『詰 問』


身も心も開ききり、すっかり満たされて、キースは恋人の胸に顔を伏せた。
「ああ。今年のクリスマスプレゼントは、君に自由にイタズラする権利をもらおうか」
ウォンは微笑み、キースの髪を優しく撫でる。
「そんなに待たなくても、いつ行使してくださっても結構ですよ」
「そうか」
キースの声がくぐもる。
「君は変わったな、本当に」
「そうですか?」
「うん」
キースはウォンの胸に押しつけていた頬を離した。
「出会った頃の僕と、今の僕、どちらが好ましい?」
「高潔な氷の総帥と、可愛らしく甘える恋人のどちらが、ということですか」
「人形みたいに感情のない子どもと、愛欲に爛れた今の僕が、ということだ」
ウォンはキースの髪に指をいれて、すくようにしながら、
「貴方をお人形と思ったことはありませんが、私は欲張りですから、貴方のすべてが欲しいと思いますよ」
「そうか」
ウォンの左胸に、キースは掌をあてる。
「君は、最初から僕が好きだったのか?」
キースの掌を、ウォンは上から押さえる。
「そうですね。若きカリスマとしての顔も、指導者の器も、極端な理想主義も、昏く激しい情熱も、寂しがりやの素顔も、なにもかも素晴らしく、非のうちどころがありませんでしたねえ」
「あまりそうは思えないが」
キースが複雑な表情をしているのを見て、ウォンは首をかしげた。
「では貴方は? 最初から私を好きでしたか」
「そうだな。どうだったろう」
「ではなぜ、最初の晩、貴方は私をいやがらなかったのです」
「それは……」
キースは目を伏せた。
「君が、僕を利用するためにキスしたのじゃない、と直感的に、わかったから……身体目当てじゃないことも」
「かすかに口唇が触れただけで?」
キースはうなずく。
「あの時の君には、なんの下心も感じられなかった。無理強いしようともしなかった。快楽で僕を手なずけるのは簡単だったろうに、それすらしなかった。本当に僕がほしくて、おずおずと探るように触れているんだと思ったら……拒めなかった」
「すくなくとも、不愉快ではなかったということですね」
キースは口をとがらせた。
「海千山千のはずの、自分の倍近い年齢の男が、うまれてはじめてキスするみたいに、おそるおそる口唇を重ねてきて、その瞳も、受け入れてもらえるかどうか、不安で潤んでいて……これが素顔なのかと思ったら、びっくりしない方がおかしいだろう」
「それも手管とは思いませんでしたか?」
「思わない。君はそういう男じゃない。虚飾を好み、人に弱味を見せないことで生き延びてきたんだ、普通なら、とっさにあの場をつくろっていたはずだ」
「そのとおりです」
「それに、君の愛撫は、静かで優しかった……愛されるというのはそう悪いものじゃないと、あの晩、はじめて知った」
ため息まじりに呟くキース。ウォンは恋人の指に自分の指をからめながら、
「ほんとうですか? 貴方は息こそ乱していましたが、声もあげませんでしたよ」
「声を殺すことしか知らなかったんだ。悲鳴をあげれば、相手を煽る」
「あの日の貴方は、あくまで清らかな様子でした。古い傷は肌にうすく残っていましたから、収容所でひどいめに遭っていたのは想像がつきましたが、誰の肌も知らないといわれても、信じましたよ」
「だからあんなに、大切なものを扱うようだったのか」
「むしろ理性を失っていました……貴方は戯れに身体を求める人ではないと思っていましたし、どうしたらいいのか、ずいぶん迷いました。それが貴方には、私の愛情と感じられたのですね」
「あの時はまだ、愛していなかったのか」
ウォンは首をふった。
「すでに貴方の虜でしたよ。ただ、まだ自覚がなかったかもしれません。触れてはじめて、貴方に魅かれていたのがわかったぐらいで」
「気持ちが溢れて、どうしようもなくなって、触れたのではなかったのか」
そう問う青年の声は、わずかに掠れている。
「キース」
「なんだ」
「ではもし、おずおずと貴方を求める男が、私より前に現れていたら、この肌をゆるしていましたか」
「それは……」
いいよどむキースの頬を、ウォンの掌が包む。
「貴方の愛は慈愛ですから。多くの者に与えられるものですから。それが不安でした」
ウォンの瞳は、一瞬だけ翳りを帯びた。
「昔の私の感情は、極端で過剰すぎました。それはおそらく、貴方にどれだけ愛されているか、よくわかっていなかったからです。不安のあまり、何度も貴方を試してしまった」
「ウォン」
「どれだけ憎まれても、おかしくないこともしました。それでも貴方は、そのたびにゆるしてくださいました。母以外の人間を誰も信じてこなかった私を、ここまで変えてしまったのは、貴方です。変わったな、という囁きは、誉め言葉であって欲しいのですが」
「昔のことは、昔のこと、か」
キースは深いため息をついた。
「すまない。愚かなことをきいた」
「かまいません、愛情の確認は、むしろ嬉しいことですから」
「ちがう」
「なにがです」
「これから本格的な冬が来る。君にはつらい季節になるから、どうしたらいいか、それを考えていたのに」
「キース?」
「君が僕にしてくれたように、君の身体をあたためたい。君を癒して、甘やかしたい。そう思っていただけなのに、僕はなぜ詰問してるんだ、と思って」
ウォンはキースを強く抱きしめた。
「その、気持ちだけで……!」
柔らかな熱がキースを押し包む。それはウォンの、溢れてどうしようもない愛しさで、キースは一瞬、気が遠くなった。
「いいんですよ、キース」
「なにが」
「貴方の最初の質問にお答えします。私しか、こんなに可愛い貴方を知らない。それ以上、心に火をつけることは、ありませんよ」
「ああ」
理性的で慈愛に満ちたリーダーは、誰から愛されても当然で、むしろ不安をあおるほどだが、自分にだけ可愛らしいワガママをいって赤面する恋人は、パートナーとしては燃える。
それは真理だろう。
キースはホウ、とため息をついた。
「たしかに、僕しか知らない君の素顔は、可愛いものな」
「そうでしょう、それが自然な感情というものです」
ウォンはキースの身体に、なおも己をからませながら囁いた。
「……今年のクリスマスも、うんとロマンティックな夜に、しましょうね」


(2009.11脱稿)

《サイキックフォース》パロディのページへ戻る

Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/