ほとんどすべての左右相称動物には、構造的、あるいは、機能的な非対称性が存在します。巻貝(腹足類)の殻のラセン構造も典型的な非対称構造の一つです。ヒトの心臓が左にあったり、右手利きのヒトが多かったりするのも、そのような非対称性の例です。多くの具体的なケースが知られているものの、その進化的な意味、あるいは、生態学的な意味づけが明確な例はほとんどありません。さらに、実験的な証拠となると皆無です。ここで紹介するのは、そのような実証例です(Inoda, Hirata & Kamimura, 2003)。
Q1 下の写真は、ヒトの使う道具の写真です。正しいもの(多く使われる形態の道具)はどちらでしょうか?
(正解は最後までご覧になるとわかります)
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図 1 |
Q2 下の写真は、水生昆虫ガムシ(Hydrophilus acuminatus)の幼虫の頭部の写真です。どちらが正解でしょうか?
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図 2 |
Q3 下の写真は、水生昆虫ガムシ幼虫が好んでエサとする淡水巻き貝の写真です。どちらが正解でしょうか?
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図 3 |
動物の非対称な構造には、すべて何らかの意味があると考えられます。多くが長い進化の歴史の間起こった環境への適応の結果と考えて良いかも知れません。
Q1は、典型的な裁縫用のハサミですが、右手利きの人間が使うのに切りやすい形(A、刃先のかみ合わせの非対称性に注意)のものを多くのヒトが使います。これは道具と人間との間の相互作用の結果が生じた非対称性です。ヒトはこの場合進化した訳ではありませんが、道具を人間の知恵によって進化させて来た結果と言えます。ヒトに機能的な非対称性(右手利き)があったために、生まれた道具の非対称性です(片方の非対称性をもつ道具だけが淘汰された)。
Q2は、Bが正解です。ガムシ幼虫がこのような非対称なアゴ構造(右が長くて鋭い)を持っていることは多くの昆虫学者は知っていましたが、その理由は長らく未解決でした。それが、異種間の動物の相互作用の結果であるとは誰も予想していませんでした。
ガムシ幼虫のエサとなる淡水巻き貝としては、Q3のA(サカマキガイ、Physa acuta)、B(ヒメモノアラガイ、Austropeplea ollula)両方とも正解です。両者とも実在する巻貝で、ガムシ幼虫はエサとみなします。ところが、実験的にガムシ幼虫に両方の貝を同時に与えると90%以上の頻度でヒメモノアラガイだけをエサとします。
ガムシ幼虫は、巻き貝の殻を噛み砕きながら食べる習性があります。そのアゴの構造は、右巻きの殻を持った巻貝を食べるのにもっとも適した構造となっています。写真でわかるように、右側のアゴは殻の外側に置いて殻を保持するのに使っています。同時に左側のアゴで巻き貝の芯(ラセンの中心軸)を壊しながら食べています。ちょうどこの時、ガムシ幼虫の口は巻き貝の内容物である貝肉の方向を向いています。左巻きの殻のサカマキガイをガムシに与えると、最初同じように食べようとしますが、殻のラセン構造が反対なので、ヒメモノアラガイの様にはうまくゆかず、多くの場合、食べるのをあきらめるか、あるいは、無理に殻の他の部分を壊しながら食べようとします(殻をむいた貝を与えると、両種の貝ともよく食べるので、趣向性の偏りはないこともわかっています)。
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ヒメモノアラガイを捕食中の ガムシ幼虫 |
動物界の大きな謎の一つは、巻貝のラセンの向きです。進化の上で左右同等に進化してきたのではなく、最初から右巻貝の方が圧倒的に大多数であったことが、化石の調査でもわかっています(Vermeij, 1975)。何故なのか大きな謎です。食欲旺盛な成長期のガムシ幼虫にとっては、右巻の殻に適したアゴを持つ方が断然有利となります。Q2Bはその長い進化の歴史の答えだったのです。
[参考文献]
T. Inoda, Y. Hirata and S. Kamimura (2003)
Asymmetric Mandibles of Water-Scavenger Larvae Improve Feeding Effectiveness on Right-Handed Snails. American Naturalist 162: 811-814.