『birthday』

「刹那。おまえ、誕生日に何が欲しい」
「え」
びっくりしたように見つめ返されて、ガデスの方が赤くなる。
軍を抜けて、二人で郊外に暮らし始めてしばらくがたつ。
毎日の暮らしに必要なものはほぼ揃った。刹那の体調もいい。農閑期に入って時間のゆとりもでてきた。そんな時、刹那の誕生日が近づいてきていることに気付いたのだ。
こういう祝い事は、恋愛生活の基本だ。
記念に何か気のきいたものでも買ってやるか、と思ったが、いい考えが浮かばない。それならいっそ、本人にきいてみるかと思ったのだ。刹那の好物でも黙って仕込んでおいて、当日あっと驚かすことも考えたが、派手な生活への憧れもある男だ。田舎暮らしでは手に入らない、高価なものや贅沢品を欲しがるかもしれない。
だから、きいてみた。
すると。
「何でもいいのか? 頼み事でも?」
菫いろの瞳を丸くしたまま、刹那が呟く。
「ああ。何でもいい」
うなずきながら、ガデスは頭をかいた。
本当を言うと、「何にもいらない」とか「ガデスが欲しい」とか、甘い台詞が飛び出してくるのを期待していた。もちろん、素直に「○○が欲しい」という言葉が出てくれば、多少の無理はするつもりでいたが。
刹那はじっと考えこんでいた。
それからやっと、思いきったように、形のいい口唇を開いた。
「じゃあ……ガデスのいない、一日」

刹那は本気だった。
誕生日の日の午前零時かっきりに、ガデスを家の外へ追い出したのだ。
「おめえ、何を企んでんだ」
「何にも。ただ、一日ひとりで過ごしたいだけだ」
ガデスは腹をたてていた。
刹那は、何もいらないから一人でいたい、を繰り返す。
理由も話さず、ただ出て行けという。
こんな夜中にか。いったい何処へ行けというんだ。
それでも、刹那がどうしてもそうしたいというなら、仕方がない。
ガデスは太いため息をついた。
「そうか。……なら、俺も一日、どこかで羽根をのばしてくるとするか」
「そうしてくれ」
バタン、と後ろ手にドアを閉められて、ガデスは不安になった。
刹那の奴、もう俺に飽きたのか。
しかしそれなら、別れを切り出せばすむことだ。
もしかして、誰かと逢うのか。
俺に教えたくないような相手と。
畜生、悪い想像しか浮かばねえじゃねえか。
なんにしても、面白くねえ。
しばらく家の前に立ちつくしていたが、しかたねえ、こんな時間でなんだが、知り合いのところへでも寄せてもらうか、とガデスはとぼとぼ歩き出した。
ち、何が欲しいかなんざ、きかなけりゃ良かった。
それより、朝から晩までベッドの上で、たっぷり可愛がってやりゃあ良かった。
そしたらどんなにおまえが好きか、思い知らせてやれたものを。
舌うちしながら闇の中へ、消えてゆく……。

「……行ったか」
刹那はぽつりと呟くと、そろそろとベッドへもぐりこんだ。
「怒ってたな、ガデス。あれじゃ、明日の夜、戻ってきてくれないかも……」
冷たいシーツの中で、身体を縮める。
一人きりになりたい、というのは、表も裏もない刹那の本音だった。
ガデスが好きだ。ガデスと暮らす毎日は楽しい。ガデスが俺のために骨をおってくれるのが、どんなに嬉しいかしれない。「感謝してる、愛してる」って、いくら言っても足りないぐらいだ。
それなのに。
毎日顔を合わせていると、「ありがとう」を言い損なってしまう。つまらないことで口喧嘩したり、心にもない皮肉を言ってしまったりする。その反対に、際限なく甘えてしまいそうになったりも。
だから。
誕生日ぐらいは、朝から晩まで一人で暮らして、気持ちをリセットしたい。
自分が生まれてきた意味を、一人で考えたい。
俺が一番つらかった時、いったい誰がこの心の闇に暖かな火を灯してくれたか、それをはっきり思いだしたい。
我が儘なんだけど、ガデス、「何でもいい」って言ってくれたから。
自分勝手だと思うけど、理由も言えない。
だって。
ガデスと一緒にいることにすっかり慣れて、それが当然のようになってしまうと、何かあって離れていなければならない時に、辛くなりすぎるからだなんて――言えないよ。そしたら、今のガデスだったら、「おまえを離したりしない」って言うに決まってる。今よりもっと甘やかされて……俺、駄目になる。
一番身近な人間だからこそ、距離が必要な時って、あるはずだ。
だからあえて、寂しい一日を過ごしてみたい。
だが。
そう決意して、やっとガデスを追い出したのに、もう後悔している自分がいる。
だって、これのせいで、深刻な喧嘩になっちゃったら、どうしよう。
もし、明日の夜になっても、戻ってこなかったら。
今ならまだ間に合う。すぐに追いかけて、「ごめん、やっぱり戻ってくれ」って叫んだら、ガデス、戻ってきてくれるはずだ。
どうする?
こう考えてる間にも、ガデスはどんどん遠くへ行ってる。
でも。
いったん、決めたことだから。
なかなか暖まらないベッドの中で、刹那はしきりに寝返りをうつ。
これから始まる一日の空しさを思うと、とうてい眠れそうにない。
ガデス。
ごめん。
でも俺、今日一日だけは、ひとりで……。

「ち、まだか」
明かりの消えた家の前。時計が零時を指すまで、あと五分。
ガデスはまったく面白くない一日を過ごした。
知り合いは訳もきかずに泊めてくれたし、ご馳走も用意してくれた。しかし、何を食べても、何を飲んでも、ちっともうまくない。なんだ仏頂面して、奥さんと喧嘩でもしたのか、とかかわれた時には、思わず怒鳴りだしそうになった。
喧嘩なら、まだいい。
喧嘩じゃねえから、こんなにいらだってるんだ。
刹那。
ガデスは約束の時間がきたら、刹那の頬を一つはりとばしてやる気でいた。
一人でいるのが気楽だって気持ちは、わからなくはねえ。
だが、こんなやり方はあんまりだ。
他の日なら構わねえ。だが、誕生日なんだろう。なんで俺が一緒に祝ってやっちゃ、いけねえんだ?
ふと、ドアの鍵の外れる音がした。
時計を見ると、零時ぴったりだった。
約束の時間は、終わったのだ。
「おい、刹那!」
ガデスは勢いよくドアを開ける。
次の瞬間、刹那がぱっと飛び出してきた。
「ガデス!」
いきなりギュッとしがみつかれて、ガデスは毒気を抜かれてしまった。
奥の部屋からもれる淡い灯火に照らされて、刹那の頬に光るものが見える。
ずっと泣いていたのだ。よく見ると、瞳も赤く腫らしている。
「俺、ガデスに言いたいことが……」
「なんだ」
いったいどんな告白を、とガデスが胸を高鳴らせていると、刹那の泣き声が続いた。
「良かった。戻ってこなかったら、どうしようと思った……一日ぐらいなら平気だと思ってたのに、俺、やっぱり、ガデスがいないと……」
「刹那」
「ずっと、言わなきゃ、と思ってたんだ……ガデスがいてくれなかったら、俺、いま、生きてない……ガデスと一緒にいられて、どんなに嬉しいかって、俺……だから、ありがとうって、ずっと……でも、毎日顔あわせてると、うまくいえない……だから、ほんの少しだけ、距離が、欲しくて……」
刹那。
馬鹿だ、おまえは。
自分から追い出しといて、泣いて飛び出してくるほど不安になるなんて。
だが、切れ切れで支離滅裂でも、おまえの言いたいことはよくわかった。
確かにそういう台詞は、普段の生活では言えない種類の言葉だ。
だが、刹那よ。
恋人の肩を抱いて、ガデスは家に入った。
「刹那。それはな、おまえの誕生日に、俺が言う台詞だ」
「え」
「知らなかった訳じゃ、ねえだろう? おまえと一緒にいられるのが、俺にとって、どんなに嬉しいか……だから、礼を言われることじゃ、ねえんだぞ」
「ガデス、そうじゃ、なくて、俺……」
ガデスはそしらぬ顔で、後ろ手にドアを閉めた。呟くように、
「ああ、すっかり身体が冷えちまったなあ。あったまりてえところだが……」
刹那が小さく囁き返す。
「……ベッドで?」
「おう。一緒にな」

そんな訳で。
ちょっとだけ遅くなったけれど――HAPPY BIRTHDAY.

(2000.11脱稿)

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Written by Narihara Akira
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