『愛 撫』

愛撫っていうのは、心をこめて相手に触れることだ。愛撫(caress)って言葉の元の意味は《愛しい人》だってきいたことがある。ガデスが俺に触れてくる時、これが本当の愛撫だと思う。熱い眼差し。熱い肌。しっかりと抱きしめてくれる逞しい腕。それだけでもう夢見ごこちになっていると、敏感な部分を指と舌で丁寧に責められる。そっと押し開かれ、優しく犯される。たまらなくなって「もっと」と叫ぶと、腰の動きはさらに巧みに、激しくなって。
こんなに大事にしてくれるのは、きっと俺だけ――そう、思っていた。
あの日まで。

「飯でも食ってから戻ろうぜ」
ガデスは車をとめ、さっさとカフェテラスのあるレストランに入っていく。刹那は慌ててその背を追いながら、
「いいのか、すぐに基地に帰らなくて」
「構うもんか。元々の予定が押したんだ。あと少しぐらい戻らなくたってたいした差はねえさ。ま、好きなもの頼め。奢ってやる」
遅い昼なので軽いものを頼み、二人は風通しのいい二階のテラスのテーブルにつく。
今日は、少し離れた基地での戦闘訓練だった。一般の兵士に混ざって基本的なテクニックをさらう。ガデスはその中でひときわ目立って、休憩になると教えを乞いにくる兵士がいる。面倒くさげながら、ガデスは的確に要点を仕込んでやる。教えられた兵士の動きがよくなる。また別の兵士がやってくる……そんなこんなのせいで、午前中いっぱいで終わるはずだったものが、二時間以上もよけいにかかった。
刹那はちょっと面白くなかった。頼めばガデスは自分にも訓練をつけてくれる。だが、元々喧嘩相手だった相手に教えを乞うのには抵抗がある。それから、組み合っている時に、夜の絡みあいをふと思いだしてしまったりするので、恥ずかしくて頼みにくいというのもある。それなのに、俺が言えないのに、あいつら図々しいぞ、ガデスも見ず知らずの一般兵にあんなに親切にしてやらなくても……などとつい思ってしまうのだった。その不機嫌を知ってか知らずか、ガデスは気持ち良さそうに風に吹かれている。
食事があらかた終わりかけた時、いっぴきの黒猫が、ふとガデスの足元に寄ってきた。
「ん?」
大人の猫のせいか、怖がりもせずにブーツにその身をこすりつける。ゆきすぎては戻ってきて、何度も身体をすりつけてくる。
「ここのネコか? 人なつこいな」
ガデスは皿に残っていた肉の切れ端をつまみ、猫の鼻先にぶらさげる。猫は一度床へ落とすとぺろりと肉を食べ、もっと、とねだるようにガデスの指先を嘗める。
「もう何もないぜ」
猫はじっとガデスを見上げていたが、いきなりガデスの膝にひらりと飛びのった。どうやら撫でて欲しいらしい。ガデスは艶やかな黒い背中を撫で、喉を撫でる。猫は首を伸ばして顔を突き出す。
「なんだ、おまえ、顔を撫でて欲しいのか」
ガデスは猫の頬や額を、太い指先で撫でてやる。気持ちがいいのか、猫は目を閉じたまま顔の向きを変えて、こっちの頬も、耳の下も、口元も、と愛撫をねだっている。
「無防備だな、おまえは。初めての相手にそんなところを触らせたりしねえぜ、普通のネコはよ」
そう言いながらも、ガデスは目を細めて黒猫を撫で続ける。刹那はあきれ顔で、
「そんなにネコが好きとは知らなかったな」
「ああ、嫌いじゃねえな。ネコなら、こうやって寄ってきた時だけ構ってやりゃあいいからな。ここを撫でてくれっていうのもわかりやすいしな。気まぐれだとか言われるが、なつきゃイヌより頭もいいぜ。うちのじいさんが飼ってたネコなんざ、じいさんが外の仕事から帰ってくると、まだ姿も見えねえうちからうちを飛び出してってな。迎えにいってたのさ。じいさんを見つけると肩に飛び乗って離れねえ。そのまま戻ってくるんだ。可愛いもんだぜ」
嫌いではない、どころではない。だらしないほどの笑顔だ。
猫はすっかり安心して、ガデスの膝の上で満足気に身を丸めた。刹那は時間も気になって、
「いいのか。そのネコ、そのままそこで居眠りするぞ」
「少しぐらい寝かせてやったって構わねえさ。連れて帰れる訳じゃねえしな」
「ガデス」
二人の間の空気を読み取ったか、猫は急にガデスの膝からストンと降りた。そのままトコトコ走り去る。ガデスもあっさり膝をはたいて立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ戻るか」
「うん」
刹那はまだ少し不機嫌だ。
通りすがりの猫に、あんなに甘い顔してみせるなんて。
もしかして、俺とする時より、優しかったんじゃないか?
「どうした。置いてくぞ」
払いをすませたガデスが刹那を振り返る。
「今いく」
ふくれっ面のまま、刹那は車に戻る。
知っている。ガデスは慕ってくる相手には対しては優しいんだ。
だから、俺にも。
わかってる。別に焼き餅やくようなことじゃないって。
でも。
「着くまでもう少しかかるから、寝てていいぞ」
刹那は無言で目を閉じ、窓の方を向いてしまう。
眠っている訳ではない。胸がうずいて、ガデスの方を見られないだけだ。
大事にしてくれるのは俺だけ――そう、思ってたのに。
ガデスも黙って車を走らせる。
このぶんなら日暮れ前には戻れそうだ。それにしても、余計なことをさせられて疲れたぜ。今日は酒でものんでさっさと寝ちまうか。刹那もだいぶくたびれてるみたいだしな。
優しい眼差しを刹那にそっとくれてから、静かにアクセルを踏み込む。
相手が何を思っているかも気付かずに。

その夜、ガデスがそろそろ眠ろうと思っていた矢先、インターフォンが短く押された。
「誰だ」
返事がない。
悪戯かとも思ったが、気になってドアを開けてみると、そこに刹那が立っていた。
菫いろの瞳が潤んでいる。
安いアルコールの匂いがする。
「どうした。酔ってんのか」
刹那は黙って、ガデスに身を寄せる。ぐったりと体重をもたせかける。
「具合いでも悪いのか」
刹那は顔をあげ、うらめしそうにガデスを見上げた。瞳は潤んではいるが、あくまで正気だった。顔色も悪くはない。
「ん、なんだ?」
刹那はするりと上着を脱ぎ、身体をこすりつけてくる。
「お」
そうか、とガデスはやっと合点した。
抱かれたいのか。
昼間の猫みたいに、全身撫でられたいのか。
なんだ、意外に可愛いことしやがるな、おまえ。
ガデスは刹那の耳たぶを甘がみしてやる。
「ああ……んっ」
猫のような、掠れたうめき声。
ガデスは刹那を抱きあげると、ベッドまで運んで横たえた。服も脱がさないで、頬からそっと撫でてやる。耳も、首筋も、優しく撫でてやる。その掌は背中を滑り、普段は撫でない丸い腰のあたりをくるりと撫でる。愛撫が物足りないのか、刹那はしきりに身をよじる。もっと触って。もっと強く。身体の隅々まで。
やっとガデスは刹那の服を脱がし始めた。それでも、どこまでも撫でるだけだ。ガデスの指が触れていない場所がなくなってから、それからやっと口唇が刹那の肌を濡らす。
「あうっ」
刹那の身体がはねる。だいぶ高まってきたらしい。胸を吸ってやりながら、ガデスは刹那のものを掴む。軽くしごいてはやめ、てっぺんを虐めてはやめ、を繰り返す。
「う……」
意地悪しないで、と刹那は身体をすりつける。
アルコールの勢いを借りて誘いにきたのだが、言葉が出てこなくなった。だって、ガデスは昼間、何も言わない猫をちゃんと愛撫してた。どこを撫でて欲しいかわかるって言ってた。それなら、俺がどんな風に抱かれたいか、何にも言わなくてもわかってくれるはずだ。もし俺が特別だったら、もっと優しくしてくれるはずだ。
そう思っていたのに、ガデスはずっと焦らすばかりだ。
欲しい。早く。ガデスのを身体の奥で味わいたい。ねえ、早く。
たっぷり撫で回してから、ようやくガデスは刹那を押し開く。
「行くぜ。ちょっと我慢しろよ」
「え」
ガデスが押し入ってきたとたん、刹那の脳裏はカッと白熱した。
嘘だ。
なんで。なんでこんなに急に。
いきなり快楽の頂上へ突き上げられて、刹那は慌てていた。
達く。達っちゃう。
どうしてだ。
そこまで盛り上がってなかったはずなのに。
今までの愛撫が、ぜんぶ一挙に身体の中心に集まったかのようだ。
駄目だ。快楽が強すぎる。早くここから降ろして。ガデス。駄目。俺、もう駄目だから。
「まだ達かせないぜ」
ガデスは息を乱しながら、刹那の中をかき回す。刹那を裏返し、後ろからも責めまくる。
熱い。全身熱くてたまらない。
「……っ!」
刹那はしきりに見悶えた。
なんでなんだ。なんで。
こんなに長く、快楽って引き伸ばせるものなのか。達きっぱなしってこういうことか。
駄目。もう何にも考えられない。早く解放して。
刹那が我慢の限界を越えた瞬間、ガデスは刹那のものから掌を離した。
「あっ!」
刹那が甲高い悲鳴とともに体液を放つ。それと当時に、ガデスは刹那の中をたっぷりと濡らしていた。
「は、う……ん」
刹那はぐったりとベッドの上に崩れ落ちた。
ガデスは刹那の上に覆いかぶさったまま動かない。息が整うのを待っているようだ。刹那は快楽の余韻が強すぎて、むしろ離れてもらいたいのだが、ガデスは刹那のうなじに口唇を押し付け、軽く吸う。
「う」
身体の芯に再び火がともるのを感じて、刹那は甘くうめいた。
その耳にガデスは優しく息を吹きかける。
「知ってるか? ネコは交尾が終わっても、お互いしばらくじっとしてんだ。それから二度目三度目をやるのさ」
「俺は……」
刹那はガデスの腕から逃れようとする。が、かなわない。
「俺は、ネコじゃないぞ」
「わかってる」
ガデスは低く笑った。
「で、二度目は嫌なのか? 自分から誘ってきたくせに、もうダウンか?」
「まだ、平気だ」
「それなら」
ガデスは刹那を裏返し、瞼に軽く口づける。
「おまえだから、だぜ」
「え?」
ガデスの右目が何か語っている。
おまえだから、何?
口唇を甘く奪われて、刹那は再び身体の芯が溶けだすのを感じた。
おまえだけは特別って意味で、いいのか?
ガデスの掌が再び身体をまさぐりだす。口と舌が敏感なところを刺激する。
「刹那……気持ちいいか?」
「う……ん」
安酒の酔いと愛撫の心地よさで、刹那の思考はすっかりとんでしまった。
いいや。
もう、何でも。
だって、こんなに気持ちいい。
他にこれより気持ちよくしてくれる相手なんて、いないじゃないか。
ガデスがこんな風にしてくれるのは、きっと俺だけ。
たぶん、ずっと、これからも。
「入れてぇ、ガデス」
「まだだ。じっくり愛撫してからだ」
「でも、また、さっきみたいに焦らされたら、俺、狂っちゃうよぉ……」
「泣かせたいのさ。いい声でな。きかせろよ」
「あ、やん……」

発情期の悩ましい声は一晩中続いた。
が、確かに刹那は猫ではない。
猫なら春と秋だけの事だ。
刹那はこんな情痴を毎晩、一年中繰り返してゆくのだから。

(1999.11脱稿/初出・高瀬了様ホームページ「闇夜の鴉」1999.11)

●高瀬 了 様:
ホームページタイトルは「闇夜の鴉」。PF2012、ガデスと刹那がメインで、絵も小説もレベルの高いページです。ただし“女性向け裏サイト”ですのでその点ご注意下さい。HUNTER×HUNTER(旅団メイン)のページへも行けます。

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Written by Narihara Akira
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