3 良くある話3
「タマちゃん、ザンとトゥーリナ…ターラン、笑い合ってるよ。君も泣き止みなよ、ねぇ?」
「たー、ちゃ、えんえん、ない。」
「タマちゃん、俺がターランだって、分かったの?」
「ちゃ、たー、とー、ざー。」
タマちゃんは、言った順番に指差しした。
「そう、そうだよ。分かったんだね。」
聞きつけた二人が寄って来た。
「おー、タマ、俺等が分かったか。」
「タマちゃん、分かって良かったなー。」
「ざー、とー。」
タマちゃんは笑った。4人は笑い合った。厄介な状況は何も変わらなかったけど、それでも、心は軽くなった。
堕天使の羽根換金所から近い町へ行ったので、家までは遠い。また数日かけて帰らなければならない。4人は意気揚々と歩き始める。
「だからぁ、なりたいものを心に浮かべてぇー。」
「そんな事言ったって、抽象的な表現で何が分かるってんだよ。」
「でもさー。」
「もういいって、この体と指で料理が作れるように練習した方が早いって。」
「うーん。」
「お前の方が上手いんだから、お前もちゃんと練習しろよ。」
「分かってるよ。」
変身を覚えようとしないトゥーリナにいらいらしながらも、ターランは諦めて返事をした。『変身って楽しいのに…。』ザンもタマちゃんも楽しんでいる。自分も楽しい。トゥーリナだけが、今の状況を喜んでいないのである。かと言って無理矢理やったって、余計に楽しくないし…。
「何だ、どうした、ターラン?折角頑張ろうって思っている時に、壊すような顔するなよ。な。」
「うん、そうだね。」
『優しいなあ、トゥーリナは。…余計な事を考えるのはやめよう…。』ターランは幸せになりながら考えた。
「ターラン、とろけそうな顔してる。」
「トゥーが優しくて、幸せだから。」
「ターランの頭って、常に春だよな。」
「ザンーっ!」
ザンは慌てて、タマちゃんの肩から飛び立った。ターランが怒りながら追いかける。それを見たタマちゃんとトゥーリナは笑い出した。すっかり楽しい気分でのんびりと歩いていた。
協力して食事を作り、見た目が酷い食事を皆で笑い合いながら食べた。幸せで一杯になりながら、野宿をした次の日の朝。
「ん…。」
ターランはいつも通り一番に起きた。「トイレ、トイレ…。」
半分寝ぼけながら歩く。適当な場所を見つけ…。
「あれ?」
この感触は…。ターランは目がはっきり覚めた。
「起きて、起きてよ、トゥー。」
ターランはトゥーリナを揺さぶった。
「うー。」
「トゥーってば。」
「何だよ、うるせーな。」
「えっ。」
後ろから声がして、ターランは振り返った。「えっ、君、トゥー?」
「ああ、そうだよ。」
起き上がったトゥーリナは、頭をぼりぼり掻き…。「…あっ!?こ・これ角か…?」
「今度はトゥー、ザンになっちゃった…。」
「お前、ターランか?」
「うん、俺、元に戻ったんだ…。」
「…二人を起こすぞ。」
トゥーリナは立ち上がり、タマちゃんの体を揺すった。ターランは引き続きトゥーリナの体を揺する。
「何だよ…?もう少し寝かせてくれ…。」
「お前はタマのままか。」
「え?」ザンは目をはっきり開けた。「…トゥーリナ…か?」
「ああ。今度は俺がお前の体になった。」
「タマちゃんは?」
ザンはターランを見た。「お前、タマちゃんか?」
ターランはトゥーリナの体を抱くと、背中を撫でた。
「違う。俺だけ元に戻って、タマちゃんはトゥーリナになった。ザンはタマちゃんのままなんだね。」
「なんでターランだけ…?これで飯の心配はいらねえけどよ…。」
「皆が元に戻れたと思ってたのに…。」
ターランは、ふーと息をついた。それから食事の支度を始めた。ザンが考え込んでいると、トゥーリナが急に彼女を掴んで歩き始めた。
「な・何だよ、トゥーリナ?」
「小便。仕方を教えろ。」
「…あ、そうか…。俺も最初は戸惑ったもんな…。タマちゃん、おすだし。」
「いいから教えろよ。もれそうなんだ。」
「…ほとんど大と一緒だ。ズボンは膝の所で止めれば濡れないから。…あ、した後は拭けよな。痒くなるから。」
「あんまり拝んでない所を拭くのか…。」
「拝むって何だよ?」
「…。」
「変な奴。俺は戻るからな。」
「ああ。」
ザンはトゥーリナがズボンと下着をおろし、しゃがむのを見てから、飛び立った。
「ご飯出来てるよ。」
「早いなあ。」
「君が遅いんだよ。何してたの?」
「トゥーリナにトイレを教えてから、俺もしてた。」
「何で…あっ。ああー。」
ターランが赤くなった。「そ・そうだよねえ。女の子だもんねぇ。」
「タマちゃんは普通だったぞ。何でお前等は変になるんだ?」
「タマちゃんは小さいから分からないんだよ。君だって、最初は騒いでたじゃない。」
「だって、本来ない物があってすげー変な気になって…。」
「トゥーもそうなんだよ。」
「ふーん…。」
食事が済んだ後、また家へと向かって皆は歩いて行く。
「タマちゃん、トゥーリナになった気分はどうだ?」
「ぱたぱた、しぽー。」
「そうだな、また飛べるようになったもんな。な、タマちゃん、尻尾好きか?」
「ちゅきー。」
「楽しんでいる所を悪いけどさ、盗賊に見つかったら困るから、大人しく静かに歩いて。」
「ターランなら、一人で倒せるだろ。」
「足手まといがいなきゃね。」
「ザンの体じゃ攻撃力も防御力もないからな。逃げ足も遅い。囲まれたらやばい。タマにだって、大きい体でうろつかれたら、大変だ。動けなくなったらもっとな。」
「そりゃ、そうか。俺はまだ実戦のレベルにないしなー。」
「第一者の城の付近の盗賊ならやれるぞ。第一者達が片付けるから、挑むくらいの実力の持ち主か、一般の奴等と大して変わらない雑魚しかいない。」
「俺はその程度なんだな…。」
「あのなー、まだひとケタのガキが何言ってんだ?」
「そうだよ、普通の男を倒せるくらいの力があるだけでも凄いんだよ。焦らなくてもいいんだ。」
ターランはふっと息をつく。「俺は強くなんてなって欲しくないけどね…。子供の夢を摘み取る馬鹿親とは違うから…。」
「トゥーリナが怒らなきゃそんな立派かどうか分からないけどなー…。」
「君ってば昨日から悪い子過ぎるよっ。トゥーには生意気な口きくしっ。いい加減にしないと、タマちゃんの体でも、お尻に教えるよっ。」
「分かったよ。もう言わない。」
「本当にっ?」
「ごめんなさい。」
ターランはザンを睨んでいる。
「謝ったんだから、許してやれ。」
「トゥーは甘いよ。厳しくしなきゃザンが駄目になる。」
「俺には甘いのにな。」
「気をそがないでくれよー…。ま、トゥーに免じて許してあげる。」
「ありがとっ、ターラン。」
ちゅっ。ザンはターランの頬にキスした。タマちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「キスされたのはターランなのに、何でタマが笑うんだ?」
「ターランが怒ってないから安心したんだよなー、タマちゃん。」
「ざー。」
タマちゃんは、にこにこ微笑みながら、ザンに手を伸ばし、肩に乗せた。「ざー、ここ。」
「いつもと逆だな、タマちゃん。」
「ざー、ちゅき。」
嬉しそうにしている二人を見ながら、トゥーリナが呟く。
「…タマは、俺の所にはあんまり来ないんだよな。」
「だって、トゥーってばタマちゃんに冷たいから。」
「そうか?」
「そうだよなー。きっとタマちゃんは、トゥーリナが怖いんだ。」
ザンはタマちゃんを見る。タマちゃんはトゥーリナを見ている。
「なー、タマ。俺の事、嫌いか?」
「とー?」
タマちゃんは爪でトゥーリナに触れた。長い爪を持て余しているようだ。「とー、ちゅき…。」
「言い方が違うね…。」
「義理で言ってるみたいだなぁ。」
ザンはタマちゃんを見ながら言う。タマちゃんはザンを見て、微笑んだ。
「…。」
トゥーリナは無言だ。
「でもさ、また入れ替わって、タマちゃんは良く分かってないのかも。」
ザンはフォローしようと明るく言う。しかし、わざとらしく聞こえてトゥーリナは不機嫌な顔で黙りこくっている。
「トゥー、怒る前に自分の態度を変えたら?」
ターランはたしなめた。「俺なんかたまにお尻を叩くのに、タマちゃんは懐いてるよ。君の態度が問題なんだよ。」
「あー、そうかよ。どうせ俺は赤んぼの相手なんか出来ねーよ。」
「何ひねくれてるのさ。」
ターランは呆れて言った。
「ふんっ。」
4人は林の中を進んでいた。見晴らしが悪い道無き道を進む。慣れているトゥーリナは、拗ねているのもあってどんどん進んで行く。その態度に頭に来たターランは、
「心まで子供になっちゃったのかい?」
と嫌味を言った。トゥーリナは立ち止まると、怒りを浮かべてターランを振り返った。
「何だと…。…!」
トゥーリナの表情が変わった。が、それに気付かないターランは言葉を続ける。
「今度はだんまり。大人気ないと思わないの?…お尻をぶつよ。」
「ターランッ。」
ザンは気付いていないらしいターランに、鋭く呼びかける。
「ザン、今ね、俺は…。…!」
ターランはようやく気付き、トゥーリナを見る。
「9…いや、8だな。」
トゥーリナは低い声で言う。
「え?9だろ?」
ザンが言った。
「いや、一人はたぶんただの旅人だよ。殺気がないし、身のこなしも普通の人だよ。」
ターランはトゥーリナ同様辺りを警戒しながら、ザンへ言った。
「そうか…?」
ザンは納得いかない顔をしたが、二人とは経験が違うのだと思って黙った。
「来る…!」
トゥーリナの声にターランもザンも緊張した。タマちゃんは何が起こっているのか分からずにぽかんとしていたが、ザンに軽く撫でられてにこっと微笑んだ。
ガサガサッ。ざっざっ。8人の男達が現れた。どうも何もなしでは通してくれそうにない。
「おっ、堕天使様がいるぞ。」「おい、あのちっこいのは何だ?」「知らねえのか?馬鹿高い子供の玩具だ。しかも、生きてるって話だ。」「じゃ、あれも売れるな。」
盗賊達は好き勝手な事を話している。しかし、隙はない。
『最悪だよ…。昨日までなら、トゥーもいたのに…。』ターランは息を吐く。どう考えても最悪の状況しか浮かばない。3人くらいなら何とかなるけど、8人は多すぎる。
と、そこへ。
ざっ、ざっ。な・なんと、もう一人現れた。そいつは、盗賊達の真ん中を進み、先頭に立った。
「やっぱり9人だ。」
「ザンが当たってたね、凄いじゃない。(^-^)」
ターランは微笑み、「(^-^)じゃなーいっ!一人増えちゃったのがなんで嬉しいんだよっ。そりゃ凄いけどっ。」
「俺は喜んでないけど…。」
ザンは冷や汗を流しながらターランを見た。
「一人で漫才してる場合かよ?」
トゥーリナはため息をつく。絶体絶命の危機になんで能天気でいられるのか、トゥーリナには理解できなかった。
「今の聞きました?お頭。めすガキが男言葉を。」
「…ああ。もう1つ売れるな。」
タマちゃん以外の3人に戦慄が走る。これではタマちゃん及びトゥーリナの体が失われてしまう。
「で・でも、お頭は別格だよ…。俺等が気付かなかっただけあって、トゥーが元に戻って二人でかかっても無駄なくらい…。」
お頭の力が強すぎてトゥーリナとターランはそれに気づけなかった。絶体絶命…この場合はタマちゃんだけがそうなりそうだけど…。
「よし、堕天使、玩具、めすガキは生け捕りにしろ。へびこうもりは好きにしていい。」
『やっぱり!』3人が同時にそう思った一瞬後、8人がおどりかかってきた。
「タマ、ザン、高く飛べっ!!」
9人の中に一人も有翼種がいない。気づいたトゥーリナは叫んだ。
「ターマちゃん、こっこまで、おっいでっ♪」
トゥーリナの言葉の意味を理解したザンは歌いながら、思い切り羽ばたいた。タマちゃんが後を追って飛び上がる。
「待てっ、逃がすかっ。」
一人がタマちゃんの足を掴んだ。「久しぶりの獲物なんだっ。簡単に逃がしてたまるかっ。」
「やーっ。たーっ、ざーっ。」
タマちゃんは訳が分からず泣き出した。
トゥーリナが走る。ターランは5人同時に闘っていて、助けに行けない。他の盗賊3人は面白そうに囃している。
がしっ。トゥーリナは、思い切り蹴った。
「あー?お嬢ちゃん、何かしたつもりか?」
男は笑いながらトゥーリナを見た。『ザンの体じゃ無理か。』顔を歪めるトゥーリナに、男は続けた。「この兄ちゃんは諦めな。でも、心配するこたあねえ。お嬢ちゃんはマニアに高く売ってやるからな。」
「ふざけるなっ。タマはお前には殺させねえぞっ。」
トゥーリナは叫ぶ。右手が白く輝いた。しかし、彼の言葉に笑っている男もトゥーリナ自身も気付かない。彼は、そのまま平手を男の足に叩きつけた。
「うぎゃああああああっ!!!」
皆が凄い悲鳴の方を向いた。男の足のトゥーリナが平手を叩きつけた部分が消滅していた。皆が呆然とする中、羽根以外ぼろぼろのターランははっと気付き、急いで5人を倒し、気付かれる前にお頭以外の2人も倒した。足をなくした男がぎゃあぎゃあ悲鳴を上げ、ふと気付いたお頭がターランの方を見ると、仲間達は全滅していた。
「やるじゃねえか、堕天使。」
ターランは立っているのがやっとだ。トゥーリナは倒れていた。ザンとタマちゃんは高い所から、呆然とトゥーリナを見下ろしている。反撃できる者は誰もいない。体力万全のお頭。状況はより悪く思えた。
しかし。
「いーもん、見せてもらった。」
それだけ呟くと、お頭はふと消えてしまった。
完全に気配が消えた後、気が抜けたターランも気を失ってしまった。
「ザンも空が飛べるって分かったね。」
「え?何で?」
「トゥーリナが妖気を放ったじゃない。」
「???」
「こいつの足が消えたのは、妖気の塊で消し飛んだからだよ。」
ターランはもぐもぐ口を動かしながら言う。体力を使い果たし、お食事タイムだった。食べている物は…秘密にしておく。今回もマナーは置き去りにされていた。
「妖気は分かるよな?」
トゥーリナが言った。
「そりゃ、俺だって妖怪だし。」
「妖気が強ければ手を触れずに物が動かせる。物を浮かす事も可能だ。」
「知ってる。」
「もっと強いと物じゃなくて体も浮かせる。」
「…う…ん。」
ぼんやりしているザンに、トゥーリナは、まだ分からないのかという顔をする。
「最高に強いと、気の塊を放てる。」
トゥーリナはにかっと笑った。
「!!」
「な?」
「良かったねー。体が元に戻ったら、妖気で飛ぶ人を探そうね。」
ターランはにこにこ微笑む。
「はいっ。」
ザンは最高の笑みを浮かべた。
「とー。」
「んー?」
ちゅ。タマちゃんはトゥーリナの頬にキスした。「…タマ?」
「とー、ちゃ…。…。…うー。」
言いたい言葉が出てこなくて、タマちゃんはもどかしそうな顔をした。
「?」
「タマちゃんは、トゥーリナがタマちゃんを救ってくれて有難うって言いたいんだよ。」
「ざー…。とー、あーがと。」
タマちゃんは助け舟を出してくれたザンに微笑んだ後、トゥーリナに微笑んだ。
「…ああ。」
それだけで黙ってしまったトゥーリナに、
「トゥー…、ね。」
ターランはウインクする。はっとしたトゥーリナは、タマちゃんの頭を優しく撫で、頬にキスした。
「タマ、俺は好きか?」
「とー、ちゅきっ。」
タマちゃんは明るく答えた。
数日後。
「ねー。」
「んー?」
「俺等ってさー、いつまでこのままなの?」
「しらねーよ。」
「はあああぁぁぁぁぁぁ。」
ターランはため息をつく。今、ターランはザンだった。「もうっ、こういう場合はハッピーエンドでしょっ。」
「誰に怒鳴ってるんだ?」
タマちゃんのトゥーリナは素っ気無く言った。
「なーなー、堕天使って、これ食えるのかあっ?」
トゥーリナのザンが叫ぶ。ターランのタマちゃんが、ザンの手に持っている物に口を近づけている。
なんとまだ元に戻れないのだった…。