『甘え下手』


朝、目ざめた時、ウォンが傍らにいてくれたら。
互いに、裸のまま。
そのまま、ひろやかな胸に、暖かい肌に、しばらく甘えていられたら――いいのに。

最後に抱かれてから、もう、一週間ほどたつだろうか。
ここのところ忙しく、キースはほとんど倒れるように眠っていた。
ノアという組織が、ようやく軌道にのりはじめていたからだ。
忙しい。いろいろと問題も発生している。
収容所の実験のせいで、精神的に不安定になっている者。
もともと潜在的なサイキックパワーが強すぎ、暴走しかねない者。
多様な同志を保護するようになれば、あちこちで思わぬ衝突も起こる。
キースの心は安まらない。
唯一、ほっとできるのは、ウォンが抱きしめてくれる瞬間だった。
いくらでも甘えてくださって良いのですよ、とウォンはいう。
正直、もっと、甘えたい。
疲れがひどくなり、思考がフワフワと定まらないようになると、休むよう、ウォンにうながされる。
「適度な休息も仕事のうちです。集中力が途切れては、いざという時、不覚をとるかもしれませんよ?」
「それは、わかっているのだが」
「それとも、自分をいじめるのが趣味ですか、キース様?」
「そんな趣味に時間をさく間はない」
「では、五分で結構ですから、目を閉じていてください」
そういって、椅子の後ろにまわり、そっと肩を撫でてくれる。
掌の感触が心地よい。このまま口唇を奪われてもいいぐらいだ。
なにしろ、背後をとられ、首の急所近くを触られてるというのに、すっかりリラックスしているのだ。甘えたい気持ちも見抜かれているのだろうな、とキースは思う。
「こっていますねぇ。働きすぎですよ」
「何かせずにはいられないんだ」
「ご自分も愛さないといけませんよ」
「まあ、確かに私は、自分があまり、好きではないが」
「それはそうでしょう、わかります」
「わかります?」
「貴方のそれは、向上心ですから。今のままではいけない、もっと優れた指導者にならなければ、と思うからこそ、好きになれないのでしょう?」
「そうだろうか」
「それとも、罪の意識ですか? 血塗られた自分の手を見て、不安になりますか?」
「それをいちいち感じていては、この仕事はできない。もういい、ありがとう」
キースはため息をつき、ウォンの掌をはずすと、椅子から立ち上がった。
「そういう君だって、自分を信じていないだろう。それは滅びへの道だぞ」
ウォンは細い瞳をさらに細めた。
「どういう意味です?」
「なんのためにバイオロイドの開発などしている? 超能力の研究にああまで熱中するのは、自分のサイキックパワーを信じていないからではないのか?」
「ふふ。貴方にはかないませんねぇ」
ウォンはメガネを押し上げ、いつもの微笑でキースを見つめる。
「研究はあくまで、用心のためです。私は完全でなければならないのですから」
キースは首を振った。
「君はサイキックなどなくとも、世界の王になれる。それだけの経験も、自信も、キャリアも、そして力も、すべて持っているはずだ」
「お誉めにあずかり、光栄です。ですが、そろそろ言葉遊びはやめにしましょう」
キースはハッとした。
ずいぶんと生意気なことをいった。
表情にこそ出さないが、ウォンが怒っているような気がする。
なぜだろう。
いや、甘えたい、と思っていながら、挑むようなことをいうからいけないのか。
「夜も更けました。今日はもう、お休みください」
「ウォン」
思わず相手にすがってしまいそうになり、キースは拳を握りしめた。
「どうなさいました?」
「君も休むのか」
ウォンは首を傾げた。
「そのつもりですが、では、二人で休みますか?」
キースは顔を背けた。
「君が思うとおりに、すればいいだろう」
次の瞬間、キースはベッドの上にいた。
ウォンに組み敷かれ、急所を押さえられて、キースは大きく喘いだ。
「せっかち、な」
「貴方が誘ったのじゃありませんか」
「誘ってなどいない」
「嘘です。潤んだ瞳で、震える唇で、力の抜けた身体で、赤く染めた頬で」
「それは、君が……」
「いやなら、いや、と拒否すればよいのです。私が本当の欲望をむきだしにしたら、貴方の命はありませんよ。犯り殺されてもいいのですか」
キースは喉をならした。
ウォンの欲望に、全身をぬりつぶされてもいい、と思った。
だが、おどかすようなことをいっても、ウォンはけして無茶をしたことがない。
キースは目を閉じ、小さな声で呟くように、
「思うとおりにすればいいといった……君の、好きに……」
「私が自分を信じていないのを知っているのに、私を信じようというのですか」
その瞬間、キースはウォンのいらだちの理由が、すこしだけわかったような気がした。
意外に可愛いところがある。
つまり、全面的に信じてもらいたいんだ、この僕に。
キースは目を開け、間近に迫ったウォンの顔を見つめた。
「甘えるのは、あまりうまくないんだな、君も」
ウォンの瞳から、殺気めいたものが消えた。
キースをふわりと抱きなおし、ひろい胸に甘えさせるようにする。
「ウォン?」
「今晩はこのまま眠りましょう。私も疲れているようです」
してくれないのか、といいかけてやめ、キースはウォンの胸に頬を押しつけた。
「……それなら、朝までゆっくり、寝ていていいぞ」


(2010.2脱稿)

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Written by Narihara Akira
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