1 二人で生きる幸せ
「ふあー…。」
トゥーリナは、大欠伸をした。頭をぼりぼり掻く。「寝た、寝た…。」
うーんと伸びをする。ベッドから下りる。辺りを見回した。昨日、ターランとお互いの服を脱がせて放り投げ散らかした筈だが、綺麗になっている。とんとんとん。ターランが既に朝食を作っている音がする。という事は、彼が服を片付けてくれたのだろう。納得したトゥーリナは立ち上がると、ターランが出しておいた服を着た。鏡台の前に座り、引出しを開ける。
「ん?」
髪留めがない。彼は、腰まである長髪を背中の真ん中辺りで布を使って縛っているが、首の辺りを髪留めで留めている。その見えにくいくらいに細い髪留めが入っていなかった。ふと思い出した。昨日、ターランがどっちとも投げたのを。布の方は服と一緒に拾ってくれたようだが、髪留めは気付かなかったのだろう。トゥーリナは四つん這いになって探し始めた。
「さて、後はこれでいいかな。」
ターランは台所を見回し、スープを味見し、きちんと朝食が出来たかを確かめた。昨日は食材を1つ入れ忘れて、味のないものを作ってしまいトゥーリナにお尻を叩かれた。無駄にならなかったので、鞭はなかった。「今日は完璧。」
一人満足しながら、食器を並べた。いつもなら、もう起きているトゥーリナがしてくれるのだが、昨日は激しかったから、疲れているのかと思って気にしなかった。何もない時の寝坊なら、お仕置きだけど。
二人は同じ村で育った幼馴染だ。元々は友達だったけど、いつのまにか恋人になっていた。妖魔界は人間界よりもずっと科学や医術が進んでいるが、場所によっては先進国と発展途上国以上に文化の差がある。村は古い世界だ。同性愛は好まれない。二人は親に責められたり、説得されたりしたが、心は変わらなかった。二人で生きて行くには村を出るしかないと決めた。旅をし、力をつけた後、誰にも邪魔されない場所で二人だけで暮らし始めた。群れるのを嫌い、たった一人、あるいは一家族だけで住むのは珍しくない。彼等もそうしたのだった。
すっかり用意が済んだのに、トゥーリナはまだ来ない。『もう起こしてあげなくちゃね。ご飯が冷めちゃう。』ターランは寝室へ歩いて行く。トゥーリナが四つんばいで何かを探していた。ターランはぴんときた。
「ごめんねぇ。あれは投げないで、ベッドの隣の机において置けば良かったね。」
「かまわねえ。そんなの気にする余裕はなかっただろ。お互い。」
「そうなんだけどね。…俺も探すよ。」
ターランは屈み込んだ。昨日の気持ちを思い出し、ちょっと照れながら。
「美味かった。」
トゥーリナがお腹をぽんぽんと叩く。ご飯が冷める前に髪留めは見つかった。ターランが嬉しそうに微笑んでいるのに気付く。「腕が上がってきたな、奥さん。」
とろけそうな顔をしたターランをトゥーリナは抱き寄せた。トゥーリナが夫でターランが妻。自然とそうなった。旅の間もずっとターランが食事を作り、服のほころびを繕い、トゥーリナが狩りをし、寝床を作った。お互いにどちらも出来たけど、得意なのがその役割だった。それとターランは奥さんと呼ばれるのをとても喜ぶので、トゥーリナは我が侭を通したい時は必ず、そう呼ぶことにしていた。そうすると大抵許してくれるからだ。
「ちょっと遅くなっちゃったね。」
家のすぐ隣にある畑へ歩きながら、ターランが言う。
「もうやめようって言ったのに、お前が…。」
「だってー…。君だって途中で止めると辛いでしょ?」
「まあ、そうなんだが…。」
トゥーリナとしては、ちょっとキスするだけで、畑仕事をと思っていたのに、ターランが迫ってきて最後まで…。仕事には支障ないけど、昨日の夜だって激しく愛し合ったのに、自分もターランも飽きないもんだと思う。
「遅れを取り戻さなきゃ、ね。」
「ああ。」
二人はそれぞれの場所に屈み込む。
村で育ったので、畑仕事をしていくのが合っていると決めて、二人は野菜を育てて生計を立てていた。大人になるまで我慢して村で過ごしたので、自分達で食べていく分と、お城に納める分を充分に作っていける。ターランの羽根に頼る事も考えたが、仕事もしないでぶらつくのは盗賊だけだし、子供だけで生きる不安もあった。結果を考えれば、それが正しかったと言えると思うと二人は考えている。盗賊がはびこる妖魔界では、甘く考えると生きていけないから。
暫くの間は無言で仕事を続ける。人間界なら家庭菜園程度の広さの畑に、沢山の種類の野菜がある。野菜は物言わぬ種類の方が多いが、好き勝手に喋るのもある。腹の立つことを言う野菜もあるが、実は、喋る方が育てやすい。何が足りなくて何が多いのか伝えてくれるからだ。相手をしないと出来が違うので、出来るだけ構ってやる。喋らない方はもっと気を使う。妖魔界で野菜を育てるのはとっても大変なのだ。だから村と言う集団を作って、村人達は協力し合う。
お昼になった。今が一番暗い。これからだんだん明るくなって夜になる。と言っても、妖魔界の昼は人間界の夜ほど暗くない。夕焼け空をもっと薄気味悪い赤にすると妖魔界の昼になる。妖魔界の夜は人間界の昼ような青空になる。
「ご飯にしようよ。」
ターランがトゥーリナに声をかけた。野菜達が自分達を先にしろと抗議する。「まあまあ、そんなにかからないって。」
「いつ言うのかじりじりしてた。朝から余計な体力使ったからな。」
「言えばご飯にしたのに。」
「そしたら夜まで長いだろ?」
「違う物を食べればいいよ。俺もそろそろ男になりたいし…さ。」
「…あのなあ。食欲が失せるようなことを言うな。」
「そっ、そうかな。いいと思ったんだけど。」
ターランが真面目な顔で言うので、トゥーリナは吹き出した。お弁当を広げながら、二人は笑いあった。野菜達が不思議そうにしている。
楽しい昼食が済み、少し休息をとってから、また畑仕事にとりかかった。野菜達の相手をし、肥料と水をやり、必要な手間をかけ…。
「俺は終わったからな。」
トゥーリナはターランに声をかけて、ごろんと横になった。「終わったら言えよ。」
「うん。」
ターランの方ももう少しで終わる。終わったら、お仕置きの時間になる。二人は仕事を分担し、お互いに不得意な方の仕事をやっている。その方が腕が上がるからだ。不得意な方なので時々間違えたり、失敗してしまう。それをお仕置きし合うのだ。
「終わったみたいだな。」
トゥーリナが立ち上がりながら言った。ターランの方に歩いて行き、彼の仕事の後を見た。ターランの方もトゥーリナの仕事の点検を始めた。「15回だぞ。」
「トゥーは20回だよ。」
「4つもか?…何処だ?」
1箇所につき5回と決めている。
「3つだけどさ、…これ見てごらんよ。これはまずい。下手すりゃ枯れるよ?だから10回。」
「げ。…変だな、ちゃんと確認したのに。」
トゥーリナは頭をかきながら、屈み込むとその重大な失敗を先にやり直した。「あ、お前のは、あれとそれとそこ。」
「うん。」
ターランはトゥーリナに言われた部分を直しに行く。
直すのが終わり、やっと畑仕事が終了した。お仕置きはそのまま外で行う事にしているので、畑の側の草むらに座る。
「今日は俺からだよ。お尻を出して。」
ターランは膝をぽんと叩きながら言った。ターランは、自分でお尻を出させて、叩かれる本人が自分から彼の膝に寝るのが好きだ。反省しているなら、自分から罰を受けに来るべきだと考えている。
「確認した筈なのになー。くそー、何で見逃したんだー?」
トゥーリナは文句を言いながらお尻を出す。その様子をターランは苦笑しながら見ていた。トゥーリナはお仕置きを受けるのが悔しいらしくて、いつも文句を言う。慣れていても可笑しい。
「俺を叩く時は嬉しそうなのに、いつもそうなんだから。」
トゥーリナを膝に受け止めながら、ターランは言う。
「だってよ、俺が叩くのは夫として当然の躾だぜ?可愛い妻の悪い所を夫が懲らしめてやれるのは特権だろ?」
「もう、トゥーったら…。そんなこと言って、俺の気力を奪うんだから…。」
「俺は事実を言ってる。」
「ああ、トゥーリナ、俺、とけちゃいそう…。」
ターランがトゥーリナの髪にキスした。トゥーリナは、はー…っとため息をついた。
「とけるのは俺のケツを叩いてからにしてくれ。」
「ふふっ、分かったよ。…大きい失敗の10回はうんと痛くするね。君の為に。」
気持ちを引き締めるとターランは、ぱんぱんとトゥーリナのお尻を叩き始める。普段はラブラブだけど、お尻叩きはきちっとする。お互いの為だ。その所為で、夜寝る頃には二人ともお尻が真っ赤になっている日もある。
たった20回。だけど半分は思いっきり叩かれるので痛い。ばしんっ、ばしんっ。トゥーリナは意思に反して暴れてしまい、ターランに怒られた。
「もう、たった20回の我慢も出来ないのかい?大人しく受けられないお仕置きもしようか?」
ターランが怒るのは、悪い事をしたんだから罰を大人しく受けて当然と思っているからだ。
「暴れる気はなかったが、いてえもんはいてえ。」
「あ、そういう態度なんだ。ごめんなさいしないと20回増やすよ?」
「分かった、分かった。暴れてごめんなさい、大人しく受けます。」
「くすくす。素直でいい子には5回で許してあげる。ちょっと強くね。」
『甘いな。』トゥーリナは思った。『こうだからこいつ夫になれないんだよな。…楽でいいけど。』
ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。5回が飛んできた。言葉通りそれほどは強くない。今度は我慢出来た。
「はい、終わり。…痛かったよね。ちょっと厳しすぎたかな。」
桃色に染まったお尻を優しく撫でられた。抱き起こされてぎゅっと抱かれる。
「厳しくないぞ。お前、甘いからな。やっぱりターランは奥さんだな。」
「そうかもねぇ。俺、あんまり厳しくするのは好きじゃないし…。それにトゥーの美味しそうなお尻ってぶつよりも…。」
「すぐそれだ。…さ、可愛い奥様を満足させてやりたい所だが、先にやることをやっちまおう。」
「うん。」
「ほら立てよ。」
トゥーリナは自分のお尻をしまうと、ターランのお尻をぽんと叩いた。トゥーリナは彼がお尻を出してやり、抱き寄せて膝に乗せるのを好む。ターランとは逆で子供扱いをする。二人のやり方は本人の好みもあるが、お互いにそう扱われたいと思っているのを叶えるからと言える。だから、厳しく罰したい時は、いつもとは逆になる。自分でお仕置の準備をしたいトゥーリナは、ターランに全てやられてしまうし、トゥーリナに優しくされたいターランは、自分で準備をしなければならなくなる。
ターランが立ち上がると、トゥーリナは彼のズボンを下ろし、パンツは膝で留めた。ターランが恥ずかしそうに顔を赤らめる。トゥーリナはターランを優しく抱き寄せて、膝に横たえた。
「よーし、一発目。」
トゥーリナの平手が飛んできた。ぱんっ。トゥーリナには暴れると怒ったターランだけど、彼自身はいつも酷く暴れてしまう。トゥーリナは怒らない。彼は暴れる方がいいと思っているからだ。我慢して大人しくしていると、痛くないと思うらしく、さらに強く叩かれる。本当はトゥーリナが怒らない程度には大人しくしたいけど、上手くいかない。自分の方が甘えているなあと思う。
「痛いか、ターラン?」
叩きながら、トゥーリナが問う。
「痛いよー、凄く。…いたっ、うっ。」
「そりゃ良かった。仕置きは厳しくないとな。」
トゥーリナは満足げにうなずく。ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。15回なのですぐ終わる。ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。「よし、これで終わりっと。」
ぱあんっ。ひときわ強く打たれて、ターランはうめいた。トゥーリナが抱き起こしてくれて、お尻を軽く撫でてくれる。ターランはトゥーリナにしがみついた。
「痛かったよぉ…。」
「よしよし、泣け泣け。…ま、俺も痛かったけどなー。」
「ごめえん。叩かれた数が少ないのに、俺ばっか泣いて。」
「妻は泣かなきゃ可愛くないだろ?泣き顔もそそるぜ?」
トゥーリナはターランの涙を舐めとった。「お待たせしました。さあ…。」
「外もいいよね。…あ、今日は俺も男にさせてよ。」
「はいはい。」
二人は外で愛し合った。
お風呂で体を洗いっこする。トゥーリナの方がしみるだろうに、ターランだけが騒いで、トゥーリナに思い切り笑われた。
「だって、とてもしみるのに…。…君は痛くないの?」
「いてえけど、お前は騒ぎすぎ。」
トゥーリナは大爆笑する。
「そんなに笑わなくったって…。」
ターランは真っ赤になった。
「おーっ、ケツより赤いぞ、その顔。」
「酷いよぉっ。」
ばしゃっ。ターランは、トゥーリナにお湯をかけた。
「あっ、やったなっ。」
トゥーリナもやり返す。二人は子供みたいにお風呂で大騒ぎした。
お風呂を出て、体を拭いたり、髪を乾かしたりを、まだお風呂での興奮が続いているから、騒ぎながらする。服を着た後もじゃれあい、夕食が遅くなった。
ターランが作るのをトゥーリナも手伝う。下手ではないのだけど、滅多に料理をしないトゥーリナはいい加減にやる。
「そんなに入れたら辛くて食べられないよっ。」
ぱんっ。トゥーリナのお尻が鳴る。
「いてっ。腹に入れば一緒だって。」
「入れるも何も食べられないって。それもそんなに適当に切らないでくれよ。」
「お前は細かいぞ。こんなのたいして変わらねえよ。」
「変わらなきゃ言ってないよ。もう。…あのさ、そろそろ足りなくなりそうだから、仕事道具を作っててよ。」
「こらっ、それが夫に対する言葉か?」
「だって君、大雑把過ぎるんだもん。俺がきちんとしたのを作るからさ。」
「昨日の朝食は?」
ちょっと頭にきたので、トゥーリナは失敗を思い出させてやった。
「…もうしないよ…。ねえ、頼むよ。今日遅くまで遊んじゃったし、道具がないと困るから、ね?」
「仕方ねえなあ…。でも、我が侭の仕置きはするぞ。」
「そんなことを言うなら、僕だって適当に作ったお仕置きするよ?」
「俺は、意地悪して言ってるんじゃないぞ。…まあ、お前がそのつもりで言ってるなら、だけどよ。」
「分かってるけど…つい、ね。ごめん。…じゃ、ご飯が済んだら、二人ともお仕置きだね。」
「そうだな。」
トゥーリナはため息をつきつつ、仕事部屋へ歩いていく。
夕食後。トゥーリナは、ターランをテーブルに押さえつけていた。食べてからそんなに時間が過ぎていないので、お腹を開放しておく為だ。トゥーリナとターランに共通しているのは、膝の上のお尻叩きが好きな所である。しかし、今回はそうするわけにはいかない。
「我が侭の罰は重いぞ。平手で50…。」
「えーっ、鞭でぶつのーっ!?50回もぶった後に!?」
「我が侭の罪は重いって言ったろっ。文句を言ったから、平手10追加。鞭は5追加で25な。」
「ごめんなさいっ、そんなにぶたないでっ。」
「駄目だ。甘やかすと癖になる。それに妻は夫に絶対服従が基本だぞ。」
冷たく言うトゥーリナにターランは何も言えなくなってしまった。ぱあんっ。「はいはどうしたっ。」
「ひっ。…はいっ。」
『トゥーが怖い…。楽しんでいるのに邪魔したから…ちょっとくらい我慢すれば良かった…。』ターランはとても後悔した。久しぶりに料理の手伝いをして楽しんでいたトゥーリナ。それなのに自分はつい料理の見た目や出来ばかり気にしてしまった。手伝おうとしたのは、遅くなった夕食を少しでも早くしようとしての彼の好意だったのに。仕事道具が足りないくらい、トゥーリナだって分かっていただろう。それでも手伝おうとしてくれたのに…。『お仕置きが済んだらきちんと謝ろう…。』
バシッ、バシッ。いつもより厳しく叩かれてより後悔したターランは、痛みを堪えながら反省していた。