牛乳の多量摂取は、死亡率や骨折のリスクを増加させる

最新疫学研究情報No.101

スウェーデンのウプサラ大学のカール・ミケルソン(Karl Michaëlsson)教授らの研究チームによって、「牛乳の多量摂取は、死亡率や骨折のリスクを上昇させる」との画期的な報告がなされました。

研究に至る背景

研究者らは論文で、今回の研究に至る背景を次のように述べています。

「牛乳には、骨の形成にとって重要なカルシウム・リン・ビタミンDなど18種類もの必須栄養素が含まれ、乳製品が多い食事は、骨粗しょう症による骨折を低減させるものとして推奨されている。ただし、牛乳の栄養素の腸での吸収は、牛乳に含まれている乳糖と呼ばれる糖分を“D-グルコース”と“D-ガラクトース”(*単糖類の一種)に分解する酵素(*ラクターゼ)の活性能力(※1)によって左右されることになる。またある調査では、1日に牛乳3~4杯に相当する乳製品を摂取すると、骨粗しょう症に関連する医療費を少なくとも20%節約できることが示唆されている。(*以前から、こうした観点に立って牛乳摂取の肯定論が説かれてきましたが、それが日本で“牛乳信仰”を生み出すことになりました。)

一方、他の研究(*動物実験)においては、長期的なD-ガラクトースの投与が、老化を促進させることが確認されており、それが低用量であっても、自然な老化現象に似た変化を誘発させることが示唆されている。ガラクトースは、酸化ストレスによる損傷・慢性的な炎症・神経変性・免疫反応の低下・遺伝子転写の変化などを引き起こし、寿命を短縮させる。マウスの実験では、体重1kg当たり100mgのD-ガラクトースの皮下投与(*7週間)により、老化を加速させることが明らかにされている。このガラクトースの量は、ヒトに換算すると6~10gとなり、これは、1日に牛乳1~2杯(*1杯は約200ml)を摂取する量に相当する。(*こうした動物実験の他に、牛乳摂取が人体にマイナスの影響をもたらすという調査結果が、複数の研究機関から報告されています。それについては、また別の機会に紹介します。)

心血管疾患やガンは、酸化ストレスの増加や軽度の炎症の慢性化のメカニズムによって発症するが、老化にともなう骨量減少や筋力低下も同じメカニズムで起こる。多量のD-ガラクトースによる酸化ストレスや炎症の増加といった悪影響が理論的に証明されている一方で、骨折を予防するために牛乳を多く摂取するよう推奨されているのは矛盾している。」

この研究は、「牛乳摂取」についての従来のプラスとマイナスの研究結果の矛盾を解決するために、開始されたものです。

※1ラクターゼの活性は、通常、授乳期を過ぎると低下しますが、北欧の人たちは、大人になっても酵素活性を持続させるラクターゼ遺伝子の変異体を持っており、酵素の活性能力が特に優れています。

研究デザイン(研究方法)

研究チームは、「乳糖の含有量が高い牛乳の多量摂取が酸化ストレスを増加させ、それが死亡や骨折のリスクに影響を及ぼす」という仮説を立て、スウェーデン人を対象とした2つの大規模調査のデータを分析することにしました。

研究者らは、“The Swedish Mammography Cohort”に参加した61433人の女性(39~74歳)と、“The Cohort of Swedish Men”に参加した45339人の男性(45~79歳)を対象に、食事やライフスタイル(※2)についてのアンケートを実施しました。その被験者のデータを基に、牛乳の摂取による死亡率や骨折のリスクへの影響を追跡(女性約20年間、男性約11年間)しました。追跡期間中の死亡者数は、女性が15541人、男性は10112人でした。また骨折者数は、女性が17252人(うち股関節骨折は4259人)、男性は5066人(うち股関節骨折は1166人)でした。

※2食事については、牛乳や発酵乳・ヨーグルト・チーズを含む96項目の食物(飲物)の1日(または1週間)の摂取量や摂取頻度、カルシウムやVDのサプリメントの利用の有無などを調査しています。ライフスタイルについては、運動の頻度、喫煙の状況、学歴、婚姻歴、さらに女性では閉経後のホルモン療法の実施の有無、出産歴などを調査しています。

研究の結果

調査の結果、女性の死亡率は牛乳の摂取量が増えるほど上昇し、牛乳を1日3杯(約600ml)以上摂取していた人は、1杯(約200ml)以下の人と比べて、総死亡率が1.93倍、心血管疾患による死亡率が1.9倍、ガンによる死亡率が1.44倍だったことが判明しました。骨折の発生率については、牛乳を1日3杯以上摂取していた女性は、1杯以下の女性と比べて1.16倍、股関節骨折に限定すると1.6倍だったことが明らかとなりました。

男性の死亡率については、牛乳を1日3杯以上摂取していた人は、1杯以下の人と比べて、総死亡率が1.1倍、心血管疾患による死亡率が1.16倍だったことが判明し、差は少ないものの、死亡率が高かったことが明らかにされました。一方、男性の骨折の発生率については、牛乳の摂取量との関連性は見られませんでした。

この研究では、チーズやヨーグルトなどの発酵乳製品と死亡率・骨折リスクの関係についても調査が行われました。分析の結果、女性において、牛乳摂取による結果とは異なる傾向が明らかにされました。発酵乳製品の摂取が多かった女性は、少なかった女性と比較して、死亡率と骨折の割合が低かったことが確認されました。

さらに研究チームは、牛乳の摂取が酸化ストレスや炎症反応にどのような影響を与えるのかを調べるために、酸化ストレスの指標となる8-イソプロスタン(*8-iso-PGF-2α)と、炎症反応の指標となるインターロイキン6の値を測定しました。その結果、牛乳の摂取量が増えるほど8-イソプロスタンとインターロイキン6の値が増加したことから、「牛乳摂取と酸化ストレスの増加」「牛乳摂取と炎症反応の上昇」の関連性が明らかにされました。

研究者の見解

研究者らは、「今回の研究で、牛乳の多量摂取は、骨折リスクを低下させないばかりか、むしろ死亡率を上昇させることが明らかにされた。“牛乳のガラクトースと死亡や骨折のリスク”に関連性があることも示唆されたが、その因果関係については、さらなる検証が必要とされる。また本研究では、男性よりも女性の方が牛乳の多量摂取によるリスクが大きい結果となったが、これは男女の性差によるものではなく、研究規模の差によるものである。女性を対象にしたコホート研究は、追跡期間が長く、食事摂取頻度調査を繰り返し行い、被験者のより正確な情報を基に分析を行っている。さらに今回の研究では、発酵乳製品の摂取が死亡率や骨折のリスクを低下させることが明らかにされたが、その要因として、発酵乳製品は乳糖やガラクトースの含有量がきわめて低い点や、プロバイオティクスとしての抗酸化効果・抗炎症効果が高いことなどの可能性が考えられる」と述べています。

また研究チームは、牛乳に関する他の研究機関による調査結果の現状について、次のように述べています。「これまでの生態学的研究では、牛乳の高消費国は、骨折や虚血性心疾患によって、死亡率がより上昇していることが示されている。牛乳の摂取量が増えるほど、ある種のガンや心血管疾患のリスクにマイナスの影響を及ぼすことも示唆されている。しかし牛乳に関する複数のコホート研究のデータを集めて解析(*メタ分析)した調査結果は、牛乳摂取が死亡率や骨折のリスクに及ぼす影響は明確にされていない。その理由として、あるコホート研究では、牛乳の多量摂取が死亡率を増加させるという結論を導き出しているのに対し、他の研究では死亡率を下げるという正反対の結論を導き出している点が挙げられる。またそれぞれのコホート研究は、研究規模や被験者の食事データの分析方法などの条件が異なるため、厳密な比較検討には多くのハードルがある。さらに、現時点では牛乳の摂取による死亡率と骨折のリスクへの影響を検討したランダム化比較試験(*コホート研究よりも、より信頼性の高い研究方法)が行われていないことから、今後、“牛乳の多量摂取と高い死亡率”の因果関係を確認するために、長期的な実験による検証が必要とされる。」

当研究所の見解

これまで牛乳は、“栄養価の高い優れた食品”と言われ、人間の健康に不可欠なものとして、欧米諸国を初めとするさまざまな国々で推奨されてきました。日本においても、カルシウムの重要な補給源として、子供から年配者まで積極的に牛乳を飲むことが勧められてきました。国民の大半が、牛乳を飲めば欧米人のように体格がよくなる、骨格が強くなると信じ込んできました。まさに「牛乳神話」と言うべき風潮が日本中を覆ってきたのです。

しかし今回の研究では、これまでの「牛乳神話」に意義を唱える画期的な結果が明らかにされました。牛乳の多量摂取が人間の健康にマイナスの影響を及ぼすとの発表は、多くのメディアや専門家、酪農業界に大きな衝撃を与えることになりました。

これまでの牛乳についての常識が根底から覆されることは、酪農家にとって死活問題となります。大きな利害が絡んでいるため、酪農業界は牛乳の肯定論者(*学者・研究者)を通して、研究機関にさまざまな圧力を加えてきました。そのため世界各地の研究機関は、牛乳摂取の害が明確であるにもかかわらず、否定的な研究結果をストレートに公表できず、トーンを落として公表せざるを得ない状況に追い込まれてきました。今回の研究もその例にもれず、ウプサラ大学側は、「これはあくまでも調査結果であり、現状の牛乳の摂取量をどのようにすべきかといった問題ではない」といった、あいまいな見解を述べるに留めています。

しかし今回の研究をはじめ、牛乳が健康にとって有害となるという調査結果が次々と示されつつある現状を見ると、従来の栄養学・食事学は、根本的な変革を迫られていると思われます。

当研究所では今後も、「牛乳摂取の弊害」に関する疫学論文を随時紹介していく予定です。

出典

  • 『BMJ 2014年10月28日号』
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