『精神感応』

【どうだ、その男?】
【なんとも御しがたいようです。どうします?】
それはテレパシー。
二人にしか聞こえないよう、厳重にブロックをかけられた、小さな囁きあい。
リチャード・ウォンは、とある地方を訪ね、そこにいる超能力者と小さなホテルで面談中だ。キース・エヴァンズは彼らの基地にいて、その報告を心の耳できいている。そして応える。
【別に無理をしてとりこむ必要はないだろう。戦闘を好むサイキッカーは、この街にはむしろ不要だ。向こうが一匹狼でありたいのなら、そのままそこへとめておけ】
【サイキッカーの理想郷に、強い興味があるようですが】
【なら、フリーの傭兵として雇うか?】
【ガデスより早く裏切りが始まるでしょう】
【潜在能力はどうなんだ】
【Eで始まるロシアの兵器に、はるかに劣りますね】
【なら、例によってかませ犬にでもするといい。得意だろう?】
キースの声に皮肉なトーンが混じる。ウォンがよくやる手なのだ、ならず者が彼に近づいてくると、とりあえず部下にして適当な襲撃作戦を命じる。そして、その作戦中に、己の手で抹殺する。これは単純に邪魔者を消せるというだけでない、裏社会に対するいい牽制になる。暗黒の帝王のあだ名は伊達ではないと。はみだし者を取り込む力、それを誰にでもけしかけられる力、その生殺与奪をチェスの駒より自由に操る力をすべて持っていると知らせれば、誰でも下手に出るようになる、敵にまわさぬよう気を遣うようになる。
【なにもかもすべて一カ所に囲いこめば、いざという時に被害が大きくなる。我々の平和な街に、器の小さい乱暴者を入れる必要はない。御しがたいなら尚更だ】
【どうしても氷の総帥に会いたいと言っています】
【会わせたいか】
【いいえ】
【なら、君の判断で早めに処理をすることだ】
【わかりました。おおせのままに】
氷の総帥と呼ばれるとおり、こういう時のキースは冷酷非情だ。全人類の迫害からサイキッカーを守ると悲壮な決意で立ち上がった、純粋な青年という像と矛盾してみえる。しかし、指導者としてあまたの修羅場を経てきた彼には、大人のバランス感覚が育っていた。やれることをやる、できないことはしない、余計なものはとりこまない、切り捨てる。
それは彼の望む理想郷への一番の近道で、リチャード・ウォンはそのつど感服するのだが。
【それにしても、僕が生きていることは、もうそんなに有名なのか】
【もう、ではありません。未だ「死んだ」と信じたくないものが大勢いるのですよ】
【そうか。それでは仕方がないが……】
【なんです?】
【僕が生きていると知ったら、追ってくるかもしれない、とふと思っただけだ】
一瞬の間。
【貴方は追ってきて欲しいのですか、あのつまらない若造に?】
【そんな気はないのは知っているだろう】
【ええ、あんなものは何とも思いませんよ。むしろ、レジーナの方が】
【なんだって?】
【貴方はよく、レジーナを心配していたでしょう。あの兄ではあまりに気の毒だと】
【同情だ】
【わかっています。しかし私は嫉妬したのです、あなたに心をかけられる若い女に】
【ふん、そんなに嫉妬深くて、よくあの男を八つ裂きにしなかったな】
【あの男は生きて苦しまねばなりません。ただ理想を振りかざすだけで自分では何もしない罪を、自分がどれだけ愚かしいかを身をもってたっぷり味あわねば。八つ裂きにするのならば、その後ですよ。さて】
リチャードの、声に出している方の声が、ならず者との商談を終えた。男はとりあえず出された条件に満足し、いったん帰っていった。
【仕事が終わりましたので、そろそろここで休むことにします。キース様もお休みください】
【今日は戻ってこないのか? そう遠くもないのに】
【あの男は明日も来ると言っていましたから、泊まっていく方が合理的かと】
【そうか、わかった】
一瞬、キースの心の声が弱くなり、アレッとウォンが思った瞬間、
【それなら、ちょっと試してみようか……?】
【ああ】
甘えを含んだトーンに、キースが何を求めているか、ウォンは気付いた。
昨夜、話したのだ。
【ソレ】について。

ひとくさりを終えて、うとうととまどろみかけるウォンに、キースが寄り添い、囁きかけた。
「良かった?」
「ええ、とても」
「満足してる?」
「ええ」
「随分いろいろした気がするけど、まだ、やりのこしてることってないのかな」
「もっと淫らなこと?」
ウォンの声は思わず緩んだ。
性戯にさえこんなに真剣になって……愛を深めるためなら何でも試してみたいのかと、なんだか微笑ましくなってしまう。何をするにしろ、やりつくしてしまえば飽きてしまうというのに、若くてそういうことをまだ知らないのだろう。反対に、ふだん慎ましい恋人に「もっと」とせがませてしまう自分もどうかとも思う。キース・エヴァンズは、今までウォンの抱いた男女の中で、一番清潔な青年だ。決して多くを望まない。性の快楽よりも、暖かな気持ちの通いあいだけで満足してしまう。その人が、恥ずかしそうにしながらも、こんなことを言い出すなんて。
「うん……例えば、言葉責め、とか」
「して欲しいんですか」
「だってウォン、されると喜ぶじゃないか」
「喜んでるんじゃありませんよ、あれは恥ずかしがっているんです」
「でも、凄くそそる」
「なるほど。貴方ももっと、乱れてみたいんですね?」
ウォンは優しくキースの背中を抱き寄せながら、
「でも、貴方の場合、淫らなことを言わせても、あんまり恥じらってくださらないから」
「そんなこともないだろう」
「じゃあ、言ってごらんなさい、どうして欲しいのか。今、何が欲しいの?」
キースは一瞬口唇を曲げた。
それからゆっくり、ウォンの瞳を見つめながら呟く。
「……君の熱く反り返ったもので、一番感じる場所を、犯して欲しい」
ウォンはため息をついた。
「それでは台詞ですよ、キース」
迷いも恥じらいもないその言い方。恋人同士がする当たり前の事だと思っているからそういう口調になるのだ。ある意味、これ以上ないほど健康的だ。この人を性的な言葉でなぶってみたところで、今以上に乱れたりしないのはあまりに明らかで、ウォンは悩んだ。あといったい何があるだろうか、この人を満足させる性戯のバリエーションは?
「そうですね、言葉責めをご所望なら、テレフォンセックスでも試してみるとか」
キースは一瞬きょとんとした。
「電話で?」
「そう。離れている二人が、電話からきこえるお互いの声だけで達くんですよ。でも、普段ひとに見せられないようなきわどいポーズもとれますし、新鮮味はあるかもしれませんね」
「難しそうだな」
「そうですね。私も未経験ですし」
「ほんとう?」
キースの瞳がきらめいた。相手も未経験、というところに魅かれたらしい。
「それなら、電話じゃなくて、テレパシーでなら?」
「なるほど」
面白そうですね、と眼差しで相づちをうってから、
「でも、今は一緒に居るんですから、それはまた、別の日に」
「うん」
「とりあえず今晩は、先ほどのリクエストのとおり……」
ウォンの掌がキースの掌をそっと導いた。あ、と小さな声が洩れる。
「本当に熱いな」
「ええ。これで、貴方が一番感じる処を、声も出なくなるまで突いてあげる」
「いいの、もう一度?」
「もちろん。乱れ狂わせてあげる」
「ウォ……ン」
切なげな吐息とともにキースの頬が緩む。そうか、本当はもう一度だけしたかっただけだったのか、とウォンは気付いた。だからあれこれ言い出しただけで、ウォンが満足してるならいいけど、その気が少しでも残っているなら、構ってくれると嬉しいな、という。
可愛い、と思った次の瞬間、ウォンは自分が情けなくもなる。
こんなに近くにいるのにその気持ちもちゃんと読みとれないなんて。昨日今日知り合った仲でもないのだ、いくら超能力者同士で、無意識に心をガードしているからとはいえ。
ぎゅうっとしがみついてくる恋人の顔にキスを降らせながら、ウォンは囁いた。
「貴方の全身を犯してあげる。細胞のひとつひとつまで」
「もうとっくに……」
その語尾はかすれ、言葉はすぐに意味をなさなくなった。
ウォンも願った。いま本当にひとつに溶けあってしまいたいと。

そんな訳で、つい前の晩、テレフォンセックスならぬ、テレパシーセックスの約束をしたので、さっそく今、試しにやってみようとキースは言うのだ。
【さて、リードは私が?】
【うん】
【貴方の心に直接深く入り込んでも? それとも表面を撫でる感じで?】
【君の好きで構わない】
【それでは、あくまで私流で……始めましょうか】
こちらの動揺をさとらせないためには、電話でするように本当に台詞だけで達かせるべきだろう。せいぜい淫らな台詞で満足させてあげないと。
【いま、どこで何をしているの、キース?】
【ベッドの上だ。君のこと、考えてる】
【もうベッドに入ってしまったんですか。せっかちですねえ】
【横になってる訳じゃない。服もいつものままだ】
【そうですか。着たままではなんですから、脱がせてあげましょう】
【え?】
誘導。そう、催眠術でもかけるように、丁寧にキース様を言葉で誘っていかなければ。
【慌てなくていいんですよ……まず、ボタンをはずして。上から順番にひとつひとつ。邪魔なベルトも……そう。前を開けただけでもちょっと寒いでしょう。部屋を暖かくしましょう。大丈夫?】
【寒くはない】
【まあいいでしょう、これから熱くしてあげますから……そう、シャツの上からそっと肩に触ってごらんなさい。くるっと撫で回して、それから、胸へ】
【あ】
ウォンが普段やるように自分で触れた瞬間、キースは背筋がゾクッとするのを感じた。そんな。もう感じてしまうなんて早すぎる。でも。
【脇を撫で下ろされるのも好きですよね、貴方は。滑らかな肌に掌を滑らせるのは私も大好きです。ああ、もう乳首が立った】
そう言われた瞬間、胸板できゅっと硬くなるものがあり、キースはさらに狼狽した。なぜ、テレパシーだけで。ウォンは本当に意識の浅いところにしか触れていない。いくら感じたくて準備していたとはいえ、なぜ言われた通りに興奮している?
【いい感じですね。でもまだ下は脱いではダメですよ……そう、上から軽く、布越しに撫で回すだけ】
【ウォン……君も脱いで】
【はい?】
【僕だけじゃ嫌だ。君も……ほら】
【そうですね。では、私も準備しましょう】
相手の興奮を声音だけでさぐりつつ、お互い服を脱ぎ捨てる。一糸まとわぬ姿になったキースは、滑らかな肌をシーツの上にすべらせた。ローションで局部を濡らし、摩擦を始めようとした瞬間、ウォンに制止される。
【まだですよ。ベッドから出て】
【え?】
【そのままドアへ向かって】
言われたとおり、キースはふらりとベッドを降りた。ドアへ向かう。
【さあ、ドアロックを開けて】
【なぜ】
【いいからロックだけ開けて。そうしたらドアにもたれて、始めていいですよ】
言われたとおり、鍵を解除してから冷たいドアに背中をつける。
銀色のあわい繁みに掌をのばし、刺激を与えようとした瞬間、キースははっとした。
【もし、誰か来たら?】
ここは基地の最深部だ。めったな者が入り込んでくることはない。声もかけずに部屋に入ってくる不作法者もいない。だが、誰かが部屋の前を通りかかったら。嬌声をきかれてしまったら。ドアは充分に厚い、だが興奮のあまり、テレパシーが洩れてしまったら。
そうか、ウォンはそれでロックを外させたのか。この熱を煽るためか。
【痴態をさらすのは嫌?】
【ウォン】
【そうですね、貴方が一人で欲情している姿を見たら、あの男でなくとも襲いたくなるでしょう……普段行いすましている青年が、あられもなく乱れる姿ぐらい、そそるものはありませんからね】
キースはギクリとした。ウォンはそんなことまで知っているのだ。そして怒っているのだ。自分が悪いと思っているから露骨に口には出さないが、あの男に結局肌を許したことを。それなら。
【もし誰かに見られても、君が守ってくれるだろう、今なら?】
一瞬の間。
そして、優しい声が応えた。
【ええ。だから安心して】

濡らした右手で胸板を、左手で局部を刺激しながら、キースは短い呻きをあげる。口唇を舐めながら、ウォンのキスを思う。ウォンの指示は続いていて、その通りキースは身体をくねらせていた。だが、何より彼を興奮させるのは、はっきりしたテレパシーの声でなく、底を重低音で流れるウォンの想いだった。「愛しい」「大切にしたい」「なんて可愛い声」「こんな意地悪を言っても大丈夫だろうか」「これっぽっちのことで興奮している私を知られたくない」「キース様はひとりぼっちだった時も、こんなに感じたりしていたのだろうか……?」淡く伝わってくる見栄や戸惑い。こんなに不器用なウォンを誰も知るまい。あの男がどんなに誠実な恋人になれるか、それを知っているのは僕だけだ。
昂まりにあわせて、キースは合図を送る。
【ウォン……もう駄目……】
【我慢できない?】
【うん……でも、ここじゃ嫌だ……】
【部屋を汚すのが嫌なら、シャワールームへ行きましょうか】
【ウォンは?】
【私もそうします】
囁かれた瞬間、ウォンのたくましい裸身が脳裏に浮かび、キースはそのまま達しそうになってしまった。慌てて押さえ込みながら、浴室へ向かう。ウォンはどんな顔でしてるんだろう。髪はもうほどけているのか。肌に血のいろはさしているのか。局部を硬く反り返らせているのか。そう、きっともう瞳を熱く潤ませて……。
【おや、淫らな想像をしていますね?】
重ねて囁かれて、キースは赤くなった。
【いいんですよ。これはそういうプレイなんですから。それより準備を……】
ここのシャワールームは、元々二人が愛し合えるよう、特別に準備されている。すぐに湯を満たすことができるバスタブ。ノズルから外して自由に使えるシャワー。大きいバスマット。石鹸をきめ細かく泡立てられるボール。滅多にここではしないが、一人で自分を慰めることもできる。浴室はすぐ湯気で満ちた。マットを倒すと、キースはそこへペタリと腰を降ろしてしまった。ローションを洗い流し、かわりに石鹸の泡を全身に塗り始める。特に感じる場所へたっぷりと盛り、再び胸と局部をいじり始める。
【待ちきれない?】
ウォンに言われる前にせっかちに進めてしまったことに気付いて、キースはハッとした。
【君は?】
【私もそろそろです。一緒に達きましょう】
【うん】
しかし、前をヌルヌルと刺激しながら、キースは一つだけ気にかかることがある。
【どうしよう】
【なんです?】
【中にも欲しい】
【ああ。前だけでは嫌ですか】
【う……】
前だけで充分いける。それに、ウォンの形をかたどったモノで後ろを犯しながら、というのは抵抗がある。あれは嫌いだ。ウォンの部屋からとってくるのはもっと嫌だ。指で後ろを刺激するのはポーズ的にも難しい。なら、このまま終わってしまってもいいか。
【キース。小さい方の泡立てボールがあるでしょう】
【うん?】
【あてがいながらしてご覧なさい】
【あ】
入り口を押し広げられる感覚に、キースは身をよじった。確かにこれでいい。これでこのまま。
【準備はいいようですね。それでは一緒に】
【ウォンもいいの?】
【もちろん。貴方の興奮が手にとるようにわかるんですから。さあ】
【あ……ああっ!】

煽りに煽っていたために、絶頂は幾度となく訪れた。出し切って、軽く後始末をしてから、キースは湯船につかった。
テレパシーは、もうとぎれている。
「ウォンも、達したのか……」
キースはほぼ放心状態だった。ウォンも同じに違いない。ひとりいたずらとそう変わるものでもないのに、やはり新鮮だった。消耗もした。たまにはこういうのもいい。
一種の満足感にひたりながら、タオルで水気をふき取ると、キースはベッドへ戻った。
「おやすみ、ウォン」
そう呟いて明かりを消した瞬間。
「あ?」
突然背後から抱きしめられて、キースは思わず声を出してしまった。
裸のウォンだった。
「なぜ戻ってきた?」
ウォンは掠れた声で応えた。
「すみません、どうしても貴方を抱きしめたくなって……身繕いする間も惜しくて、そのまま……」
石鹸の香りのする湿った身体。
演技でなく、律儀にキースと同じ事をしていたのだ。
しかも、達しただけではどうしても足りなくて。
キースはウォンの腕を逃れた。
そして、向かいあってウォンを見つめた。
「ウォン」
「はい」
「そんなに焦らなくて、いいのかもしれないな。だって、理想郷はどこにでもある、どこにでもつくれる。ほら、ここにも」
ウォンの胸を軽く叩き、
「あるんだろう?」
「ええ」
ウォンはキースの掌をとり、キュウっと胸に押しつけた。
「今ここに、あります」

(2002.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
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