はじめてのたたかい
2004/10/21
|
ついさっき、見知らぬ部屋で目覚めたばかりの私に、彼は捲し立てる様にこう言った「逃げろ」と。 ――なにが何だか分からない。どうして逃げなければならないの? 頭が痛かった。 彼の背後では激しくドアを叩く音がする。「娘を出せ!」と、声を荒げた男達の怒声が室内にも響いてきた。 ――私のこと? 戸惑う私の背を押し、男は裏口の扉の横に立った。 「ここは、ワシがくい止める」 そう言って、彼は私を部屋の外へと追い出した。 ――おねがい待って。私は何に追われているの? なぜ追われているの? 今さっき目覚めて、自分の名前を思い出すことだけでも精一杯だった。ここがどこなのかも、なぜここにいるのかも分からない。 気がつけば、私は追われていた。 橋を渡る最中に、追っ手に見つかった。彼らは口々に何かを叫んでいる。だけど何と言っているのかは分からなかった。向けられた視線は、刃物のように鋭い。そこに込められた敵意、それだけははっきりと分かった。 ――逃げなければ。 訳が分からなかった、とにかく焦燥感に煽られるままに洞窟を走った。その後を男達は執拗に追ってくる。 「帝国の魔導戦士」。追われている間、私は彼らからそう呼ばれていた。 ――誰か教えて、私は誰? 何をしてきたの? どうして…… どうして追われなければならないの? 頭が痛かった。割れるように痛かった。歩くだけでもやっとなのに、それでもここで立ち止まるわけには行かない。逃げなければ捕まってしまう。 私はひとり、入り組んだ洞窟――ここが炭坑であるという事を知るのは、まだ先の話だった――の中を走った。 ところが、私を追うのはあの男達だけではなかった。炭鉱内に生息するモンスターが行く手を阻む。 初めて遭遇するモンスターに驚くことよりも先に、私はナイフを振り下ろしていた。 手に持ったナイフが、こんなに重たい物だなんて知らなかった。 携えたそれを振り下ろし、敵を斬りつけた時に伝わって来る奇妙な感覚。 同時に目の前であがる断末魔を聞きながら、血飛沫を浴びながら。 「…………」 まるで他人事のようにその光景を眺めている自分がいる。 ――私は今まで、ずっとこんな事を? 剣を伝って、地面に血が滴り落ちる。そのかすかな音までもが聞こえる程の静寂が薄闇の炭坑内を支配していた。 声を荒く迫る追っ手の罵倒よりも、この静寂の方が恐かった。 モンスターに遭うと、その静寂から一時だけ解放された。けれどナイフを振り下ろし断末魔を聞けば、また静寂がやって来る。 ――自分の名前以外は何も思い出せないというのに、戦い方は知っているの。 その事実に思い至って、ぎくりと身を震わせた。 ――私は……? 思考も足も、薄暗い洞窟の中を迷走した。 容赦ない追跡、次々に現れるモンスター。だけど誰も教えてはくれない。だから逃げるしかなかった。戦うしかなかった。 名前以外は何も思い出せないと言うのに、とっさにその句が口をついて出た。 「ファイア!」 問いかけではなく、相手に向けた初めての言葉がそれだった。 途端に目の前の魔物達は炎に包まれ、断末魔をあげる間もなく息絶えた。その光景を前にして、自分の口から出た言葉と、身からわき起こった力の存在に足が竦んだ。 ――私……は。 「いたぞ!」 見つかってしまった。逃げなければと走り出したが、うまく足が動かなかった。そうこうしているうちに、数人の男達に取り囲まれてしまった。 「…………」 決して恐怖で身が強張っているのではない。手に持った刃を、あるいは口をついて出てくる恐ろしい言葉を、彼らに向けまいと必死だった。 にじり寄って来る男達から逃げるように、少しずつ後ずさる。でもすぐに追い詰められるのは分かっていた。 もう逃げ場はない。 ――捕まるなら良い。 でもおねがい。それ以上近寄らないで。私が……あなた達を……。 次の瞬間、目の前の男達は姿を消した。炭鉱内の薄闇が、完全な暗黒へと姿を変えた。 全身を叩きつけられたような激痛に襲われる。目を開こうとしたが開かない。ならばこのままでいい。このまま闇の中に消えてしまえるなら、それで……。 それで終わるのだから。 目の前に広がる闇の中で、声を聞いた。 聞き覚えのあるような声だった。 「そうだ! 全てを焼き払うのだ!」 「選ばれた者のみが使うことの出来る神聖な力だ……」 彼らの声を聞きながら、私は再び眠りに落ちた。 もう二度と目覚めなければいいと、願いながら。 その願いは阻まれ、やがて多くの仲間達と共に光の元へと歩み始める事を、今の彼女は知る由もなかった。 <終> # FF6オープニングの文章化その1。 # [その1:ナルシェ行軍][その2:ナルシェ進軍][その3:ナルシェ懸軍] # 当時、「お題に沿ってSSを作ろう!」という企画がありまして、 # この作品は初めてその企画に参加させて頂いた時に投稿した物です。新規参入はドキドキします(笑)。 # テーマは文字通り『はじめてのたたかい』でした。 # プレイヤーは無意識のうちに「たたかう」コマンドを選択し物語を進めます、 # 言い換えれば“戦わなければ前へ進めない”んです。それは、記憶を失い目覚めたティナと # プレーヤーの境遇が同じという、もの凄く上手い演出だなと感動したんですね。そんな思いを込めた文章。 # この後に、別の場所でFF6オープニング文章化を試みたんですが、日付を見てみたらちょうど1年でした。 |
[FF6[SS-log]へ戻る] [REBOOT] |