『いたずらして』


 寝室に戻ると、満潮音純がベッドに潜り込んでいた。
 寝具をめくったとたん、ニッコリとして、
「いたずら、して」
「おまえは何を言っているんだ」
 日本人離れ、いや、人間離れした美貌、といっていいだろう。生まれて半世紀が経過しているとはとても信じられない、艶やかな白い肌。ゆるく巻いた淡いいろの髪。そして本人は真面目かもしれないが、何を言っても嘘くさい。それどころか、一言二言余計なことをいうと人が死ぬ。もう政界からは引退したが某大臣の一人息子で、道楽探偵などやって、のらくらと暮らしていていい男ではないのだ。圧倒的な支配力で、ベッドの中でもひたすら相手を鳴かせるわけだが、長年のパートナーの門馬知恵蔵に対してだけは、逆である夜もある。
 あるのだが。
「ハロウィンなら、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、だろうが」
「ええ? 子どもでもないのにお菓子がもらえるのかい」
「そういうプレゼントは用意してない」
「ああ、僕から悪戯されるのを待ってた?」
「おまえの悪戯はシャレにならないから厭だ」
「そっか。ごめん」
 満潮音はすっと目を伏せて、
「秋もだいぶ深くなったから、人肌が恋しいなあって思っただけなんだけど」
 知恵蔵は柔らかな髪に手を触れながら、
「何をして欲しいんだ」
「してくれるの」
「どういう種類の何をして欲しいんだ」
「別に何をしてもいいよ。悪戯なんだから」
「そんなこと、私にできるわけが……」
 そう言いながら、知恵蔵はシルクのパジャマの上から満潮音をくすぐってみる。
「あ」
 期待に満ちたため息が漏れた。
 知恵蔵は声を低くして、
「途中から、優しくできなくなるかもしれない」
「その方が嬉しいよ」
「期待に応えられるほど激しくは無理だが」
「何をしてもいいって言ったよ」
「わかった。後悔するなよ」
「しないよ。君は僕にひどいことなんてしない。僕はさんざんしてきたけど」
「ベッドの中でひどくされたことはないが」
「そりゃそうだよ、君に嫌われたくないもの」
「私だって同じだとは思わないのか」
「ああ。そうだね」
 満潮音も声を低くして、
「優しくしてって誘った方がいいのはわかってるんだけど、君、絶対そういう風に誘ってくれないからさ」
「おまえ、私に、いたずらしてって言って欲しいのか」
「ちょっときいてみたい」
「絶対厭だ」
「だめなの?」
「だってそしたら、おまえ、本当にするだろう」
「していいなら、するからね」
「だからおまえは、いったい何をして欲しいんだ」
「ん」
 満潮音は腕を伸ばし、知恵蔵の首を引き寄せた。
「君に愛されてる実感が欲しい」
「こんな私でいいのか」
「君以外なんて厭だよ」
「ああ。私もだ」 


(2022.9脱稿、美少年興信所スピンオフ。黒チョコ第5回WEBアンソロ「秋」「プレゼント」参加作品)

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Narihara Akira
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