28 トゥーリナがリトゥナをお仕置き6
「お父さん…。どうしたの?」
はっきり浮かんだリトゥナの恐怖の表情に、トゥーリナは悲しみを覚えた。その表情は見慣れていた。見慣れてしまう程長く、自分はリトゥナを苦しめていたのだと気づいたから。
「リトゥナ、俺、目が覚めたんだ。」
トゥーリナはゆっくりと息子へ近づいた。「お前をどれだけ苦しめていたか、今、凄く感じる…。」
怯えながらも動けないリトゥナを優しく抱いた。はっきりと震えが感じられた。何度も何度も撫でた。
「お父さん、また僕を好きになってくれる?」
「俺は…ずっとお前を愛している…。嫌いになったことなんて一度もない。ただ、俺はやり方を間違っていたんだ。」
トゥーリナはリトゥナにキスをした。愛していると分かって欲しい。
「ほんとに?」
「ああ、お前にいい子になって欲しいから厳しくしてた。でも、俺の考え方は間違ってて、あんな風にしなくてもお前はいい子になれるんだよな…。」
トゥーリナはリトゥナを優しく抱き、撫でながら、耳に口を近づけて言った。「俺、親父に尻を叩かれたんだ…。」
「えっ!?」
お父さんの恥ずかしい秘密を教えられたリトゥナは吃驚した。そしてとても嬉しくなった。「お父さん、大好き。秘密を教えてくれて有難う。お父さんも僕とおんなじなんだね。」
「俺の親父にとっては、俺はお前より子供だとさ。」
リトゥナは微笑んだ。トゥーリナはそんな息子に安堵を覚えた。勿論、時間をかけて傷つけてしまった傷がこれだけで治る筈もなく、これからもリトゥナは自分を恐れ続けるだろう。でも、その度に抱き締めて、今度こそはもう決してお前を苦しめないと言ってやるのだとトゥーリナは思った。
それから数日後。すっかり百合恵ともターランとも上手く行き、トゥーリナは満足していた。リトゥナもまだ自分からは甘えてくれないが、トゥーリナが近づいても怖がらなくなった。時間が出来たら、自分のやりたいことを放り出しても、リトゥナを精一杯抱き締めて可愛がった。ただ、お仕置きは暫く出来ないと思った。今の所、リトゥナは何もしていないが、まだ厳しかった頃の記憶が生々しいのだ。トゥーリナはリトゥナを叱ることに執着するのは止めた。少なくとも、リトゥナが完全に前のようになるまでは。
トゥーリナは父の部屋にいた。お尻は痣の色が変わっただけで、元に戻るのにはまだまだかかりそうだった。
「鞭、買いに行こうか。」
「お前から言うとは思わなかった。」
「リトゥナを見ていると、言いたくなる。」
「そうか。」
「もっと早く来たかった。でも、親父がな…。」
「あれから何日経った?」
「ほんの数日。」
ギンライはトゥーリナを見た。「今回は早かったな。」
「俺は、正常になってきてるのか…?」
「元々正常だろ。ただ、元のあんたには病しかなかった。今は手のかかる俺がいるから、張り合いがあるって訳だ。」
「自虐的だな。」
「親父が元気なら、何でもいいさ。俺が欲しいのは守るものだけじゃないんだから。」
「正常だと、キシーユがいないと実感するから、辛いけどな…。」
「親父さ、前に俺に根性無しって言ったけど、親父の方がよっぽどそうじゃないか。一人の女をそこまで愛すのは立派だが、そこまでいったらそれこそ異常だぞ。」
「お前、連れ合いに死なれた男は、女よりもろいって知らないのか?」
「俺はこんな情けない親父にいつもいいようにされてるんだな。」
「…トゥーリナ、俺を怒らせた代償は大きいと思い知るべきだ。」
「じゃあ、思い知らせてみろよ。腑抜け親父。」
「いいさ。たっぷりとな。後悔するなよ、馬鹿息子。」
トゥーリナとギンライは笑い合いながら、外へ向かう。ギンライは本当に嬉しくなった。トゥーリナの言う通りに、彼がいるからこそ、心を保っていられるのだと思えて。キシーユのいない辛さは、それが拭ってくれると…。
天国から下界を見下ろせるが、地獄からでも地上は見られる。キシーユは罰を受けていない時、ギンライを眺めていた。
「それでいいのよ、ギンライ。あなたには強くいて欲しいもの。」
キシーユは微笑んだ。ギンライの罪を肩代わりしながら、ギンライが自分の幻を追っているのを見るのは辛かった。「わたしはここにいるから、貴方はそこで頑張ってね。ギンライ。」
また新たな苦しみが彼女に与えられる時間が来た。ギンライを第一者へと駆り立てたのは彼女。それが全ての罪へと繋がっているわけではないけれど、ここにいて、彼への罰を彼と受けていられるのは、彼女には至上の喜びなのだ…。
トゥーリナとギンライの二人は、鞭屋へ着いた。
「これなんか良さそうだな。」
ギンライが言いました。彼が手にしている鞭は、鍛えている男性用で奴隷を打つような恐ろしい物だった。「試し打ちするから、尻を出せ。」
「ただでさえ注目されているのに、そんな真似が出来るか!」
「試し打ちしなきゃ、威力が分からないんだぞ。トゥーリナ、言う通りにするんだ。」
ギンライが言った途端、お店に居た人達がざわざわしだした。
「やっぱりあれ、トゥーリナ様とギンライ様なんだ…。」「偉くなってもお仕置きされるんだなあ…。」
ぼそぼそ呟く声が聞こえて、トゥーリナは、かっと赤くなった。
「あんたは、そんなに俺に恥をかかせたいのかよ?さっきの言葉を恨んでるんだな!」
「お前には俺が、あんな言葉遊びに怒るような父親に見えるのか?…真面目な話、試さないと買えないんだ。」
『軽い気持ちで言うんじゃなかった。』まさに後悔先に立たず。少し前の自分に大いなる恨みを感じながら、トゥーリナはお尻を出した。「そこに手をつけ。」
ギンライの言う通りに手をつくと、びゅうっと空を切る音とともに、鞭が飛んできた。ビシーッ。凄い音だ。
「ぐぅっ…。」
少しして、鞭の当たった部分へ強い痛みがわいてきた。人に見られていなければ、お尻をさすりたいところだ。その痛い部分を父がなぞる。飛び上がりそうになるのを必死で堪えた。
「弱いな。」
トゥーリナは吃驚して父を振り返った。こんな物で何回も打たれたら、血がふき出すと思えるのに…。
「…もっと強い鞭があるのか…?」
「可愛い顔してるな。」
トゥーリナの顔をまじまじ見た後、ギンライは呟いた。
「何の話だあーっ!!」
トゥーリナはキレた。「もう我慢できないっ。貴様にとって俺は玩具なのかよっ!?殺してやるっ。」
「冗談だ。これで充分だな。」
ギンライは軽くあしらうと、車椅子を操作してカウンターへ行った。
「これ、くれ。」
「わ・分かりました…。」
恐ろしい表情を浮かべているトゥーリナに怯えながら、店主は答えた。
「今、持ってきます。」
店主が奥へ入っていく。店に飾ってある鞭は、試し打ち用のサンプルで、店の奥に売り物があるのだ。店主は確認するのに、売り物をギンライに見せた。「これでいいですね。」
ギンライが良く見ようと身を乗り出した途端、店主の手から、鞭がかっ攫われた。
「いらねえよ…。これ使う相手は、今、死ぬんだから…。」
「トゥーリナ、いい加減にしろ。第二者がここで暴れたら、関係ない奴まで巻き添えを食うんだぞ。」
「五月蝿い!いつもいつも偉そうに説教しやがって!俺をゴミのように捨てた奴が、何様のつもりだ!」
「…ふぅ。なあ、トゥーリナ。本気で俺を殺したいのなら、外にしろ。」
ため息をついた後、ギンライはトゥーリナを見た。「それとも、ここで大量殺人でも犯すか?」
「………う。」
ざわざわっ…恐怖にトゥーリナの全身の毛が逆立つ。ギンライは普通の表情でいるだけなのに、凄まじい気迫を感じた。怒りが急速に萎えていく。
「よし、いい子だ。会計して帰るぞ。」
「分かった。」
自分は全盛期の父よりも強い筈。二人と戦ったザンがそう言っていたから、間違いない。でも、心の何処かで父を馬鹿にしていたそんな気持ちは消え失せていた。
城に戻ってきた二人は、ギンライの部屋へ行った。トゥーリナはあっという間に父の膝の上で、お尻を剥き出しにされた。
「平手が終わったら、早速あの鞭を使うからな。店で騒ぐような悪い子には、たっぷりお仕置きしてやる。」
「悪かったのは認めるけど、ガキ扱いは止めろーっ!」
平手で酷くお尻を打たれながら、トゥーリナは叫んだ。
それを覗いている者が三人。二人が帰ってきたので、どんな鞭なのか見せてもらおうとやって来たのだが、トゥーリナがお仕置きされている場面に遭遇してしまったのだった。
「本当にお父さんって、お尻叩かれるんだね。」
「大人になってもお仕置きが必要な場合もあるからね。」
リトゥナととターラン。百合恵も驚きながら見ていた。
「トゥーリナったら、お店で騒ぐなんて、子供みたいなことをするのね!」
こうしてトゥーリナは、普通のお父さんになれた。夢見てた幸せな家庭も、憧れのお父さんも、手に入れ、彼はやっと安らげるのだ…。