ごあいさつ     ミュージック・プレイ・セラピィ研究会 代表 飯塚暁子






 私が障害のあるお子さんと出会ったのは、学生時代世田谷の地域サークルでボランティアをしていたときでした。

目があわない、突然走り出す、バスから降りられない、自分を傷つけてしまう、衝撃の数々を私に与えた子どもたちは

「自閉症」と呼ばれていました。何の知識もないままにそのグループに関わることになった私は、どうして接してよいか

わからず、 むやみに声をかけることも難しく、ただ他の学生たちと一緒に動いているだけでした。

  ある日雨の日のプログラムで音楽活動をすることになり、何をしていいかも思いつかず、ピアノに合わせて動いたり、

歌うなどして過ごしていました。その間、壁の方を向いたまま正座し、上着のボタンを上から順にはめたり、はずしたりを

ずっと繰り返し誘われても動き出す気配もない一人のお子さんがいました。別の日にお母様にお会いしたところ、

「この間は、この曲歌ったの?」ときかれ、

「はい。でも何で知っているんですか?」

「家で歌ってたわよ。」

「え…!?彼…歌うの?」

「ええ、だから楽しかったんじゃない?」

「はあ…!?」

 絶句です。私には彼が無関心としか見えなかったのです。

混乱する中、(関わること、働きかけることをやめてはいけないんだ)と思ったことを覚えています。

と同時に、身の回りの多くのことを他の人に助けてもらっている彼らの中にも何かを残すことができる、

音楽の不思議な力を感じざるをえませんでした。(今度は私にも聴かせてね、と願いつつ…)

  その後愛育養護学校で多くの子どもたちと出会う中で、津守真先生のもと、子どもたちの存在そのものが

「表現」であり「アート」であることを感じ、また遊びの中に子どもの「今」があり、「真実」があることを知った私は、

さらに音楽を通しての色々な子どもたちとの出会いを求め、音楽療法の勉強を始めました。
 
 子どもたちは音楽や遊びの中で様々なものと出会い、様々な人と出会い、何かを感じ、子どもなりの方法で

一生懸命表現をしています。子どもたちが積極的に歌い、踊り、楽器を奏でるその姿、その表情そのものが

音楽であると私は感じています。

「音楽をする身体」は感覚、気持ちがいっぱいに開き、全てが解放され、より外の世界へとつながっていきます。

そのプロセスのなかには色々なものを感じ、発見し、試し、人と「出会う」喜びがあります。

障害の有無、大人と子どもという垣根を越えた、一人の人間としての「出会い」がそこにあるのです。形になっても、

なっていなくても子どもたちの小さな、大切な表現一つ一つを受け止め、出会い、つなげ、ともに感じあいながら、

広げていくお手伝いを私たちはしたいと考えています。
 
 どの子にも自分で自分の世界を広げ、豊かにできる力を持ち、「自分でいいんだ」と、自信を持って生きていって

もらいたいのです。子どもたちの成長のプロセスにおいて、今何が必要で、子どもから何が求められているかを

的確に捉え、多角的なアプローチをするため、知識はもとより、私たち自身が表現し、感じ、生みだし、

伝えられる身体をつくっていかなくてはなりません。

私たちのミュージック・プレイ・セラピィ研究会では、実践、理論を交え、教材研究や、時にはケースを持ち寄り

子どもたちとの現場に近い視点から「音楽と遊び」を追求していきたいと思っています。
 
「私たちの出発点は子どもである」

恩師ゲルトルート・オルフのこの言葉に常に立ち返りながら、子どもたちと一緒に私も成長していきたいと思っています。
 


2003.11 飯塚暁子






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