『ドライマティーニと彼の嘘』


「知恵蔵」
「ん?」
満潮音は報告書に視線を落としたまま、ソファに転がっているパートナーに声をかけた。
「仕事も一段落してるし、明日明後日と、事務所を休みにするからね」
「なぜだ」
「だってバレンタインじゃないか」
「は?」
「もうホテルは予約済みだからね。混むからちょっと前倒しにしちゃったけど、別に構わないだろう?」
「どこへ行くつもりなんだ」
「教えない」
「なぜだ」
「ちょっと俗っぽいからさ。君に軽蔑されたくない」
「意味がわからない」
「君の好みがわからないし、僕もちょっと不案内なところだけど、そういうサプライズもいいかなと思って」
「だから意味がわからない」
「特別な日を、君とゆっくり過ごしたいだけの話なんだけどなあ」
「どうせ私に、拒否権なんかないんだろう」
「君がどうしても嫌だっていうなら、やめるけど」
知恵蔵は黙り込んでしまった。
満潮音はすっと部屋を出て行き、そしてオリーブの入ったカクテルグラスを二つもって戻ってきた。
「なんだ」
「とりあえず、お祝い的に」
「なんの祝いだ」
「まだ、君と二人でいられることに、乾杯しちゃ、いけないかな?」
知恵蔵は身を起こし、グラスを受け取った。
「嫌だとは言っていない」
「その言葉が聞きたかった。乾杯!」
満潮音が飲んだのを確かめてから、ドライ・マティーニを口に含んだ。
グラスを置くまで、何かおかしいと思わなかった自分のうかつさを、知恵蔵は後で呪った。



気づいた時にはもう夜が明けていて、満潮音のベンツの中にいた。
巨大な駐車場にとめられている。
「舞浜か」
満潮音はハンドルに身をもたせかけて、
「よくわかったね。ここのホテルに来たことあるの」
「この駐車場を使ったことはないが、この景色でわからないわけがない」
「君がよく眠ってたから、起こさないでのせちゃったんだけどさ」
「一服盛ったな」
シートベルトをつけられて、最低三十分の道のりをきたのだ。普通に寝ていたはずがない。
満潮音は美しい微笑を浮かべて、
「今日いちにち、ここで遊んでから泊まろうと思ってるんだけど、先にもう少し寝ておく?」
「おまえ、ディズニーランドにそんなに興味があったのか」
「いや、僕、初めてのディズニーランドはアナハイムで、日本のはあんまり行ったことなくてさ」
「金持ちめ」
「僕らの若い頃って、五年で地盤沈下で閉園するなんて噂があったじゃないか。たまたまロサンゼルスに行く用事があったから本家に寄ったんだよ。成金扱いされちゃ困るなあ」
「で、おまえの本当の目的はなんだ」
「なにが?」
「何が仕事は休みだ。目的があって連れてきたんだろう?」
「うん、まあ。君に尾行の仕方の復習をさせてあげようかなと思って。カップルのデートにはよく使われるし、煙草が吸えるところもあるし、悪くないんじゃないかな、ここ」
「まさか、おまえ」
「ん?」
「駿介君の誕生日が近いはずだ」
「ご名答」
「おまえな、あの二人に何かしたら許さないといったろう!」
「もちろん何もしないよ。息子と嫁のデートを遠くから見守りたいだけさ。親心だよ」
「だからそれが」
「なんだい、邪魔なんか、もちろんしないよ。それに、たまには君と普通にデートっていうのもいいんじゃないかなと思って」
「いい年した男が二人でディズニーランドでか」
「何か問題ある? ここは大人も楽しめるところのはずだよ。今晩泊まるところ、みる?」
雰囲気のあるパンフレットを渡されて、知恵蔵はさらに不機嫌になった。
「なに? 気に入らない?」
「私の年齢と体力を考えろ。一日尾行したり、行列に並んだりした後で、ホテルに泊まって起きていられると思うのか」
「起きていたいの?」
「おまえは何をしにきたんだ」
「健全なデート」
「なにが健全だ」
「だって夢の国でしょう、ここは。いいんじゃないの、そういうのも」
知恵蔵があいかわらず眉を寄せていると、
「君がそんなに期待してくれるんなら、早めに終わって休むようにするよ。別にあの子たちの寝室を覗きたいわけじゃないから、夜は君に集中する」
「それを信じられると思うのか」
「信じてくれないんだ」
満潮音は素早く顔を重ねた。
「じゃあ、先に君に集中しようか。車の中だと狭くてなんだから、少し離れたところに行く? 休憩できるところはいくらでもあるよ」
知恵蔵は深くため息をついた。
「本当に遠くから、一目だけだぞ」
「ああ、尾行の練習、してくれる気があるんだ」
「だから、本当に……」
知恵蔵はザリザリとした顎を撫で、
「休憩はどうでもいいが、シャワーを浴びてさっぱりしたい。おまえだってあまりよく寝てないんじゃないのか」
「開場してから入ると、ちょっと混むと思うんだけどな」
「平日だろう。それにアトラクションに乗りたくてきたわけじゃないだろう」
「わかったよ。じゃあ、先に休憩にしよう。うっかり僕が寝ちゃったら、ちゃんと起こしてくれるだろうね?」
「さあな」
満潮音は車のドアを開けた。
「まあいいや。もう明るくてなんだけど、それじゃあ、不健全なデートの、はじまりだ」


(2017.12脱稿、美少年興信所・番外編)

●注:2017年8月に、まゆみ先生からいただいたお題(謀略に満ちた大人っぽいBL・二枚舌の悪い大人)を消化しようとしましたが、ぜんぜん違う方向性になりました……また、オカワダアキナ先生の感想から頂戴した喫煙所ネタが入っています。

《BLのページ》へ戻る

copyright 2018.
Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/