『無料点検が800万円のリフォームに化けた話 納谷みらい』


 珍しく編集さんから「政治的なことを」というご依頼をいただいた。いい機会なので去年からの自分の身に起きたことを書く。

 昭和の終わり、納谷家は家を建て替えた。戦前からある木造の家は、もっと早くに建て替える予定だったが、近くを通る幹線道路の下水道整備が予定より十年遅れ、その完成を待った方がいいだろうという判断によった。祖父が長年地主に地代を払っていたので、土地は安く買えた。ハウスメーカーと相談の上、軽量鉄骨の家にした。メーカーとは充分に話し合った。当時まだ学生だった私の意見もきちんと通った。家の隣のアパートに分散して仮住まいし、新しい家ができていくのを半年間見守った。庭は削られ、テラスもなくなったが、家族はほぼ満足した。
 メーカーの触れ込み通り、火事にも地震にも強かった。火事になっても燃え広がらず、無事な部屋に住みながらリフォームできた。大地震に見舞われてもびくともしなかった。同僚の家は、食器棚から皿が飛び出して全部割れた。職場では窓ガラスが割れ、雨漏りもひどく、冷暖房システムを取り替える羽目になった。しかし我が家では、本の山が少し崩れたぐらいで、食器棚の上に斜めに積んだお盆すら落ちてこなかった。
 ハウスメーカーは定期的に点検にきた。台所や風呂は一度リフォームした。初代の担当者は熱心で、まめに様子を見に来た。何かあればすぐに飛んできて、簡単な修理もしてくれた。担当の工務店も、対応が早く親身だった。そんなわけで我が家は、このハウスメーカーを信頼していた。おかしな担当者がいなかったわけではない。しかし、納得のいかないことはすぐに対応してもらえたし、アンケートにクレームを書けば、一応反応があったからだ。

 月日は流れ、五人だった家族は二人になった。正しく言うなら三人なのだが、母が骨折して歩けなくなり、自宅介護の限界を突破したので、施設に入ってもらった。私は昨年の春に感染症にかかってしまい、予後がよくなかった。体力は落ち、頭も働かず、失職寸前までいった。にもかかわらず、家族が家事に非協力的なので、ゴミ屋敷にしないのが精一杯だった。そんな時、ハウスメーカーから築三十五周年の定期点検の知らせがきた。こんな状態の家に来て欲しくはないが、仕方がない。職場の休みを調整して、点検士と会った。
 結果、家の周りはどこも問題がなかった。ただ、後付けでつけた三角屋根が、来年で保証期間が切れるという。リフォームするなら二百五十万ぐらいかかるとも。五年先に、外壁塗装の見直しの時期がありますから、その頃までに一緒に屋根もやりますか、といわれた。私は「これから職場は繁忙期に入るので、そういう話は来年の二月以降でお願いします」と伝えた。
 それで話が終わった。はずだった。

 なぜかハウスメーカーはもう一度点検士をよこした。新しいリフォーム担当者もつけてきた。突然、外壁と屋根のリフォームを一緒にやるという。足場を組むのが一度ですむからいいでしょうと。工事は今までの工務店でなく、ハウスメーカー内の会社でやるという。内装の工事を今後やることはないでしょうから、大きな工事はこれで最後ですよと。
 いったい何を言っているんだ? 何年も先の話だったはずだ。
 一番驚いたのは、持ってきた見積もりの額だ。
 税込みで八百万円だという。
「払えません」と言った。
 私の何年分の賃金だと思っているのか?
 親の施設の費用も払わなければいけないのに?
 払えないならローンが組めます、といいだした。だが、ローンはすなわち借金だ。利子がついて、払う金額は一割増しになる。私は何年か前に大きな病気をしていて、保険に入れない。ローンを組むメリットなど一つもない。
「払えません」ともう一度断った。
 何度も確認したが、助成金の出るリフォームでもないし、払う気はなかった。
 職場でもつい、愚痴をもらした。もしかすると、上司に借金しなければいけないかもしれないからだ。
 上司は「そんな金額、きいたことがないよ」と言った。
 同僚も「びっくりだね。払えないよね」と言った。
 返事をしないでいると、担当者が「ボスが、八月は工事を嫌がる方が多いので、即決してくれれば二十五万引きますと言ってます」と押しかけてきた。
 あまりにしつこく、何度も押しかけられて、心身ともに弱っていた私は、ついに契約書にサインしてしまった。

 頭の中がグルグルする。
 おかしい。どう考えてもおかしい。
 そもそもこのリフォーム担当者はなんだ。屋根のリフォームをするのに、色も素材も性能も即答できない。近年の暑さは異常だ。少しでも涼しい家にしたいので、遮熱効果を確認すると「担当者に確認して返事をします」といって回答しない。契約日をすぎても、返事はなかった。
 これは詐欺ではないのか?
 遅まきながら私は、ネットでリフォームの相場を調べた。見積業者のサイトがヒットした。普通ならそんなところに頼まないが、時間がない。基本データを送った。
 すぐに返事が来た。
「それは異常な見積もりです。まずクーリングオフしましょう。明日郵便局に行って内容証明で出せば、まだ契約解除できます。クーリングオフは何よりも強いので、向こうはそれ以上手が出せません。それでですね、これからうちに登録している外壁塗装の会社をいくつかピックアップしてご紹介しますから、それぞれ見積もりを出してもらってください。リフォームは情報が命です。何社でも比べて、納得のいく業者を選んでください」
 私は急いでクーリングオフの手続きをし、イトコと連絡をとってみた。
 実は県内に住むイトコが、工務店に嫁いでいた。普段ならそんなことを頼んだりしないが、非常時なのでハウスメーカーの見積書を写真に撮って送り、イトコの夫に見てもらった。すると「相場の倍だね。不要な物もずいぶん入っているし、全体的にすべて高い。ただ、他の業者に頼んでリフォームすると、メーカー保証が受けられなくなるけれど、それはいいの?」といわれた。「いいです」と答えた。もしできるなら、彼の工務店にリフォームを依頼したい、と伝えた。
 そして、ピックアップされた外壁塗装の業者が、四社ほどきた。最初にきた業者が一番まともそうだった。それぞれの見積もりが出ると写真に撮って、再びイトコの夫に見てもらった。彼は「一番初めの業者がいいと思う。専門業者だし、値段も妥当。うちの工務店でやるより安いし、こちらにお願いしたらいいよ」という。他の業者は、値段は安くても別の難があり、相場の半分以下の金額を提示してくるのは、さすがに、安かろう・悪かろうなのだと察した。

 翌春、職場の繁忙期をようやく脱した私は、選んだ塗装業者に屋根のリフォームを正式に依頼した。新しい屋根は三十年保証の断熱素材で、リフォームは一週間もしないうちに終わった。酷暑と言われたこの夏も、一階の部屋は冷房なしでも三十度を超えることがなかった。もしあのままハウスメーカーに頼んでいたら、昔ながらの素材の真っ黒な屋根になり、私も家族も熱中症で倒れていただろう。
 新しい業者がパーフェクトであったかというと、まあ、若干のトラブルはあった。だが、こちらの話をきちんときいて、それにあわせた提案をしてきた。私が生活しながらリフォームできるよう最大限の注意を払い、オプションで外壁洗浄もしてくれた。今後も定期点検にくるとのことだが、担当者が変わらなければ、長い付き合いができそうだ。

 ところで私はまだ、ハウスメーカーと完全に縁を切っていなかった。保証が受けられなくなると困るので、リフォーム前に、家の内部でいくつか気になる箇所について、インターネットで修理依頼をしたのだ。派遣されてきた修理部の担当者は、以前リフォーム担当者が「なおせません」といった数カ所を、一時間ですべてきれいにしていった。というわけで、担当者が嘘つきであったことが、改めてはっきりした。
 そもそも、中古の家が一軒買えるほどの値段をリフォームの見積もりで出してくる営業所がおかしい。太陽熱温水器など相場の三倍の値段がついていた。この営業所にクレームを入れたところで、まともな回答は期待できない。クーリングオフした直後は、毎晩夜に電話がかかってきたので着信拒否した。その後もご説明をしたい、とアポなしで昼間に押しかけてきた。非常識のみならず防犯上の問題もあるので、私は現在のハウスメーカーの社長を調べ、これまでの経緯を記した手紙を書いて、書留で出した。会社のトップに出した手紙は、基本的になんらかの返事がもらえるらしいときいたからだ。
 しかし回答は結局、営業所から来た。担当者には指導した、と書いてあったが、なぜこんな異常な見積もりを出したのかの回答は、当然のようになかった。まるで自分に非がないような書きぶりで、「おまえの指示で動いてたんだろうが」とはらわたが煮えくりかえった。この営業所には二度とリフォームをお願いしません、と社長に返信しておいた。

 なぜ八百万とふっかけてきたのか?
 会社が苦しいのだ。社内に新たな建築部をつくったのも、リストラ先が必要だからかもしれない。なにしろこれから十年もすれば、この国からは若い働き手はいなくなる。今のうちに工事をしようという提案は間違っていない。しかし「払えない」と言っているのを無視して、異常な金額を押し通そうとするのは間違っている。だから客が逃げるのだ。隣の家もこのメーカーのリフォームを断ったらしい。今回の担当者がもらしていたが、それは個人情報ではないのか? 金額に見合う、もう少しまともなのを寄越してこい、と思う。

 今回これを書いたのは、《今までのメーカーに、少し高くてもぜんぶおまかせ》とは思わず、手間はかかっても相場を調べ、複数社に見積もりを出してもらうことが必要だ、という当たり前のことを訴えたいからだ。わからないことは質問し、おかしなことは我慢しない。そうしないとなめられる。どんな被害を受けるかわからない。
 何故ならこの国は、この家が建った頃よりはるかに貧乏になっているからだ。もう同じ質は担保されない。こんな風に自分の国が滅びてゆくの見るのはつらいが、普通に暮らしているだけでも思わぬ目に遭うようになったことだけは、間違いないのだ。



(2024.10脱稿、そこの路地入ったとこ文庫第十二回参加折本用書き下ろし」)


《その他創作》へ戻る

copyright 2024.
Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/