『雨が降る前に』

キースが眠りに落ちたのを確認すると、ウォンはバルコニーへ出た。
流れるままにしていた黒髪をかきあげ、暗い海へ視線を投げる。
底に深い青をひめた瞳は冷静そのもので、つい先ほどまで、若い身体を欲望のおもむくままに犯していた男とは思われない。
「……明日、決着をつけないといけませんね」
ウォンの過去を考えれば、米軍との関わりはすっかり切った方がいいのだが、定期的に交渉の場をもっておかないと、にらみがきかないのが現実である。幸い会談は順調に、つまり、いつもどおり有利に進んでいる。
ウォンの唯一の後悔は、そんな場面に、我が身の弱点である恋人を連れてきてしまったことだ。
しかもキースは万全な状態でない。
新しい組織づくりで心身共に疲れきっているし、しかもこの南方特有の暑さときたら。
それでも来たいとせがむので同伴してきたが、案の定、ホテルから出られないような弱り方だ。会談の途中も、ウォンは気が気でない。
ではなぜ、連れてきたか。
「離れたくないと甘える貴方を、ひとりきりにはできませんからね」
それはつまり、ただひたすら、貴方がいとおしいから。
そんなことを口にすれば、だらしないと人は笑うだろうが、キースがらちもなく甘えるのは、ひとつの危険信号だ。なんて可愛らしい、とうっとりしている場合ではない。それこそ片時もはなさず、優しく寄り添っていなければ。
しかし、そうしてもキースは、もっと弱るばかりだ。しかも激しい愛撫を求める。
ウォンはどうしようもできず、求められるままにキースを犯した。
薔薇色の蕾に熱いくさびをうちこみ、たくみな愛撫で絶頂へ導く。
喜びで満たされれば、深い眠りがおとずれ、身も心も休まるだろう。
もちろん、終わった後は身体を洗い、ゆったりした寝巻きを着せて、ベッドへ横たえた。
キースはウォンにされるまま、安心したように目を閉じた。
そこでやっとウォンも安堵し、窓辺に出て、こうして夜風に吹かれている。

正直、次の一手はなんだろう、とウォンは思う。
世界中を敵にまわしても、それをすべてねじふせる自信はあるのに。
たったひとりの可憐な青年の心が、コントロールできない。
なぜなら、ただひたすら、貴方がいとおしいから。
貴方のことになると、理性が働かなくなってしまうから。
今できるのは、はやく仕事を終わらせて、貴方が過ごしやすい国へ連れかえること。
貴方の仕事量を調整して、これ以上心身の健康を損なわないようにすること。
あとは貴方が、なんでも屈託なく打ち明けられるように、自分自身にも余裕をもたせておくこと。
あとは――。
「ずるいぞ」
はっと振り向くと、キースが背後に立っていた。
「いい風をひとりじめしているな?」
月光を浴びて、銀いろの髪はいよいよ輝き、たよりなげな白い寝巻き姿も、むしろ神々しく見える。
キースはウォンの脇に立ち、鬱蒼と茂る木々を、そして月を仰いだ。
「あわてて帰る必要はないだろう。この国には、こんなに美しい夜がある」
「キース?」
腰に腕をまわされて、ウォンは一瞬、身を震わせた。
ああ。
貴方の力が流れ込んでくる。
若くして多くの迷い子たちを導いてきた者の力が。
よかった。
もう、大丈夫なんですね?
「ウォン」
腕に力をこめ、ウォンの胸に身をもたせかけながら、キースは囁いた。
「心配しなくていい。離れたくないのは、君と同じ気持ちだからだ。ただ……ほんとうに君のことが、愛おしいから」
「キース」
月に雲がさしかかった。ウォンは恋人を抱き寄せた。
「スコールが降ってくる前に、中へ入りましょうか」
「うん。君が濡らして……」

(2008.9脱稿)

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Written by Narihara Akira
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