『クーデター』

それは月初めの定期報告会。というより、小規模ではあるが一種の首脳会議である。
基地最深部の会議室に集まった者らは、順番に互いの仕事の進捗状況を語り、各部門の予算バランスを検討する。責任者たちは春にふさわしく、それぞれ新しい胸章を、服の上でひからせている。
「食料の備蓄が半年分か。自給力から考えて少なくはないか? 時期的に秋口から多少楽になるとしてもだ。いざという時の調達ルートはどれぐらい確保できているのだ?」
報告をききながら、キース・エヴァンズはひとり、各責任者に質問を重ねていく。ウォンは昨夜、太平洋の向こう側で仕事が入り、まだ戻っていない。
「撃ってでるだと? 確かに、守るよりも攻撃する方が楽なのは真理だ。攻撃する方は、敵が手薄であるところを任意に選べるのだからな。そして、君らほどの潜在能力があれば、なおさら攻撃は効果的だろう。だが、防衛プログラムに新たな欠陥が発見されている。対策を終わらぬうちに戦力を振り向けて、本当に大丈夫なのか?」
それぞれから満足のいく答えを得て、キースはうなずいた。
「よし。では、本日の会議はこれで終了す――」
そう宣言し顔をあげた瞬間、集まっていた五人のサイキッカーが突然立ち上がった。
声をそろえて宣言する。
「キース・エヴァンズ。我々はあなたの政治的権限を、一切剥奪する」
ぐるりととり囲まれたが、氷のサイキッカーは眉も動かさず尋ねた。
「どういう意味だ」
一人がすかさず答えた。
「今言ったとおり。この場にいる五名があなたのかわりにこの町を営なむ。サイキッカーの理想郷として。そして、あなたには総帥の座を降りていただく」
キースは笑い出した。
「総帥の座とは大仰な。私はこの町でそう名乗った覚えはないが」
「軍事的経済的に支配を行っている者は、そう呼ばれなくても総帥だ」
「なるほど、それで私からそのささやかな権力をむしりとろうという訳か。つまり、クーデターだな」
「なんと言おうと、我ら五名の力をあわせれば、あなたを拘束することができる」
「そうだな、おそらく可能だろうな」
「キース様!」
その時、長身の東洋人が、何もない空間からすっと姿を現した。
「遅れて申し訳ありません。まさか、こんなくだらない茶番が始まっているとは思いませんでしたよ。即刻閉幕にいたしましょう」
みなぎる彼の殺気を、キースは片手で制した。
「よせ、ウォン。誰も傷つけるな」
「何故です? このような不逞の輩を始末するのは、私ひとりで十分ですよ」
だがキースは、ウォンを振り返りもせず、ただ声で彼を制した。
「そういう問題ではない。手出しも口出しもするな」
羽ペンをくるりとひねりながら、キースは五人をぐるりと見渡す。
「よろしい。誰がトップに立つのか知らないが、私の持っている権限をすべて放棄しよう。なにか文書にサインでも必要か?」
「そんなものはいらない。我々はあなたを拘束するのだから」
「いや、拘束の必要はない。あくまで武力で拘束するというなら、私は君たちを倒さねばならない。だが、単に私が必要ないというなら、私はここを出ていく。無血革命の方が、お互い嬉しかろう? なあウォン、君もそう思うだろう」
「本気なのですか、キース様」
「ああ」
キースはペンを置いた。五人に向かっていつもの冷静な声をはなつ。
「私には権力など必要ない。ただ、この男だけは連れていくぞ。これから彼は君らの敵にまわるかもしれんが、それは構わないのか?」
「その覚悟がなければ、こんなことは言い出さない」
「わかった。これで交渉成立だな。後悔するなよ」
「何をだ」
「ウォン抜きで君らがどれだけ頑張れるか見物だ、と思っただけだ。この男のやっていたのは、経済的な支援だけではないぞ」
「馬鹿にしているのか」
「いや、そんなつもりは毛頭ない」
そこでやっと、キースは青ざめたウォンを振り返った。
「さあ行こう、ウォン。ところで、身の回りのものを荷造りをするぐらいは構わないだろうな? なに、たいしてかかりはしない。今日中に出てゆくことを約束しよう」
そしてキースは立ち上がった。
その威風堂々とした姿に気圧されて、他の人間は動けない。
「いいか。君たちは私に、そしてウォンに、少しでも危害を加えようとしてはならない。私たちは、この町ごと君らを滅ぼすことも可能だ。だが、そんなことはさせるな」
言い捨ててキースは会議室を出た。
ウォンは慌てて後を追う。
「なぜ貴方が出ていくのです。忘恩の徒をそのままにしておくのです」
キースは振り返らない。
「こんなことで、血を流してもつまらないからだ」
「つまらない、と?」
キースは迷わず私室へ向かい、ドアを開けた。そして本当に荷造りをはじめた。大きな鞄をひっぱりだし、日用品を詰め始める。
「ウォン。何を今更うろたえている。君らしくもない」
せっせと手を動かしながら、キースの声はむしろ朗らかだ。
「これは喜ばしいことだ。彼らは私たちが必要ないというのだ。つまり、彼らだけでこの町を営み、守っていけるといっているのだ。それはやっと、ひとつの理想郷が完成したということだろう?」
クローゼットの前でちょっと考えこみ、今度は服を選び始める。
「私にとって、これ以上良いことはない。群れ集ってきた軟弱な連中に頼られるのはもう飽きた。大勢になり、安全度が増したからといって、そこで安心されては困るんだ。弱い者の面倒は、これからもみてやりたいと思う。だが、それも限度がある。だから私は、彼らに自分のもてるノウハウを、彼らにすべて叩き込んできた。自分たちだけですべてのことができるように。そして彼らは期待通りに成長し、自分たちの判断で動き出した。……私の目的は、これで成就したといって、いいだろう?」
「ですが」
そう、それは確かにキースが目的にしてきたことだ。敵を迎え撃つことのできる組織、弱い者を内包しながら、それを育てていける町。
キースの声は澄みきったものだった。皺にならないよう服を素早く畳んでいく手際すら美しい。
「君がいなくても十分たちゆく、というのが気に入らないか? なに、君がこの町につぎこんだ資金は、適宜回収していけばいい。君ならいくらでも裏から手を回すことが可能だろう。忘恩の徒め、などと罵る前に、君の経済的手腕をぞんぶんに見せてやったらどうだ。いい気になるな、と思いしらせてやれ」
「しかし明日から、どうするおつもりです」
キースは旅行鞄を閉じた。ベッドに腰をおろし、面白そうにウォンを見つめる。
「長い休暇がはじまったと思えばいい。好きなところで暮らそう。君と二人きりで。この間、ゆっくりできる別荘でも探しておけ、と君に言っておかなかったか?」
「その後は」
「旅暮らしに飽いたら、また居場所をつくればいいだけのことだ。新たな拠点を一から築くのも楽しいだろう。私たちにはそれができる。何度もやってきたことだ。それで、君は何を恐れている?」
ウォンは低く呟いた。
「……貴方は、同志を大切にする人だと思っていました」
それゆえに、様々な手をつくして奪ったこともある。自分一人を見て欲しくて。
だのにこうもあっさりその博愛を捨て、昨日まで一緒にやってきた仲間を心から切り離してしまうなんて。
自暴自棄になっているようにしか見えない。
それとも、いつ終わるともしれない理想郷の建設に絶望したのか。愚かしいとりまきに飽きたのか。
キースの表情は、むしろ意地の悪いものになっていた。
「どうした。こんな覇気のない人間は嫌か? いいんだぞ、利用価値などないと思えば、僕など捨ててしまったって」
「いいえ」
ウォンは顔をあげた。
「どんな貴方であろうと、私は……」
その時、時計が鳴り出した。
据え付けられていたカラクリ時計が、十二回の鐘を鳴らした。
鳴り終えた時、キースは胸のかえしを裏返し、そこで作動していた小さな機械のスイッチを切った。
次の瞬間、キースのテレパシーが、ウォンの胸に響いた。
「フ、まだ時差ぼけか? 今日が四月一日だということを、忘れたか?」
エイプリル・フール!
「とはいえ、嘘をついていいのは午前中まで、ともいうからな。ここで種明かしだ」
ウォンの口から驚きの声が出る前に、ドアをノックする音がした。キースは私室の扉を開いた。
「成功しましたか、どうでした?」
首脳会議の五人が、さっきまでとはうって変わった嬉しそうな顔で立っている。
「成功した。ウォンにも私たちの心が読めなかったぞ。愉快だな」
「では、あとは強度と大きさに改良を加えていくだけですね」
喜びの声で語り合っている。
それは何の話か、ときくまでもなかった。
皆、胸章をはずしてみせあっている。キースの服についていたのと同じ装置がつけられていた。
「そうですか。テレパシーをスクランブルする機械、ですか。どうも様子がおかしい、とは思っていましたが……」
ウォンのつぶやきに、キースはうなずいた。
「技術部が偶然、これの開発に成功してな。能力が同等のサイキッカー同士ならば、相手の心を読める方が強い。読まれないように心を鎧っておけばいいようなものだが、隙ができれば結局は読まれてしまう。それよりも最初から補助としてスクランブル装置をつけていれば、戦闘にのみ専念することができるだろう。君ほどの力のある者でも、彼らの芝居が見抜けなかったんだ、じゅうぶん実用に足るだろう。このスクランブルのかけかたがミソでな、ただ心を読ませないようにするだけでなく、念波の仕組みと非常に似た波を発生させ、人を暗示にかかりやすい状態にするんだ。口から出ている言葉を相手にそのまま信じさせてしまう。興味深いものだろう?」
ウォンは声を濁らせた。
「貴方がまさか、そんなことを考えていたとは……」
「改造と実験は自分の専売特許だと思っていたか? 人材はいくらでもあるものだ」
さあ、と五人を再びキースは追い出す。
「あとはまかせた、仕事に戻ってくれ。私とウォンを休ませてくれ」
「わかりました。ありがとうございました」
人の気配はまたたく間に去る。
二人きりになって、キースは急に顔色を改めた。
「騙して悪かったな。驚かせたか?」
「はい。本当に四月になったことを忘れていました。三月は獅子のように訪れ、羊のように去るといいますが、いつの間に……時間の流れというのは、時に速すぎますね」
キースは微苦笑を浮かべた。
「それを、君がいうのか」
ウォンも微苦笑で応えた。
「見事欺かれましたよ。貴方が英国人ということを忘れていました、さすが周到な騙しぶりですね。四月革命という演出は、悪くありませんでした」
「そうか」
キースはふと顔色を改めた。
「まあ、あれも半分は嘘ではないからな。いやむしろ、折りをみて出ていってくれ、というのが彼らの本心だ。連中もいい歳だ、若造にいつまでも町を牛耳っていてもらいたくないのも、無理はない。だから演技にあれだけの説得力があったんだ。だいたい、あんな妙な機械をいつのまにか開発していることからして、信用ならないんだがな」
キースは襟裏を静かに押さえた。
「だから私は小芝居をうった。いつか寝首をかかれる日がくるかもしれないが、先手をうてばぎょっとして、しばらくはおとなしくしているだろうと。それでも油断は禁物だ。私はいつでもここを出られるよう、常に準備している。旅支度も万全だ」
いやはや、とウォンは首を振った。
「それで、貴方は良いのですか」
「目的が成就したというのは、別に嘘ではないからな」
ウォンの瞳の色は、大変昏いものになっていた。
「それでも、私の留守に、貴方が本当にあんな目に遭ったら……」
「うん?」
ウォンの腕がのび、キースをぐっと抱き寄せた。
「胸が……つぶれるかと思いました!」
悲しみに満ちた声が、キースの全身を貫いた。
「すまなかった。心配させて」
その声が聞こえなかったかのように、ウォンはキースをベッドに押し倒し、その服を脱がせて挑みかかる。
「この世界ぜんぶより、貴方を失う方が怖いのに――」

(2005.3脱稿)

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Written by Narihara Akira
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