中学生ザンの物語

4 お父様から

「それで、英語はどれ位出来るのさ。洋画を見て、字幕が出る前に笑える?」

「出来ないわ。」

「日常会話も出来ないんじゃあ、基礎からだね。」

 明美が答えようと口を開きかけると、ザンが立ち上がった。戸の方へ歩き、ガラッと戸を開けた。「立ち聞きが流行ってるのかしらね。金持ちの間で。お母様もしてたし。」

「ごめんなさい!なにしてるかって思っただけなの!ぶたないで!」

「なに一人で盛り上がってんの。誰も叩くなんて言ってないじゃん。」

 ザンは呆れて言った。ひどい怯えよう。『なんなのこれ。おかしいのかな、この子。』そう思いつつ、武夫に手を伸ばす。武夫はびくっと身を竦める。かまわず抱き上げて部屋に戻ると、戸を閉めた。もともと座っていた場所に戻ると、膝に少年を乗せた。

「お父様がすぐぶつから、いつもびくびくしてるの。お父様は情けないって怒るけど、仕方ないと思うわ。」

 明美が言う。ザンはうなずきながら、彼の顔を見た。

「ほっぺ赤いね。明美ちゃんは赤くないけど。…痛そうだねー。」

 ザンは武夫の頬をつつく。彼は痛そうに顔をしかめる。ザンの膝から逃れようとする。「あー、ごめんごめん。痛かったよね。あんたの親父ひどいね。まだちっちゃいのに。」

「武夫は三年生よ。ちっちゃいって武夫に失礼じゃない?…わたしは女の子だから、お父様は頬を叩かないの。」

「女の子も男の子も鼓膜が破れたら、耳が聞こえないよ。女の子は叩かないっていうのはいいけど。」

「それどういう意味?」

「あ、知らないよね。あのねえ、親や教師に叩かれて、鼓膜が破れたって子が病院に来るのが多いんだって。障害者にされるくらいの悪さって何?って思うよ。あんたのお父さんも、大事な息子なら、即やめるべきだね。でも、びんただけの話じゃないよねぇ。いつも怯えてるんじゃ、虐待じゃない?」

「虐待は言い過ぎよ。でも確かに厳しすぎると思うけど…。」

 とんとん。がらっと戸が開いて、アトルが言った。

「もうそろそろお夕飯の時間だから、帰りますよ。続きは、明日にしましょうね。」

「分かった。…。…そんな怖い顔しなくたって。“はい、お母様。”」

「分かっているのなら、ちゃんとなさいな。…明美ちゃん、武夫君、これからザンと仲良くしてあげてね。」

「はい、叔母様。」

 二人は、異口同音に答える。ザンが手を振る。二人が出ていき、戸が閉められた。

「面白い人よね。」

「うん。…ねえ、僕がこっそりお話し聞いてたってお父様に言わないで。いっぱいお尻ぶたれちゃう。」

「そうしてあげたいけど、お父様に訊かれたら、正直に答えるしかないのは分かるでしょ。」

「…うん。優しいお父様だったらいいのに。」

 

 家へ帰り、食事が済んだ後、アトルがザンの部屋へノックをしてから入る。

「お風呂へ入る時間ですよ。タルートリー様が待っていますわ。」

「一人で入るんじゃないのぉ!?やだよー。」

「それ以上文句を言うと、お仕置きですわよ。口答えは許しません。」

「うっ…。…分かりましたぁ。」

「良いお返事には、まだ少し遠いですわね。でも、とりあえずいいですわ。」

 ザンは、がっくりと肩を落とし、アトルの後をついて行った。

 もちろん、逆らおうと思えば、逆らえる。逃げ出しても、捕まらない自信だってある。タルートリーにだって勝ったのだ。しかし、アトルが自分達も悪かったと認めた時から、逆らう気持ちは消えた。それに、二人はザンに謝った。大人に謝られたなんて初めてだった。それは、二人を気に入る大きな要因だった。

 

「あつっ。うっ、し・しみるぅ〜。…しかしでっかい風呂だね。3人で入るのがもったいないよ。」

 ザンはお風呂を眺め回した。「お風呂屋さんができるね。」

「そこまで大きくなかろう。…そうだそれより、明美とは上手くやっていけそうか?学校でも、同じクラスになるのだから。」

「友達になったから大丈夫だけどさ、なんでおんなじクラスだって分かるのさ?」

「明美のクラスは成績がいい子がいるクラスだからだ。」

「そんなクラスあんの。なんかやだねー。だってさ、あたしがそのクラスに入ったら、クラスの順位が一つづつ下がっちゃうんだよ。みんなに恨まれちゃうじゃん。」

「…。」

「冗談なんだよ、笑ってよ。受けない冗談ほど空しいものはないね。2人とも真面目過ぎなんだよ。…ほんとはさあ、そんなエリートばかりのクラスなんて息が詰まりそうだって思ったんだよね。」

「明美ちゃんと友達になったのですから、上手くやれると思いますわ。心配する必要なんてありませんわよ。」

「だといいけど。有り難う、お母様。」

 最初は嫌だと思った3人のお風呂も入ってみると楽しかった。性的なことを気にしすぎたと思った。タルートリーに背中を流してもらったり、アトルに髪を洗ってもらったり。二人が子供扱いするのが、意外に楽しかった。

 

 お風呂から上がって、自分の部屋で机に向かう。昼間買った沢山の新しいノート。その一つに、問題を書きこむ。明美に英語を教えるためだ。

 とんとん。ノックの音。

「もう9時ですわ。お休みする時間ですよ。」

「まだじゃなくて?…また怖い顔して。分かった寝るよ。…って、その手に持っているのは、何?もしかして…。」

「そのとおり。おしめですわ。ベッドに横になりなさい。つけますから。」

 文句を言いかけてから、お尻を叩かれてはかなわないと思い、大人しくパンツを脱ぎ、パジャマの裾を捲くってベッドに横になった。

 アトルがおしめを付けた。ザンのパジャマの裾をおろす。そして、布団を掛けた。

「おやすみなさい、ザン。良い夢を見られるといいですわね。」

「お休み、お母様。」

 アトルは微笑むとザンの頭を撫でて、頬にお休みのキスをして、電気を消すと、部屋を出た。「今どき、小学生だって9時に寝ないよね…。ま、仕方ないか。」

 

「ザンは大人しく寝たか?“9時に寝るなんて幼稚園児か”とか言っていなかったか?」

 アトルが居間へ戻ってくると、タルートリーは言った。

「はいとは言いませんでした。それより、おしめに抵抗しかけましたけど、思い直したようですわ。お尻をひどくぶってしまったので、こたえたんでしょうね。でも、お尻が治ったら、また悪い子になりそうですわ。」

「そうか。アトル、寝小便に付いてどう思う?何か心理的なものがあるのなら、尻を叩くのは止めた方が良いかもしれんと思うのだが。」

「しばらくはお尻をぶって、改善がないようなら、病院へ行くという手もありますわ。夜尿症の本を購入しましょうか。手がかりがあると思います。ただ、私としては、あの子が二十歳までする人もいると言っていますし、気に病む必要はないと思っていますけど。私も新聞か何かで、読んだ記憶がありますし。」

「尻を叩くのには賛成なんだな?」

「ええ。意図的にする悪戯とは違いますけど、それを言うなら、寝坊や遅刻だって叱れなくなります。あの子のことだから、多分そういう所を責めてくるとは思いますけれど、悪いことをしたら、必ずお尻を叩くと決めたと言うしかないですわね。こちらに迷いがあるとあの子も困りますから、毅然とした態度を取りましょう。」

「そうだの。ただ、あまり厳しく叩かないほうが良いな。それと、したら叩くが、しなかったら誉めるというようにすれば、少しは納得するかもしれんの。難しいが。」

「うまくいくといいんですけど。…。…昼間の事についてお仕置きを受けなければいけませんわね。」

「どうしようかと思ったのだが。我が侭で嫌だな。しかし、叩きたいとは思っておる。」

 タルートリーが顔をしかめる。

「当然ですわ。タルートリー様より先にあの子のお尻を叩いたんですもの。それに私は叩き過ぎてしまいました。罰して頂かないと、私の気が済みませんわ。悪いのは私なんです。」

「そう言われると気が晴れる。尻を出して、膝に寝なさい。」

 アトルは返事をすると、夫の言う通りにした。体を押さえられた。そして、夫の平手がお尻に振り下ろされた。

 

 アトルは自分の部屋の寝室に入る。いつもは一緒に寝るのだが、今日は彼は一人で寝たいと言ったので、こっちにきた。お尻がひどく痛む。叩きやすいように理由を言ったので、だいぶ叩かれた。

 『気にする事はないのに。理由がなくても叩きたかったら、いつでも叩けばいい。ザンにそれなら困るけど、私にならかまわないわ。タルートリー様は真面目過ぎるのね。』

 ベッドに横になる。『タルートリー様って呼ぶのをやめたら、思う侭に振舞ってくれるかしら。…嫌ねわたしったら。まるで、お尻を叩いてほしいみたいじゃない。違うのに。ただ私を叩くのに気を使わないでと言いたいだけなのに。』

 目を閉じる。『タルートリー様は外でお仕事をしている。私にはお仕事の経験がないから分からないけれど、きっと大変だわ。私は家にいて、お手伝いさんに家事をやらせて何もしていない。こんなに良くして頂いているのに、お仕置きにまで気を使わせて。ザンについても偉そうに意見を言って。』

 体の向きを変える。『こんなことを考えるのはやめよう。私は私に出来ることをするしかないわ。』

 アトルは寝ることにした。寝坊は出来ない。

 

 次の朝。タルートリーとアトルはザンの部屋へ向かう。

 ザンの部屋へ入り、アトルがザンを起こす。ザンが目を開けた。

「おはようございます。良く寝られましたか。」

「うん。あ・はい。はい。よく寝ましたっ。」

「そんなに慌てなくても…。さ、おしめをはずしましょうね。」

 アトルは、ザンのおしめをはずす。3人が思った通り濡れていた。

「お尻を綺麗に拭きますから、暴れてはいけませんよ。拭き終わったら、タルートリー様に、お尻を叩いてもらうんですよ。」

「やっぱりお尻叩くの?おねしょは罰に値するのかあ。」

「反抗するかと思ったんだが。意外に素直だの。15回だぞ。本当は、20回にしようと思ったが、尻の痣が消えるまでは15回にする。」

 タルートリーが話している間、アトルはザンのお尻を濡れタオルで拭いた。アトルが拭き終わったのを見て、タルートリーはザンを膝の上に乗せた。諦めたのか、ザンは大人しい。

 ぱしんぱしん。そう強くは叩かないようにする。小柄なザンの小さなお尻を叩く。

「痛いよー。あーん、ごめんなさーい。痛い痛い。そんな強くぶたなくたって。」

「これでもだいぶ手加減しておる。我慢しなさい。」

「お母様より凄く痛いよ!」

「ほれ、これで終わりだ。」

 ぱあん。少し強く、お尻の下のほうを叩いた。ザンがわめいた。お尻全体が桃色になっている。彼は泣きじゃくっているザンを抱き上げて、背中を撫でる。「よしよし。はやく寝小便が治ると良いな。」

「凄く痛かった、お父様のお尻叩き。もう2度と叩かれるのやだぁ。」

 ザンは泣きながら言った。本当に、もう2度と受けたくなかった。

 

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