『空 気』

ウォンは空気だ、と思う時がある。
暑くもなく寒くもない、ほどよいぬくもりをもった空気。
なんの抵抗感もない、あって当たり前のもの。
ものたりない、ぐらいに。
だけど。
「×××って、欲しいな」
ふいにそう口走りそうになって、キースは首をすくめた。
空気だと思った次の瞬間に、ウォンの愛撫を求めているなんて。
そんな考えを読まれたら、きっと飛んでくる。
いつもの微笑を浮かべて、後ろに立っているはずだ。
「ここで? それともベッドで?」
そして、長い指が滑り込んでくる……。

★      ★      ★

「……え?」
そろそろ寝支度をしようと鏡台の前に腰をおろしたウォンの後ろに、キースが立っていた。
ウォンの金いろの髪どめに手をそえて、そっとはずす。
黒髪がふわりと広がる。ウォンは頬を染めた。
「今夜は私が、貴方に甘やかしてもらう番ですか?」
キースはコトリ、と鏡台に髪どめを置くと、ウォンの頬に触れた。
「君は、いまだに羞じらうな」
「それは……貴方に愛されると思うと、どうしても」
「いいんだ。そそる」
長い睫毛を伏せたウォンの口唇に指を滑らせて、
「僕なんか、もう羞じらいがなくて、つまらないだろう」
「そんなことは」
「君のことが好きだから……もう心の底までぜんぶさらけ出してしまったから、何も怖くないし、恥ずかしくもない」
「私にも、さらけだせと?」
「いや、そこまで赤くならなくてもいいということだ。ずいぶん優しくしているつもりだが」
「それはもちろん」
「痛い思いをさせたこともないだろう」
「いえ、その、まったく痛くないわけでは」
「ん?」
「貴方しか知らないのですから、それなりには……でも、貴方も最初は我慢してくださっていたはずですし、そんなに苦しがるのも」
キースもなぜか顔を赤らめて、
「つらいなら、無理をするな」
「いえ、貴方に求められているのですから。それにだんだん、切なくなってきて、それもまた……」
「それは、僕も同じだ」
「キース」
「なんだ」
「抱きたい」
急に抱きすくめられて、キースは「あ」と小さく声をあげた。
「私が貴方を、むさぼりたい」
「……わかった。君がその、つもりなら」

受け身の喜びに身を震わせ、子犬のような吐息をもらして果てたキースは、濡れた眼差しでウォンを見上げた。
「すご……かった……」
「よかった?」
「うん」
「満足していただけて、嬉しいです」
「君はまだ、余力がありそうだな」
「貴方がよければ、もう少し味わっていたいですね」
顔が、重なる。
口唇が離れると、なぜかキースは、ウォンから目をそらした。
「……思って、ないからな」
「なんの話でしょう?」
君のこと、空気だなんて、思ってないから。
そんなに夢中になってみせなくても、いいからな。
キースは自分の考えを、声に出さなかった。
そしてウォンも、その思いが聞こえていないような顔だ。
口元にはいつもの微笑を浮かべているが、むしろ不思議そうにキースを見つめている。
この距離だ、閉ざしていない心など、たやすく読めるだろうに。
「しらんぷりか」
ウォンは首をかしげた。
「口に含んでほしい……と?」
キースは赤くなった。目を伏せたまま、呟くように、
「……それは、思ってる」

(2008.2脱稿)

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Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/