十年物語
2004/3/20〜2004/03/26


「10年か……」
 宵闇と静寂に包まれたフィガロ城・玉座の間に響く耳慣れた声は、彼の意識を10年前から現代へと引き戻す。
「あのチビがこんなにデッカくなっちまいやがって」
 そう言って微笑む兄は機械文明の中心地フィガロを背負う若き国王。
「兄貴こそ、『国王様』が板についてるぜ」
 兄の方を向いて同じように微笑む弟は、王族という地位を捨て自由を謳歌するモンク僧。

 血を分け共に歩んできた二人の人生を決定づけた運命の日から、10年の歳月を経て、今宵再びこの場所に並んだ双子の兄弟は、互いの成長と再会の喜びを分かち合う。

「10年か……。長かったな」
「……長かったな」

 10年。
 それは長いようで、それでいて短く。
 生きとし生ける者、この世界に存在する総てのものに平等に与えられた“時間”は、彼らに何をもたらし、あるいは奪ったのだろうか?

 集った仲間達それぞれの「10年」の物語。





――FINAL FANTASY VI 発売10周年を祝ってみるSS――
1.10年目の再会





 再会は、必ずしも喜びに満ちたものとは限らない。
「…………」
 沈黙の中、確たる証拠もなくそれが唯一の肉親だと言うことに気付いたのは、恐らく彼だけだった――と、少なくとも本人は自覚している。
(まさか……な)
 こんな形で再会するなど、夢にも思っていなかった。記憶の彼方に忘却した筈の愛しい面影が、急激に脳内に甦り始める。……幸せだった頃の思い出と共に蔓延したその感情は、やがて心という小さな器から溢れだしそうになる。
 溢れ出したそれは、ついには言葉として外へ漏れ出てしまうだろう。
 何があっても、それだけは避けねばならない。
 ――何故?
 それは亡き友人からの贈り物なのか、それとも死神からの警告なのか。

「わあ! かわいい犬」
「よせ。噛みつかれるぞ」

 ――再会。
 彼女との再会を望んではいなかった。それは、彼女のためであり、俺自身の為でもある。
 ――死に神に追われるのは、俺一人で十分だ。
 だから……。

「大変じゃ! リルムが!」
「シャドウ!」

 ――関わりにはならない。俺はそう誓った。悪く思うな。
 だから頼む、そっとしておいてくれ……。
 俺は10年前のあの日、全てを捨てたんだ。
 捨てざるを得なかった。そうやっても償える罪ではない。俺はそういう男だ。

 お願いだ、ビリー……。
 もうほんの少しでいい、そっとしておいてくれ。


***


 再会とは、いくつかの偶然の上に成り立つものなのか。
 それとも、数え切れない必然によって導かれるものなのか。
 あるいは――この世界には本当に“神”が存在し、どこかで我々を見守り、導いているのかも知れない――と、考える事がある。
 とすれば我が主君ガストラの行いは、その御意に背く行為なのかも知れないと。
 男は、携えていた剣を見つめながらそんな風に思いを巡らせる。


 運搬船は、彼らの思いと運命をも乗せて大三角島へ進路を取っていた。


「……不思議なものね」
 海風を全身に受けながら、遠くに広がる星空を見上げて静かに呟いた。
「帝国に利用され、思考までもコントロールされていた私が、こうしてまた帝国の人間と共に行動しているなんて」
 それは奪われた時間と記憶への悔恨などではなく、ただ今という境遇に対して、少女が抱いた素直な感想だった。
 けれど、その言葉を受けた彼の心境は複雑だった。
「帝国の人間とて、同じ人間。全てがケフカのような奴ばかりではない」
 男の名はレオ=クリストフ。
 帝国の将軍を務めるだけの実力を備え、同時に人徳者と慕われる人物だ。
「あなたは……どうなの?」
 そんな男の顔へ視線を落とし、少女は問う。
 かつて帝国最強の魔導士として、ケフカやセリスと並んで――もしかしたら、それ以上に――畏れられた少女ティナ=ブランフォード。
 彼女の向ける瞳は真っ直ぐレオの方へ向けられている。
 それは責め咎められる事よりもつらい、とレオは感じていた。ティナから向けられる問いの言葉も視線も、彼の心に痛みをもたらす。

 レオはずっと昔から、その痛みの正体を知っている。

 ――それは今から10年前、軍部再編成の頃より抱えているものだったから。



 まだ魔導研究所が軍内部でもあまり知れ渡っていない頃。私とその男は時を同じくしてガストラ帝国軍に入隊したと記憶している。
「……世の安定のためには、ある程度の力と、それによる抑止が必要なんだ」
 彼は、ガストラに仕えようと入隊した理由をそう語った。
「ああ、その意見には私も賛成だ」
 入隊したての頃、同胞とはいつも帝国や世界のあり方について夜通し語り合ったものだ。
「レオ、君はなぜ帝国に? そして世の安定を望んでいるんだい?」
「守りたい物があるから……という答えが一番妥当だろうか」
「家族か恋人か……待っている人がいてくれる君が、少し羨ましいね」
 彼は、頭の回転が速く切れ者だったから、話をしていても飽きる事はなかった。
 私はそんな彼と共に――信頼し、助け合い、時には好敵手として――互いの腕を磨きながら、日々を過ごしていた。
 しかし、彼と意見がすれ違い出したのはいつ頃だっただろうか?
「魔導。これほど素晴らしい力はないと思う。これこそ我らが求めていた力なのだと!」
「それは違う……」
 同胞は目を輝かせてそう語った。しかしどうしても、私は魔導という物に好意的にはなれなかった。
 そんな折り、かねてより魔導研究所でシド博士達の手により研究が進められていたという『魔導注入』が、遂に人間を対象とした臨床実験の段階に入ったという報がもたらされた。
 程なくして彼は、その被験体に立候補したのだ。

「レオ、お前は魔導に好意的ではなかったな。……だが、やがて時代は剣ではなく魔導を求める様になるだろう」
 効率的で、圧倒的な力を誇る魔導。それが剣を凌ぐ物であることは誰の目にも明らかだった。
 無論、そんな事ぐらいは分かっている。
 何も考えず、それを素直に受け入れられればこれ程楽なことはない、そう知りながらも出来ないのだ。
 それを、弱さだと笑う者もいるだろう。だが、私はそれでも構わなかった。
「……そう、だろうな」
 彼は、私を見下ろしながら問う。
「それでも、お前は剣を取るか?」
「ああ」
 そう答える声に迷いはない。
「そうか……」
 何かを言いかけた様に唇が動いたが、結局何も言わずに彼は部屋を辞した。
 今思えば、私が本当の“彼”を見たのは、この日が最後だったのかも知れない。

 再会したのはそれから数年後。
 魔導注入の被験者は、彼を含めて数名いたが、生存したのは彼のみだと、後になって人伝に聞いた。
 しかし再び目の前に現れた彼は、以前とは全く別人になっていた。
 力を得た代わりに、人としての大切な何かを失ってしまった――と。
 彼は魔導士として、私は武将としての力を評価され、再編成後はガストラ直属の部隊を指揮することになった。
 彼のどんな非道も、正面から咎める事ができなかったのは――以前の彼を知るが為の、無用の情があったから――己の弱さ故だと知りながら、私は彼の暴走を止める事ができなかった。

 守りたい物のために、レオは剣を振るった。
 護りたい者のために、彼は帝国に帰属した。
 そうして歩んできた道が、間違っていると思ったことは一度もなかった。
 この世界からその存在が亡くなった、今でも。



 音もなく通り過ぎる風のように。
「あなたは……どうなの?」
 しかしはっきりとしたティナの声は、レオの意識を10年前から呼び戻す。
 彼女の問いに、今さらだと思いながらもレオは思いを正直に打ち明けることしかできなかった。
「お前が幻獣とのハーフであり、魔導の実験台として苦しめられているのを知りながら……それを止められなかった俺も、ケフカと同罪さ」
 苦しめられている者を救えない一方で、そのために救われる者がいるかも知れない、という僅かな可能性に、密かな望みを託していた。
 そう、自分もケフカと同罪なのだ。

    初期の魔導注入実験に参加した人間を、私はもう一人だけ知っている。
    彼女は――。

「幻獣と人間が愛し合えるのなら、……その子である私と人間は……愛し合えるのかしら?」
 ティナの純粋な視線は、真っ直ぐレオに向けられていた。

    彼女の事を、私は――。

「もちろんだとも」
「でも……私はまだ愛という感情を知らない」
 ティナの問いに答えながら、レオは後悔の念と共に記憶の狭間に漂う。

    ……愛して、いた――。

「お前はまだ若い。……いずれ分かるようになる。きっと……」

    その感情を知った時、同時に己の内に潜む悪魔を見るだろう。
    ティナ、お前がそれを見るには早すぎる――。

 自分には何も語る資格はない。と、レオはティナに背を向けその場を後にした。
 帝国と、操りの輪という束縛から解放され、自我を取り戻した彼女は恐らく、思い悩んでいるだろう。しかしそんな彼女を助けてやる事は自分には出来ない。
 結果的に、今も昔もティナを救ってやる事は叶わなかった。
 再会して、自らの弱さを改めて知る。


 翌朝。
 レオにとって最後の朝日は、いつもと変わりなく彼を迎えてくれた。
 平和への扉は、いとも簡単に閉ざされてしまう。
 閃光と炎、そしてケフカの狂気を帯びた笑い声が満ちるその中で、次々と命を奪われる幻獣達。その光景を目の当たりにして、遂に彼はケフカの前に立ちはだかった。

「ケフカ! お前の行いをもう許すわけにはいかぬ!」

 剣を振りかざし、レオはかつての同胞にその刃を向けた。

 10年の時を経て、再会がもたらす物は。
 苦しみの中の生か、思いを遂げた死。
 私には、残された信念を貫き通すという途しか残されていないのだ。

 最後までお前の役に立てずに、すまなく思っている。


「……人はみんな、力が欲しいのね」
 惨劇の後。
 サマサの村は犠牲となった者達を鎮魂するように静寂に包まれていた。
 レオを偲んで立てられた小塚に、彼の愛剣を立てて墓碑の代わりとし、その前で皆が黙祷を捧げている。
「……もっと……あなたから色んな事を教えて貰いたかった……」
 語りかけるように、ティナが静かに言葉を発し、また祈りを捧げる。
 声には出さない祈りの中で、彼らはレオの遺志を確かに受け継いだのだった。
 己の信じるものの為に、守りたい者のために――戦う、と。


「しかし、こうなると帝国に残るエドガー達が心配だ」
 ――この事実を、帝国に残っている仲間達に一刻も早く知らせなければ――レオを失った事の衝撃と、焦燥と使命感とをない交ぜにしたような感覚の中、早口になりながらロックが呟いた。
「無事だと良いんだけど……」
 ティナは顔を上げてロックの方を振り返る。
 彼の先、頭上から迫る影に気付いたのは、その時だった。

 わき起こる風と轟音の中、辺境の村に降り立った飛空艇ブラックジャック。その中から出てきた仲間達の姿に、ロックとティナは互いを見ながら安堵の溜息を吐いた。
「帝国が裏切った。危うく罠にはめられるところだった」
 舌打ち混じりに語られたセッツァーの言葉だけでも、ベクタで何が起きたのか大凡の想像はつく。
 エドガー曰く“礼儀”、弟マッシュ曰く“便利な特技”のお陰で窮地を脱したのだと言う。そんな彼らもまた、サマサの急変を心配していたのだった。
「レオ将軍が殺された。ケフカにな!」
 未だ熱の冷めやらぬロックの声に、今度はカイエンが驚愕する。
 ベクタとサマサ。
 双方で繰り広げられた事件の一部始終は、短い言葉の中に全て集約されていた。
 帝国とリターナー、人間と幻獣、それぞれの平和。それはあと一歩、すぐそこまで来ていたというのに。――帝国のすべてを信用できた訳ではなかったが――しかし驚くほど呆気なく訪れた結末に、仲間達は一様に苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべていた。
「とにかく作戦の立て直しだ。飛空艇に戻ろう」
 この事態を脱するべく、エドガーが先頭を切ってそう提案する。
 魔導という強大な力を手にした帝国の暴走を放って置くわけには行かない。彼らに立ち止まっている時間はなかった。
 同行を願い出た魔導士の末裔――青魔導士ストラゴスと、小さな巨匠リルムを加えて、対帝国戦線はここに新たな局面を迎える事となった。
 彼らにとって本当の平和――それはもはや、帝国対リターナーというだけで、はなく――幻獣や魔導、1000年前より続く三闘神という見えざる神の支配から逃れ自由を勝ち得るための戦いに変容していた。
 失ったものと、決意を新たに仲間達は飛空艇へ乗り込んだ。


「どうしたの?」

 そして、新たな局面を迎えたものはここにも。
「君、いくつだい?」
「10さいよ。変なの。先行ってるよ」
 仲間達は皆、飛空艇へ乗り込んだというのに。
 これからやらねばならない事はたくさんあるし、考えなければならないことも山ほどある。それなのに。
 一人地上に残ったエドガーが、自身にも聞き取れるかという程の小さな声でぽつりと呟いた。

「さすがに犯罪か……やめておこう」

 男の中の何がそう思わせたのか、誰も知る者はいなかった。

***

 10年。

「10さいよ」

 ――ある者にとっては、それが地上に生まれてからの総ての時間だと言う者もいるだろう。

「10年か……。長かったな」
「……長かったな」

 ――あるいは、互いに別々の道を歩み、研磨に励んだ時間であった者達。

「生まれながらに魔導の力を持つ娘……。こんな形で再会するとは……」

 ――ひたすらに強さを求め走り続けた者。

「何も思い出せない……」

 ――宛てもなく彷徨い続けた者。

「俺はいつでも死神に追われている」

 ――罪の意識と後悔の念に囚われ続けた者。

 それぞれの思いを胸に、時は彼らの横を過ぎていく。
 そうして現在というひと時と、目的を共有する仲間として、この艇に集った。


 この物語を垣間見た、あなたにとっての10年とは、どのような時間だっただろうか。
 そうして、現在というひと時と、同じ物語から何かを見出しそれを共有する者同士として今、巡り会えた事に。


「……生きてる……ガウ……し…あ…わ…せ」


 心からの感謝と、喜びを。


<終>





------------------------------------------------------------
# FF6発売10周年を勝手にお祝いシリーズ第1弾。
# 振り返って思いますが、この頃のテンションの高さは何だろう?

# フィガロ城での回想イベントでの兄妹の台詞がそもそものキッカケであり、
# 勝手な10周年記念SSのはじまり。

# そう言えばリルムが10歳ということは、シャドウとリルム母が出会ったのは
# 11年以上前の事で……ビリー死亡もこの辺か。10年じゃないな。

# 帝国軍部再編成の話も、ケフカ及びレオの年齢設定を基準に「10年前」と
# 都合解釈。その後のレオ動機部分については完全な捏造というか妄想。
# 文中にあった“レオの知る「もう一人の被験者」”とは、彼の奥さんです。

# そして! これを抜きには語れないエドガーの名言。
# 「さすがに犯罪か、やめておこう」。10歳という年齢は、彼が即位してから
# と同じ年数な訳で。一体何が犯罪なのかと小一時間問いつめたかった。(笑)


 
[FF6[SS-log]へ戻る]
[REBOOT]