『butter』

「ウォン」
キースの声は、すっかりかすれていた。
「とけちゃう……」
ウォンは冗談めかして応えた。
「いえ、ずいぶんかたくなってますよ」
キースは強くウォンに身体を押しつけた。
「君もじゃないのか」
「もちろんです。ではもっと熱くして、すっかり溶かしてしまいましょう」
「いいけど、そのあと、どうする?」
「バターみたいに溶けた貴方をしばらく堪能してから、人の形に戻します」
「ん」
キースはウォンの首にしがみついた。
「とかして……」

眠ってしまった恋人に、ウォンは静かに寄り添っていた。
ここのところ、キースは新しいプロジェクトの疲れがたまっているらしく、ベッドに入るなり眠ってしまっていた。
そうでなくとも、若いうちは眠いもの。
キースがすこやかに活動できることが一番大切なこと。
そんなわけで、ウォンはしばらく、夜の生活を我慢していた。
だが今夜は、キースの方から身を投げかけてきた。
可愛らしく求められて、ウォンは嬉しかった。
そう、優しく触れることは、癒しになるはず。
ゆっくり全身を撫でていくことで、疲れもほぐれるはず。
心の中でそんないいわけをしながら抱きしめると、キースはほんとうに溶けてしまった。
ウォンも、身体の一部が溶けるようだった。
いい思いをする、という言葉があるが、こんな夜をいうのだろう。
疲れてはいるが、まだ眠りたくないような。
「ん……」
ふと、大きな息を吐いて、キースが目を開いた。
「ああ、ウォン、まだ起きてたのか」
「ええ、まあ」
うなずいたウォンの胸に、キースは頬をうずめた。
「……ありがとう」
満ち足りた声。ウォンの頬も、思わずゆるむ。
「そんなによかった?」
「それだけじゃない。安心して眠れた」
「それならよかった」
「どうしてか、わかるか」
「なぜでしょう」
「君、とけたところを堪能してから、人の形にもどす、って約束したろう」
そうか、それで安心したのか。
なにもかも忘れるほど感じたい。だが、終わったら、いつもの自分に戻りたい。
その希望を、自分はきちんとかなえたのだ。
ウォンはキースの背を撫でた。
「どちらの貴方も好きですから。どちらもたっぷり味わいたいんです」
「ん」
キースは目を閉じ、甘いため息まじりにつぶやいた。
「明日もまた、バターみたいに……」

(2008.6脱稿)

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Written by Narihara Akira
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