『逆 転』

その日キースは、眠り足りて目覚めた。
「ん……」
心身共に、ひどく落ち着いている。
仕事が一とおり片付いたからかもしれない。休養にあてるつもりだったが、じゅうぶん睡眠がとれたので、疲れもほとんど癒えている。
ならば次の仕事にとりかかるか、とも思うが、相手の反応待ちの部分もあるので、いまは下手に動かない方がいいだろう。それはウォンの方も同じはずで、そろそろ戻ってくるだろう、昼でもささやかな祝杯ぐらいはゆるされるはずだ、などと考えはじめた。
そして。

「戻りました」
するりとコートを脱いだウォンを、キースは穏やかな笑顔で迎えた。
「首尾は?」
「まずまずです」
「僕もだ」
「それはよかった。ここのところ、働きづめでしたからね。今日はゆっくりなさってください」
キースの瞳が、いたずらっぽくきらめいた。
「つまり、僕は好きなことをして、かまわないわけだ」
「もちろんですよ。午後のお茶にしますか、それとも」
キースは腕をのばし、ウォンの口唇に指で触れた。
「君を、裸にしたい」
ウォンは口唇を動かさずに、
「何度もされていますよ?」
「いやか」
「貴方をいやがるわけ、ないじゃありませんか」
キースはウォンの上着の下へ、掌を滑り込ませた。
「じゃあ、いちにちかけて、ゆっくり……今、すごく、能動的な気分なんだ」

身体どころか、心の隅々までこの人に味わいつくされた、とウォンは思っている。
おとなしく抱かれている時と違い、「今日は僕が」という時のキースは、おそろしく積極的だからだ。「この人がこんなにも私を」と驚き、それが甘い情感に変わって、すべてゆるすことになる。明るい浴室で身体の隅々まで清められたことも、一度や二度ではない。はずかしくもあるが、それがかえってキースをそそるらしく、何度も求められる。そしてウォンも、他の相手では決して味わえない何かを、受け取るのだ。
「……どうにかなって、しまいそう」
その日のキースは、文字通りウォンをあやすように抱いていた。
優しく丁寧で、それでいて確かに性的な愛撫。淡い快感が緩やかに積み重なっていって、焦らされている、というのとはまた違った切なさが、ウォンを喘がせる。
キースが優しく囁く。
「意識もすべて手放していい。僕にまかせて」
「なんだか、怖くて」
「ここは安全だ、誰も襲ってきたりしない。それとも、僕が怖い?」
「いいえ」
「優しくされるの、いや?」
「キース」
ウォンはわずかに首を振って、
「私を、こんなにして……貴方はなにが欲しいのですか」
キースはウォンの頬に指を添わせた。
「僕が欲しいのは、こうやって震えている、君の裸の魂だ。愛されることになかなか慣れなくて戸惑う君が、かわいくて、いとおしくて、たまらない」
ウォンは何かにたえかねたように、身をよじった。
「なら、早く」
「じゃあ、《貴方に愛されたい》といってごらん」
「キース」
「君は人を疑うのが習い性になって、《愛されたい》と思うことを己に禁じている。なんでもないことまで恥ずかしがるのは、そのせいだ。だけど、君が僕のすべてを包み込んで、優しくしたいと思っているように、僕も君を愛したいんだ。だから《愛してほしい》って求められたら、どれだけ嬉しいと思う?」
「いわせたい?」
「いわせたい」
ウォンはキースにしがみついた。
「いえません、どうしても!」
キースはウォンの腰に掌をあて、敏感な箇所を温めるようにしながら、
「慌てるな。いちにちかけて、ゆっくりする、といったろう?」
「ああ、貴方という人は……!」

★      ★      ★

ホウ、とため息をついて、ウォンは見事な裸身を投げ出した。
キースは嬉しそうに、
「こんなに無防備な君は、はじめてみるかもしれないな。ほんとうに、すっかり裸だ」
ウォンは苦笑した。
「貴方がこんなにしたんじゃありませんか」
「悪い人、とでもいいたいのか?」
「いえ」
「怖いことなど何もないだろう? こうしてぜんぶ見せてしまえば」
ウォンはもうひとつため息をついて、
「ありますよ」
「なんだ」
「そろそろマンネリだと、貴方に飽きられることです。貴方が変わったことを試みてくるたび、別な意味でドキドキしてしまう」
「やれやれ、そんなつもりはないんだが……むしろ、反対なんだが」
キースはウォンに身をそわせ、ゆっくり体重をかけていく。
「僕が望んでいるのは、君との関係が変わらないことだ」
「いつまでも?」
「いつまでも」
「なるほど」
ウォンの腕が、キースをそっと包み込んだ。
「……怖がっているのはむしろ、貴方のほうなのかもしれませんね」
はっと顔をあげたキースに、ウォンは柔らかく笑みかけた。
「そんなことが嬉しかったりする私の方がたぶん、悪い人、ですよね」

(2007.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
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