「人の命を預かる仕事」って言うけれど…


毎日新聞の記事より。

【タクシー運転手の3人に1人は体調が悪い時にも営業運転をしたり、約4割が違反場所で客待ちした経験のあることが、川村雅則・北海学園大講師(労働経済学)の実態調査で分かった。運転手が無理をする要因は、02年2月から実施された規制緩和による台数増加や長引く不況による利用者の減少によって、過当競争が激化していることが背景にある。札幌市で29日に開かれる北海道経済学会シンポジウムで報告する。
 調査は労働組合などを通じ、03年8月に道内の主な自治体の法人タクシー運転手6155人、昨年10〜11月に札幌市の個人タクシー運転手1180人に質問紙を配り、勤務実態を聞いた。このうち、札幌市分で有効回答が得られた1688人(法人1348人、個人340人)を集計分析した。
 それによると、「体調不良時に運転したことがある」と回答したのは36%(601人)▽「無理をして長時間働く」は44%(735人)に達した。
 一方、法人タクシー運転手は個人タクシー運転手に比べ“危険運転”の傾向が目立つ。「速度超過や危険場所でのUターンなどを行うことがある」と答えたのは個人は16%(53人)だったのに対し、法人は約3倍の42%(572人)だった。「駐車違反場所で客待ちすることがある」も個人で31%(107人)だが、法人は45%(608人)と高かった。
 この理由として「売り上げをあげようと焦る」との回答が、法人は個人の2倍近い53%(441人)を占めた。会社が運転手に一定の売り上げを求める“ノルマ”が数字に表れたとみられる。
 一方、年収に相当する平均総売上高は個人が417万円(55歳)で、法人の311万円(51歳)を上回った。ただ、燃料費などの経費を除くと個人の平均所得は205万円に落ち込んだ。
 北海道運輸局によると、道内で営業するタクシーの台数は規制緩和前に比べ約900台増加している。
 川村講師は「規制緩和に伴うサービス向上は重要だが、安全対策に課題があることを浮き彫りにした。業界だけではなく行政も真剣に考えるべきだ」と指摘している。】

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 「人の命を預かる仕事なのに、タクシー業界って、本当にひどいなあ!」と思いますし、僕も、「認知能力に問題があるのでは?」という御高齢の運転手さんのタクシーで怖い思いをしたこともあるので、これはまったく、「他人事」ではないのです。飛行機のパイロットは、かなり厳密に健康管理が行われているようなのですが、タクシー業界というのは、運ぶ命が少ないからなのか、「就業できる基準」には、かなりあいまいなところがあるみたいですね。「それでも働けないと食えない」と言われたら、会社側としては、なかなか「乗るな」とは言いづらいのかもしれないし、本人が深刻しなければ、毎日健康診断するわけにもいかないだろうし。
 しかし、この話、同じ「人の命を預かる職業」である医療従事者にとっては、全然「他人事」ではないのです。まあ、二日酔いのような「自業自得」的なコンディション不良は同情の余地がないとしても、インフルエンザが流行る時期になると、坐薬や内服薬を使いながら、フラフラになって勤務している医師・看護師がたくさんいるのです。それはもう、見ているほうが気の毒になってしまうような状況。僕だって、外来で「自分よりはるかに元気そうな患者さん」たちをボロボロの体調で診療したことが何度もあります。
 もちろん、あまりに症状がひどくてどうしようもない場合には、代わりを探すということも不可能ではないのですが、現実的には、看護師さんたちの仕事のシフトというのはけっこうギリギリのスケジュールが常に組まれていて、そう簡単に「替わってもらう」というわけにはいかないんですよね。
 医者の場合には、もっと悲惨な場合もあって、例えば、自分は高熱で起き上がるのもキツイような状況なのに、患者さんが急変すれば夜中でも最低限の仕事はしなければならないし、ちょうど当直でも入っていようものなら、自分で替わりを探さなければなりません。でも、みんなスケジュールは一杯一杯で、誰かの替わりに当直をしたい人なんて、まずいるわけがないのです。結局は、「誰も代わってくれないから、自分でやるしかない…」という状況になることもしばしば。
 もちろんこれは、周りが冷たいのではなくて、みんなギリギリの状態で仕事をしているからです。僕が研修医時代の同僚たちとの合言葉は、「頼むから、みんな、倒れないでくれよ」でした。これはもう仲間意識というよりは、「今の人数ですらギリギリなんだから、誰か1人でも抜けて、その人の分の患者さんとか当直とかが振り分けられたら、みんな一斉に沈没確実」という危機意識だったのです。
「人の命を預かる仕事が、それでいいのか!」という御批判があるのは承知の上なのですが、現場の人間からすれば、「じゃあ、誰が代わってくれるんだ?」としか言いようがない。
 「収入減ってもいいから、当直減らしてくれ…」という医者のほうが、「稼ぎたいから当直したい」というより、はるかに多数派なのですし。まあ、そんなことを言い始めたら、仮に体調不良ではなくても「人の命を預かる職業が、日勤+当直+日勤で、36時間連続勤務なんてどうなんだ?」ということになってしまうのですが。睡眠時間1時間とかでも「普通の仕事」を望まれるというのは、やっぱり辛い。
 こんな勤務体制を強いられている現状で、完璧な仕事を望まれるというのは、考えてみれば、理不尽極まりないような気がします。
 「疲れずに働け、しかも完璧に」なんて、ターミネーターじゃないと無理。
 それでも、「24時間完璧な診療」を望まれるというのは、あまりに厳しすぎるのではないでしょうか。
 この新聞記事にも書かれているのですが、僕は、「規制緩和に伴うサービス向上」というのが、本当にみんなを幸せにしているのか、疑問でしかたありません。24時間営業のコンビニだって、経営者の家族がボロボロになって働いて、儲けの多くはフランチャイズ料として持っていかれる、とかいう話だし。
 確かに、お客の側としては、「24時間同じサービス」というのはありがたいことなのだれど、果たして、そのメリットというのは、それを維持するためのコストや犠牲に見合ったものなのか、もう一度考えてみる必要があると思います。どんな田舎でも夜中にプリンを食べられることが、そんなに大事なことなのか。そりゃあ、救急病院は24時間体制が当然ですが、「日中は混んでいるから」という患者さんまでしっかりカバーできるような体制づくりを求められるべきなのか。

 まあ、確かに、医療関係の仕事というのは、「こんなにキツイのに、こんなに具合が悪いのに、困っている人たちのために、病院に行かなければならない僕」みたいな、ある意味マゾヒスティックな快感があるのは事実です。医者っていうのはとくに「忙しさ自慢」をする人が多い職業だし。「こんなに忙しくて給料が安い病院で働いているんだぜ!」って、それは本来、自慢すべきことでもなんでもなくて、単にうまく使われているだけなのかもしれないのにさ。
 しかしながら、最近は、そんなふうに自分を鼓舞してみても、昔のような「遅い時間にすみません」ではなくて、一言目に「医療ミスとかしたら、訴えるぞゴルァ」みたいな人に遭遇したりして、疲れ100倍、なんてことも珍しくありません。我々の最後の砦である「マゾヒスティックな自己満足」ですら、もう、得られない時代になりつつあるのです。
 「その分、高い給料貰ってるんだろ?」と言われる向きもあるかもしれませんが、残念ながら、「ちゃんと休めるんだったら、もっと給料安くてもいい」あるいは、「こんなに働いているんだから、もっと貰えてしかるべきなのではないか?」と考えている人がほとんどです。労働っていうのは、そういうものなのかもしれないけど。
 とりあえず僕としては、自分の体調管理になるべく気をつけるしかないなあ、という感じなんですけどね。でも、あれだけ毎日風邪の患者さんに会ってたら、そりゃあ、感染しないほうがおかしいよね。