手が殺されるだろう、君に?」
「確かに殺しかねませんね」
キースに新しい恋人が出来たら嫉妬に狂うのは目にみえている。殺すよりもっとひどいことをしてしまうかもしれない。それは抑えがたい気持ちだ。
「僕も、もしかしたら」
「え」
「狂ってしまうかも……」
狂う? 嫉妬に?
その瞬間、ウォンは発情した。
「欲しい」
「あ」
「飛びますよ」
抱きかかえたままテレポートし、手近なホテルでウォンはキースをむさぼった。キースは堪えきれず叫ぶ。
「ああ、そんなに激しくしたら!」
「さっきの貴方の方がもっと激しかった……大丈夫、何度でも達かせてあげますから」
「なにが年で衰えただ……あ、あうっ」
涙を溜めながら、恥じらいながら、感じすぎてのたうちながら、それでもキースの身体は喜びをウォンに伝えた。肌から直接伝わってくる想い――大好き、大好き、君がいい、僕のもの、僕のリチャード・ウォン――夢中にならない方がおかしかった。
愛しています。大切な、私のキース・エヴァンズ。

そんな訳で、どんな淫らなことをされてもウォンは動じないつもりでいた。
そのため、相手の体液にまみれたまま、うっとりしている自分の淫らさも、あまり自覚してはいなかった。
「ウォン」
「はい」
「また、欲情してきたといったら、どうする?」
「むさぼりたい?」
「ああ。最初からじっくりとな」
キースはウォンの肌に舌を這わせ始めた。きれいに舐めとられていくうち、萎えかかっていたウォンのものが、再び硬くなる。
「一度、はずすか?」
先ほどからつけたままになっていたものに、キースの指が触れる。
「換えた方がいいですね、確かに」
ウォンが身体を起こそうとした瞬間、キースがそれを外した。そして、素早く薔薇色の塔に接吻する。
「あ、駄目!」
ウォンは跳ね起き、乱れたシーツの端をかたく腰に巻き付けてしまった。
突然我に帰ってしまったウォンを、キースは真顔で見つめる。
「なぜなんだ」
「何故って……なんです」
「なんですってことはないだろう」
キースは苦笑した。
「君は、僕がどんな愛撫をしても嫌がらない。たとえ自分があまり感じないようなことでも、僕が望んだらさせてくれる。本当は外で犯されるのや、かけられるのなんて、ちっとも嬉しくないくせに、僕が楽しそうだから許すんだ」
「キース様」
「でも、僕が望んだからって、なんでもさせてくれる訳じゃない」
「望むって」
「もう、わかってるだろう? 口をつけて、君からじかに飲みたい」
ウォンはカーッと全身が上気するのを止められなかった。
それも幻想だ、自分でわかっている、それでもキース様に局所を含まれて達くのだけは、どうしても……。
「どうしてそんなに嫌なんだ?」
キースは真剣な顔に戻った。
「無理強いは僕も好きじゃない。だから、理由を教えてほしい。どうして僕には、口をつけるのを許してくれないんだ。君はするくせに」
ウォンの声は掠れた。
「それは、我慢、できないから……」
「暴発したって僕は気にしないぞ。飲みたいといったろう?」
「ですから、飲まないで下さい」
「今更だな。君の味を全然知らない訳じゃないんだぞ」
「それはそうですが」
「誰にもさせたことがないことも、僕にはさせてきたろう」
「でも」
真っ赤なままのウォンへ、キースはにじりよって囁く。
「先に君を一度達かせて、狭くしてから入りたいんだ。その方がお互い楽しいはずだ……試したい」
「どうしても?」
「もし、他に理由がないのなら」
駄目だ。
もう、拒みきれない。
ここまで望まれたら、私は。
「わかりました。貴方の好きに……して下さい」

てっぺんへの優しい口づけから始まった。
口唇が軽く触れるだけで、硬いものはいよいよ硬くなった。口をきつく結んで堪えても、喉の奧のうめきは止められない。
裏に伸ばした舌を這わされて、ああもう駄目だと思ったら、根元をきゅっと押さえられた。これで暴発だけは防がれると安心した瞬間、先端を口に含まれた。
「出……」
思わず腰が浮く。吸われ、舌で先をつつかれては、必死の我慢もすぐ限界に近づく。深く飲み込まれないだけマシだが、なんと空いている方の手で、後ろも探られ始めた。やっぱり駄目です、止めて下さい、という前に、指がズル、と入り込む。前と後ろを同時に責められたのは初めてではない、しかし、それをしているのはキースなのだ。しかも手指でなく、あの甘い口唇で私のものを直接……あまりに刺激的すぎて、妄想すらしたことがないその光景が、ついにウォンを達かせてしまう。
「お願いです、飲まないで!」
叫ぶ前に、キースの喉がゴクリと鳴っていた。
その瞬間、こらえていたすべてのものが溢れだした。
「嫌です、嫌……ああっ!」
二度三度と溢れるものをさすがにキースは一気に飲みきれず、それでもこぼれたものまで、ぬぐうようにして口に入れた。
そうしてホウ、と満足げなため息をついているので、ウォンは思わず尋ねた。
「……入れないんですか、キース様」
「無理だ。狭すぎて、今は指も入らない」
キースは涙を浮かべているウォンを、優しく見下ろした。
「このあと君を味わうなら、何度かして慣らさないと駄目だな。それはそれで楽しそうだ、君が許してくれるなら、の話だが……感じすぎて、駄目か?」
「最初から」
「ん?」
「最初から、入れるつもりなどなかったのでしょう」
溢れる涙を自分でぬぐって、ウォンは身を起こした。
「狭くなって快楽が深まるからじゃない、私が恥ずかしがるのが楽しくて、それでこんな、こんなことを……私は貴方のものですが、それでも……」
キースの頬がすっと引き締まった。
「なぶりたかった訳じゃない」
「わかっています、でも」
「わかってない」
なぜか、キースの頬に朱がさしはじめる。
「馬鹿馬鹿しいって、笑っていいぞ」
「え」
ウォンが目をみはると、キースはまるで呟くように、
「なにをしても受け入れてしまう君が、かたくなに譲らないことを、どうしても試してみたかったんだ。君にしてみれば、なぶられたのと同じだろう。でも、僕は、君の最後の砦を陥してみたかったんだ……馬鹿馬鹿しいが、君ならわかってくれるだろう、こんな気持ちも?」
赤くなった顔を隠すように、キースはウォンの胸に頬を押しつけた。
「だから。……君を、征服したかったんだ」

(2002.4脱稿)

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Written by Narihara Akira
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