「予測できない医療ミス」と「医療ミス隠し」


<お詫びと訂正>
 以下の文章中に、事件の原因となった「蒸留水とエタノールを間違えた看護師」について、「27歳なら、それなりに経験を積んでいるはず」という記載がありますが、事件当時の該当看護師は23歳で(判決時が27歳)、まだ経験が浅かったのでは、という指摘をいただきました。これは僕の思い違いですので、ここにお詫びとともに謝罪します。
 もちろん、「経験が浅いからミスをしても仕方が無い」とは思いませんが、読まれる方の印象は異なるでしょうし。

※なお、当該文章については、本来変更・削除すべきかと思いましたが、僕は間違いも含めて、なるべく書いた当時のものを残すことを原則としていますので、このような形での報告をお許しください。


京都新聞の記事より。

【京都大医学部付属病院(京都市左京区)で、入院中の藤井沙織さん=当時(17)=の人工呼吸器に誤ってエタノールを注入し死亡させたとして、業務上過失致死罪に問われた同病院看護師高山詩穂被告(27)の判決公判が10日、京都地裁であった。古川博裁判長は「看護師の最も基本的な注意義務を怠っており、17年間の短い生涯を終えざるをえなかった被害者の無念は察するに余りある」として、禁固10月、執行猶予3年(求刑禁固10月)を言い渡した。
 判決によると、高山被告は2000年2月28日、誤って滅菌精製水の代わりに消毒用エタノールのタンクを病室内に運び、沙織さんの人工呼吸器にエタノールを注入した。他の看護師にも誤注入させることになり、沙織さんに約53時間エタノールを吸引させ翌月2日に死亡させた。
 弁護側は、間違いを避ける薬品管理体制が取られてなかった残業が多く注意力が散漫になる過酷な勤務だった−などと主張し、罰金刑を求めたが、古川裁判長は「基本的な注意義務を怠った事案で、病院の管理監督体制の有無にかかわらない」と判断した。
 京都府警は、死亡診断書にうその死因を記載したとして、当時の担当医(49)を虚偽有印公文書作成などの疑いで、看護師長(57)や高山被告ら7人を業務上過失致死容疑で書類送検した。京都地検は高山被告1人を起訴し、他の7人は起訴しなかった。沙織さんの両親は、担当医や看護師長ら4人の不起訴処分を不当として、京都検察審査会に審査を申し立てている。
 京都大医学部付属病院の田中紘一病院長の話判決は厳粛に受けとめる。この事故を貴重な教訓として2度と起こさぬよう、医療事故防止に努め、信頼回復に全力をあげていく。】

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共同通信の記事より。

【「医療ミスで命を奪われた娘は戻ってこない。事故直後に病院で何があったのか明らかにされず憤りを感じる」
 10日、看護師高山詩穂被告(27)に有罪判決が言い渡された京都大病院エタノール混入事件。亡くなった藤井沙織さん=当時(17)=の両親、省二さん(47)と香さん(47)は判決後京都地裁内で記者会見し、むなしさと怒りをかみ殺すように話した。
 京都府警は蒸留水とエタノールを間違えた高山被告のほか、ミスに気付かずに注入を続けた同僚看護師、ミスを隠し死亡診断書に「急性心不全」とうその死因を記載した担当医ら7人も書類送検。しかし京都地検は、高山被告を除き起訴猶予や不起訴処分にした。
 夫妻は、病院側のずさんな薬剤管理や組織ぐるみのミス隠しなど全容解明を期待したが、公判は高山被告の過失責任をめぐる審理に終始した。】

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 この事件について語るのは、正直ちょっと口が重くなります。
 この看護師さんの行為は、第3者の僕からみても、明らかな「ミス」ですから。
 蒸留水とエタノールの取り違えなんて…臭いでわからなかったのでしょうか?

 でも、逆に僕が担当医であれば、患者さんがエタノールを吸入していたなんてことは、あまりにも常識を外れていて、想像もできなかったと思います。
 注入を続けた同僚の看護師も、それは同じなのでは。

 ここでは、病院側の「ミス隠し」について、ご両親やマスコミは憤っておられるようですが、このミスがどの時点で判明していたかは、記事からはわかりません。
 ただ、死亡診断書を書いた時点では、死因がよくわからず、死亡診断書には、結果としての「急性心不全」という死因を書いたのかもしれませんし。
 実際、臨床的には「患者さんが急に亡くなられたけど、原因がよくわからない」という際には、このように記載するしかない場合もありますから。
 人工呼吸器を装着されていたということは、全身状態は、けっして良好とはいえなかったでしょうし。
 ですから、「うその死因を記載した」というより、死亡診断書を書いた時点では「(故意にではなく)誤った死因を記載した」というのが正しいのではないでしょうか?
 患者さんが急変して亡くなられるたびに、「誰かスタッフが医療ミスをしただろう!」とかお互いに思っていたら、病院なんて職場はやっていけません。

 それにしても、この27歳の看護師の弁護側の「間違いを避ける薬品管理体制が取られてなかった」「残業が多く注意力が散漫になる過酷な勤務だった」という主張は、あまりにも情けないような気がします。「弁護」というのは、そういうものなんでしょうけど。
 
労働条件はみんなほとんど同じなわけですから、そういう言い訳が認められたら、医療ミスは全部「仕方がないこと」になってしまいますしね。
 裁判長の「基本的な注意義務を怠った事案で、病院の管理監督体制の有無にかかわらない」という判断は、妥当なものでしょう。
 
ラベルと内容の不一致があったとか、彼女だけ72時間連続勤務だったとかなら話は別ですが。
 27歳ということは、普通は看護師としてはある程度経験も積んでいるはずなのに。
 あまりに初歩的なミスまで「組織の責任」と言われても、「そんなことまで、面倒みきれないよ…」と「組織」とやらが喋れたら言いたいところでしょう。

 僕は、今回の件では、京大病院側に、きちんと経過を追って事情説明をしてもらいたいと思います。本当に「ミス隠し」が行われていたのかどうか?
 翌日の司法解剖で死因が特定されていますから、おそらく「不審な死」であるという印象は持たれていたはずなのですが、これが、病院側からの申し出だったのか、御遺族側からの要請だったのか?
 そして、主治医・病院側がこのミスに気がついたのはいつだったのか?
 裁判官の判断からすると、「悪質なミス隠し」は無かったと、同業者としては信じたいところです。

 本当に医療というのは皮肉なもので、今回のこの事件で、医者や看護師は、抗がん剤ならともかく、今まであまり強く意識することもなかった蒸留水とかのラベルも、しっかり確認するようになると思います。
 今後、同じようなミスの予防には、大きな効果があるでしょう。
 そして、また忘れた頃に…という可能性は否定できませんが。
 とはいえ、あまりに同僚の仕事を疑いあっていては、病院という職場は成り立たないし。

 亡くなった人は帰ってこない。
 それが、医療という仕事の厳しい面なのです。
 それにしても、当たり前のことを確実にやるというのは、どんなに大切で、また、困難なことか。あらためて、そう痛感しました。