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 その次の日も、晴れていた。アーセタイルへ来てから二節近くがたつが、雨の日は全体の十分の一もなく、それもたいてい夜に降ってきた。それゆえ、昼の記憶はいつも澄み渡った青い空と、うっすらとした織物のような白い雲、暖かな太陽の光、時おり吹きすぎるそよ風、それだけだった。 
 神殿からの使いは、予告されていた通り、昼の五カルにやってきた。 
「まだ出発までには間があるが、早い方がいいと思ってな」 
 二人のうちの一人、年配の男の方が告げた。二人のうち一人は若い女性で――おそらくブランくらいの年配だろう――もう一人は中年の男、どちらも髪は緑色をしていた。若い女性は深みがかった色合いで、中年の人物は少し枯れたような、茶色が混じった色合いだった。 
「名乗るほどのものでもないかとは思うが、名前を知らないと、呼ぶ時に不便だろうからな。私はボガンディ、彼女はヴィルハだ。君たちは……覚えるには少し多すぎるから、名乗らなくともいい。まあ、レヴァイラ使いの君だけは、リーダーくんとでも呼んでおこうか」 
 中年の男は床に腰を下ろすと、持ってきたものを置いた。 
「君が頼んだものだ。光ポプルが三十個、闇が二十、他のエレメントも十個ずつある」 
「ありがとう」ディーは中を改め、かすかに笑った。 
「とりあえず、これだけで大丈夫か? もしもっと入用ならば、通信鳥を送って、持ってきてもらうが」 
 相手は相方を振り返った。ヴィルハという女性の肩には、連絡用の鳥がとまっている。神殿との通信用に、あらかじめ連れてきたのだろう。 
「大丈夫だ。これだけあれば、充分すぎるくらいだろう」 
 ディーは女性の肩にとまった通信鳥と、そして中年男性の肩に同じくとまっている鳥に目をやった。 
「そっちは……攻撃鳥か?」 
 その鳥は女性のものより一回り大きく、深い緑色で、うろこ状の羽根を持ち、オレンジのくちばしは鋭くとがっていた。今は眠っているように、首を垂れている。 
「そうだ。マディットのものほど強力ではないが、アーセタイルの攻撃特化鳥、バレルアだ。あまり攻撃自体が必要とされる場面がないので、それほど数は置いていないがね。そして私もヴィルハも、タランケ――攻撃技が使える。君たちの中に、攻撃技使いは、どれだけいるかね?」 
「ロージアも同じく、タランケ使いだ。俺はパルーセとダムル、ダライガ――すべて闇の攻撃技だ。ペブルもダムルとタランケを使う。フレイはパダム――火の攻撃技を使う」 
「俺のは、それほど強力じゃないがな」 
 赤髪の若者はぽそっと言ったが、神殿側の二人は、聞いてはいないようだった。 
「あんたはレヴァイラだけでなく、ダライガも使うのか……」 
 相手の男は、そして女も含めて、驚いたような顔で見ている。 
「めったなことじゃ、使わないがね。実際今まで一度しか、使ったことがない。俺がマディットを抜けた時に」。 
 技の名前はほとんどわからないが、説明されたとおり、攻撃技なのだろう――サンディはそう思った。ミレア王女の方をそっと見ると、彼女も同じように感じたらしく、小さな声で、「いろんな技があるみたいだけど……どんなのか、わかる?」と聞いてきている。サンディもかすかに首を振り、「わからない」と、小さく笑った。 
「実物を見れば、わかると思うわよ。もっとも、ダライガは使わないでしょうけど」 
 リセラが小さな声で、二人に言った。 
「ダライガなんか使われたら、俺たちもみんな吹っ飛ぶぞ」 
 ブルーが声を潜めて、首を振る。 
「強い技なんですね……?」サンディは問い返し、 
「闇の攻撃最強技よ」と、レイニが小さな声で答える。 
「四人が攻撃できれば、まあ、威力にもよるが、大丈夫そうだな。あんたは相当に強力そうだし」神殿から来た男は、周りのささやきには注意を払わず、いくぶん感嘆したような目で、ディーを見ていた。 
「その思念の獣がどのくらいの強さを持っているか、それにもよるが、たぶん倒すことはできるだろう。ただ、攻撃技を持たない七人が、少し心配だ。巻き込まれないところに、五人は待機させたい。ブルー、レイニ、ブラン、ミレア、サンディは」 
 ディーは、そして他の一行も、ミレア王女に敬称をつけること――王女、と呼ぶことはやめていた。殊に相手は、土の神殿の人間だ。彼女がミディアルの王女であることが知られ、万が一マディット・ディルに通報されてしまうと、少し面倒な事態になるかもしれない、それを懸念したゆえである。ミレア王女自身も、「今はわたしも王女様じゃないから」と、仲間たちに王女をつけずに呼んでほしいと言うようになっていた。 
「問題は、リルとアンバーも攻撃技を持たないところだが、二人がいないと俺もレヴァイラを発動できないので、それまでレラを消費せず、戦いの時にはできるだけ離れていて、勝負が決しそうになったら素早く来てほしいんだが……その見極めが多少難しそうだな」 
「それまで、やられないようにいなきゃ、いけないってことだよね」 
 アンバーは多少不安そうな面持ちで、リセラとディーを見やった。 
「あたしも厳しそうだけれど、できるだけ頑張るしかないわね。戦いの間は、他の五人と一緒にいて、大丈夫そうになったら走るのね。それで、あたしは飛んではダメ、と」 
 リセラも不安げな面持ちで首を傾げ、そして黄色髪の若者を見る。 
「とりあえず、アンバー。あたしたちはディーのレヴァイラのために両方いないといけないのだから、戦いの間は一緒にいましょう。他の五人と一緒に、だけれど。それで、危なくなったら、あなたは飛んでいいわ」 
「飛ぶ時は、ついでに君も連れてくよ。少しの間だったら大丈夫だと思うし」 
「ありがとう。じゃあ、ディー、あなたも含め前線の四人は、できるだけ攻撃に集中して、あたしたちのことは心配しないで。それで、レヴァイラをかける時になったら呼んで。全速力で行くから」 
「私たちも、何とかするわ。できるだけ離れているようにするから。いざとなったら防御をかけて」レイニの言葉に、ブルーも頷いている。 
「ああ。できるだけ気をつけてくれ」 
 ディーは仲間たちを見やり、微かに笑った。 
 
 神殿の援軍二人が来てから、出かけるまでには半日ほどの時があった。しかし、戦いの緊張感からか、そのために余計なレラを消費しないためもあったのか、全員静かに過ごしていた。アンバーは父から譲り受けたという装置を解き、ブランは本を読んでいて、あとのみなは床に寝てぼんやりしているか、目を閉じている。神殿から来た二人は、窓際に座り、目を閉じて瞑想しているようであった。静かな時間が流れた。 
 やがて日が沈み、一同は水とポプルの夕食を取ると、出発した。神殿から遣わされた乗り物は広く、全員分の座席があった。三頭のサガディたちに引っ張られたその乗り物は、軽やかなスピードで街を抜け、首都ボーデの北門から外へと踏み出していった。 
 北門からは広い道がまっすぐに伸びていたが、最初の四つ角を超えると、車は道をそれ、草むらの中を走りだした。道を走っている時より振動が大きくなり、全員が座席の前についている手すりにつかまらなければならなかった。 
「なんでわざわざ草むらの中を走るんだよ。道を行けばいいのに」 
 フレイが声を上げ、ブルーも無言で何度も頷いている。 
「あの道は、正確には真北ではなく、少し東に寄っているのよ。精霊様の告げられた場所に行くには、草むらの中を走らなければならないの」 
 神殿から派遣されてきた、ヴィルハという女性が振り向いてそう説明していた。 
 草の上を揺られながら、車は一カーロンほど走った。やがてボガンディという男の方の神官が「このあたりではないか?」と指示席の若者に告げ――彼もまた、ボーデの神殿からの派遣者だ――車は止まった。 
「さて、思恨獣と言え、いきなり何もないところからは出現しないだろう。どこからか近づいてくるはずだ」 
 ディーは車から降りると、夜空に目を凝らしていた。 
「とはいえ、日が暮れたから、アンバーの鳥の目も使えないし、黒い中に茶色は、あまり目立たないな。おまけにこの季節じゃ、月もほとんど出ないし」 
 フレイがつられるように空を見上げ、眉を寄せる。 
「ああ、暗くなると、全然見えない。ディーとブランに任せた」 
 アンバーは苦笑いをしながら、それでも空を透かそうとするかのように見ていた。 
 ブランも無言で日よけ眼鏡をはずし、ほとんど白に見える薄色の瞳を見開いて、漆黒の空を見ている。 
 やがて、ひゅっと風を切るような、かすかな音がした。ついで、無数の唸り声のような轟が。 
「来たぞ!」ボーデの神殿からの二名が緊迫した声で叫ぶ。 
「北西から来る! 戦わないものは、反対方向へ逃げろ!」 
 ディーが仲間たちを振り返って声を上げ、 
「みんな、こっちだ!」と、ブランも指をさしながら走る。一斉に、七人は走り出した。車もからからと音を立てながら、一緒についてくる。いや、車の方が早い。 
 と、それは一陣の風となって、襲い掛かってきた。逃げていた七人も、一瞬その風圧に掠められ、地面に倒れた。サンディも倒れたまま、目を上げてみた。 
 黒い夜空をバックに、それは何か大きな、こげ茶色の巨大な山、いや、立ち上がった獣のように見えた。目のようなものと、爪のようなものはオレンジ。それはうなり声を上げ、腕のようなものを振り回す。 
 ボガンディという男の肩にとまっていた鳥が空中に飛び上がり、それをめがけて薄い緑色の光線を発した。しかしその獣は気にした風でもなく、腕を払う。鳥は鋭い悲鳴を上げて、撃ち落とされた。神殿からの二人は攻撃技をかけよう構えたところで、振り回した腕の風圧で、地面に飛ばされていた。その上から、腕が襲いかかる。と、一筋の黒い矢のようなものが飛んでいき、腕の真ん中を切り裂いた。それは叫び声をあげ、腕のようなものは下に落ちる途中で、散り散りになる。 
「あんたらも下がっていた方がいい。けがをするぞ!」 
 ディーが二人を振り向いて叫んだ。さっきの黒い矢のようなものは、ディーの攻撃技、パルーセだった。さらに、深紫の玉のような塊が、怪物めがけて飛んでいった。それは左肩あたりに命中し、そのあたりの形が崩れた。それはペブルの攻撃技、闇技のダムルだ。同時にロージアとフレイが、それぞれの攻撃技を出した。それは足のあたりにさく裂し、ほぼ同じような効果を上げていた。 
「およ、俺の技、案外効いてるな」 
 フレイが驚いたような声を出し、 
「あなたのは火だからね。アーセタイルのエレメントには、相性がいいのよ」 
 ロージアが短く言って、すぐに言葉を継ぐ。 
「でも、すぐにまた集まるわよ、油断しないで!」 
「そうだ。思恨獣の厄介なところは、昇華させない限り、散ってもまた集まってくるところだ」ディーはみなを振り返った後、再び敵に目をやっていた。 
 
「今のうちに、防御を張るわよ!」と、レイニが促し、 
「おう」と、ブルーも立ち上がる。そして声を上げた。 
「ブラン、ミレア、サンディ! 俺たちの後ろへまわれ!」 
 三人も立ち上がり、急いでその後ろに行く。と同時に、前の二人が両手を広げた。薄い水色の幕のようなものが広がり、半円形のドームのように包み込んでいく。 
「水の防御技、エマフィルだ。二人ともに使える技なんだよ。あまり強い技まではカバーしきれないが、少なくとも威力は半減できる」 
 ブランが説明してくれ、サンディとミレアは青ざめた、緊迫した顔で頷いていた。 
「あなたたちはどうする、リル、アンバー?」 
 レイニが二人にそう呼びかけ、二人は顔を見合わせた後、首を振った。 
「そこに、あたしたちまで入る余裕はないでしょ、何とかするわ」 
「大丈夫、これだけ離れていれば。近くなったら、また距離をとるよ」 
「おまえらがやられると、ディーがレヴァイラを出せなくなるから、気をつけろよ」 
 ブルーは少し心配げに、声をかけている。 
 そこへ、神殿からの二人が這うように逃げてきた。そこへブルーが言い放つ。 
「あんたらも入れる余地はないから、自分の身は自分で守れよ」 
「わ、わかっている」男の方が呟くように返事をし、女の方は青ざめたままだ。 
 そんなやり取りの間に、再び飛び散った茶色のものが、結集し始め、巨大な獣の形をとりつつあった。 
「また来るぞ!」一行の間に、緊張が走った。 
「きりがない! 長期戦になったら、消耗するだけだ!」 
 ディーはその様子を見守りながら、声を上げた。 
「一気に行くぞ! ペブル! フレイ! ロージア! ねらい目は胴体のど真ん中だ。俺もそこへダムルをかける。そっちのほうがパルーセより強力だ。あいつが完全な形になったら、みんなで同じところへかけろ! そして……リル! アンバー! 聞こえるか?! 俺たちが技を出したら、全速力でこっちへ来い! 一か八かだ!」 
「わかった!」全員がそう声を上げた。 
 やがて思恨の獣は再び茶色く結集し、腕を振り上げかける、と、そこへ四つの塊が同時に飛んでいった。リセラとアンバーが、同時にその方向へと走り出す。 
「大丈夫かしら……もし一撃で仕留められなかったら、あの二人も危険に……」 
 ミレア王女が呟くように言い、サンディもまた同じことを思っていた。 
「本当に一か八かだが……うまく行ってくれるように信じよう!」 
 ブランが二人の両手を取りながら、祈るように言う。 
 四つの塊は大きな一つとなり――黒と、深紫が交じり合い、さらに緑とオレンジで縁取られて、その怪物の銅の真ん中に命中した。鋭い叫びが上がり、そしてそれはばらばらの茶色い霧となって飛び散った。 
「今だ! リセラ! アンバー! おまえたちの光のレラを俺にくれ!」 
 息を切らせて駆け寄ってきた二人は、返事の代わりにそれぞれでディーの手を片手ずつとった。その手から薄い金色のレラがほとばしり、それがディーの手から全身へと伝わるように、包み込んでいった。彼自身からも薄い光のレラが発光され、やがて頭頂部にある金色の髪が、残りの黒い部分を包むように伸びていき、髪の毛全体が金色に変わった。 
「大丈夫だ、いける!」ディーは目を閉じ、声を発した。 
「ティファラ・パラヴィア・セラエ――行くべき処に――昇華――!」 
 目を開けると、二人の手を握ったまま、両手を上げる。同時に、あたりは大きな光のベールに包まれた。揺らめく光のベールが、飛び散った茶色の無数の思念を包み、きらきらと光らせる。 
 その中から、無数の声がした。それは思いの獣となってしまった、浮かばれなかった魂たちの、無念の声だった。それは様々な響きとなって、混然一体として聞こえる。そして小さなため息のようなものが――無数のそんな繰り返しの後、やがて茶色の霧は光に照らされて消えるように、徐々に消えていった。 
 すべての光と霧が消えた時、あたりは再び静寂を取り戻していた。同時にディーは大きなため息をはいた。光が消えると同時に、彼の髪は徐々に下から、また黒い色に戻っていく。まだ両手を握ったまま、彼は呟いた。 
「とりあえず、レヴァイラは成功したようだ……ありがとう、リセラ、アンバー」 
「ああ、よかったわ! あたしも光は飛ぶ能力だけかと思ったけれど、こんなところで役にたって」リセラが少しはにかんだように笑い、 
「うん。僕も四分の一の光のおかげで髪が黄色になったって思ってたけれど、まあ、たまにはいいこともあるね」と、アンバーも少し照れたように言う。 
「本当に良かったわ」レイニがほっとしたように、防御技を解き 
「しかし、初めて見たが、なかなかに感動的だな」と、ブルーも目を少し潤ませている。 
 サンディとミレアも、そしてボーデの神殿から来た二人と、車の指示席の若者も、目を見張ってその光景を見ていた。 
 そしてブランは薄色の瞳で夜空を透かし、呟いていた。 
「やっぱり……父さんと母さんの声が聞こえた。姉の名を、叫んでいた。ヴェルダと……二人の思いは、思恨獣の一部になってしまっていたんだ。それを恐れたんだが……」 
「でも今は無事に昇華できたから、良かったと思うわ」 
 レイニは振り返って、そっとその肩に手を置いた。 
「そうだね……ディーのおかげだ」ブランも空を見上げたまま、そう呟く。 
『お二人は失望のあまり、レラが失ってしまって、亡くなったと聞いたけれど……でも、あの怪物も、レラの塊……レラとは、なんだろう……』 
 サンディは漠然と、そんな思いを感じた。それは正のレラと負のレラ、という感じだろうか、と。生きる力と反対の、恨みの力――。 
「それで正しいと思うわ。数字の世界でもね、ゼロを超えるとマイナスよ」 
 レイニは少女の考えを読んだように、頷いた。同時にサンディは漠然と思った。数字の概念は、この世界でも同じだ、と。 
 一行は再び車に乗り、宿に帰った。一緒に来た神殿からの二人は、初めよりいくぶん恭しい態度で、「とりあえず今日は休んでくれ。明日再び使いが来るだろう」と言いおいて、帰っていった。その後、消費したレラを補給するため、一行はポプルをほおばり、再び休んだ。 
 
 神殿からの使いが再び来たのは、翌日の昼前だった。最初にサデイラに来たガーディナルという副神官長が、再びとどっしりした緑の車に乗ってやってきて、一行を再び神殿に導いた。控えの間で、アーセタイルの神官長、マナセルいう名の、緑の長い服に金色の縁飾りをつけ、四十前後の女性に紹介された。 
「すみません。ここしばらく、臥せっていたので、副神官長に任せたのですが」 
 彼女はまっすぐな緑の髪を振り、澄んだ緑の眼で一行を見た。 
「ありがとうございます。あなたたちのおかげで、気分も治りました。巫女様がお呼びです。こちらへ」 
 一行は再び、巫女の間に通された、 
「ごくろうだった。望みの褒章を取らせるから、神官たちに言うが良い」 
 精霊を宿した巫女は、相変わらず抑揚のない、響きのある声でそう告げた。 
「そして、それを受け取ったら、ロッカデールに行ってほしい。かの国は、少し気が乱れている気配がする。おまえたちなら、それを正せるだろう」 
 再び杖が鳴り、一行は退出した。 
 
「有無を言わさぬ感じだな……」 
 再び控えの間に入ってから、ブルーがぼそっと呟いた。 
「精霊様の言うことだ。仕方がない」ディーは苦笑している。 
「あなたたちは、何が望みですか?」 
 マナセル神官長は、静穏な眼差しを崩さぬまま、一行に問いかけた。 
「完全な幌がついて、中でみなが寝起きできる車がいただけたら、と思います。ロッカデールまでは、長旅になるでしょう。駆動生物は、今持っているもので結構ですが。たぶんロッカデールでは、別のものになるでしょうから。それと、いくらか軍資金をいただけたらと」 
 ディーは丁寧な口調で言い、頭を下げている。 
「わかりました。あとで届けさせます」 
 マナセル神官長は微かに笑みを浮かべて頷き、一行は再び宿に送り届けられた。 
 
 翌日、神殿から再びガーディナル副神官長と、そのお供の二人がやってきた。 
「約束通り、車を持ってきた。この宿に預けたから、出かける時に受け取ってくれ。それと、これは報奨金だ。アーセタイルの通貨だが、ロッカデールとの国境で、向こうの通貨に換えられる。通行証も持ってきた。これがあれば、国境は楽に通れるだろう。もともとアーセタイルとロッカデールは兄弟国だ。精霊様同士で話が通じているはずだから、これを持っていけば、たぶんロッカデールの首都、カミラフの神殿にも入れると思う。そして、駆動生物に関してだが、国境のところで交換が可能だ。それでは、よろしく頼む」 
「かなり多額だな……」 
 神官が帰ってから、ディーは渡された包みの中を改め、ロージアに手渡した。彼女は受け取って中身を見、少し驚いたように頷くと、それを稀石の袋とともに、洋服の内袋に入れる。彼女が一行の会計係ゆえだ。 
「じゃあ、明日にはロッカデールに向かって出発しよう。五日くらいはかかるだろうが」 
「ねえ、ディー。ここからロッカデールに行くには……たぶん、ベダリアの町も通るわね」 
 ロージアはいくぶん緊張したような顔で、といけた。 
「ベダリアか……」ブランが地図を広げ、その町の名を見る。 
「最短距離ではないけれどね。途中分岐を少しずれる形になる」 
「でも、その町に、何かあるの?」 
 リセラが少し不思議そうに聞いていた。 
「わたしの父が住んでいた町なの」 
「ああ、ロージアのお父さんはこの国の出身なのだったわね。でも……」 
 リセラは言いかけ、少し戸惑ったような表情で言葉を止めた。以前アーセタイルに来た時、会いに行けば、と言いかけて、「会いたくないわ」とぴしゃりと返されたのを思い出したのだろう。 
「あの時にはあなたにお節介、って言ったのだけれどね」 
 ロージアはいくぶん決まり悪そうにリセラを見た。 
「でも、少し気になったの。一昨日、思恨の獣がディーのレヴァイラで昇華した時、わたしは……父の声を聞いた気がして。遠い昔に聞いただけだから、聞き違いかもしれないけれど……事情を知ってみたいと思ったのよ」 
「少しくらいの寄り道はいいだろう。資金もかなり入ったしな。気になるなら、確かめてみるといい」 
 ディーは微かに笑って言い、一行は頷いた。 
「そう言えば、ペブルもロッカデールとの国境に近い町の出身なんでしょう? ついでによってみる?」 
 リセラが思い出したように、そう付け加えた。 
「いや、いいや、おいらは」太った黒髪の若者は首を振った。 
「だって行っても、誰もいないからね。むしろロッカデールの方が、おいらの家族がいそうだ。父ちゃんはマディットだけど、母ちゃんと妹が」 
「あら、そうなの?」 
「ああ。だって、母ちゃんはその国の人とくっついて、妹と一緒に行ったから」 
「あなたは?」ロージアが不思議そうに聞くと、 
「おいらは大食いだから、置いて行かれた」と、ペブルはこともなげに答える。 
「いくつの時なんですか?」サンディは聞いてみた。 
「十くらいかな」 
 その答えに、一行は言葉を探すように黙った。 
「じゃあ、それからどうしていたの?」ミレア王女が聞く。 
「親切な親方がおいらを拾ってくれて、それでおいらもロッカデールに行くことになったんだ。鉱山で働くために。それで、うーん、六年くらいかな、そこで働いてたんだけど、だんだん親方が冷たくなって、ろくに食わしてくれなくなったから、ミディアルへ行くって言って、船賃もらって出たんだ。いつかロッカデールに戻ったら、船代返せって言われたけどさ。もしあったら、返した方がいいのかな」 
「それは状況次第だな」ディーは苦笑に近い笑いを浮かべた。 
「それじゃ、ペブルはいいとして、ロージアの町、ベダリアには寄ろう。ロッカデールに行く前に。明日には、出発だな」 
 一行は頷き、旅の支度を整え始めた。 
 
 神殿から褒章にもらった車は、ミディアルで使っていたものよりも、なお少し長さがあって、すっぽりと天蓋を覆う緑の幌がかかっていた。床にはふかふかした敷物が敷いてあり、折りたたんで使える木の椅子も人数分ある。眠る時にはそれをたたんで隅っこに片づければ、十一人全員が身体を伸ばして眠れそうな広さがあった。指示席にも丸い敷物が敷いてあり、ペブルでも座れそうな広さがあった。指示席には、慣れているという理由で、やはりロージアが座ったが。 
 車が大きくなった分、重くなったのだろうか。二頭の駆動生物、ポルとナガのスピードは以前より少し遅くなったようだが、とりわけ急ぐ旅ではない。一行はアーセタイルの首都ボーデから、ロッカデールとの国境の町、パラテを目指して北に進み続けた。できるだけ野宿は避け、近くの町の宿に泊まりながら進んで三日目、一行は街道を少し東にそれ、別の分岐を行った。そしてロージアの父の故郷だという、ペダリアの町に着いた。 
 
 
 
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