5 トゥーリナとターラン5
ターランは、トゥーリナのやる気がいつまで続くか不安だった。いつ、自分の所にたどり着くかはっきりと分かる訳ではないのに疲れて、また諦めてしまうとも限らない。そもそもこうなってしまったのだって、トゥーリナがもっと強い盗賊達と戦って力をつけるという努力をしなかったからなのだ。だから、彼は思いつく限りトゥーリナを挑発していた。
ザハランはネスクリに手合わせをしてくれと声をかけた。まだ足元にも及ばないのは重々承知していたが、強い者と対戦した方が強くなれると思ったからだ。本当はザンに頼んだのだが、今は忙しいと断られてしまったので、ネスクリに頼むことにしたのだが…。
「はははは…。俺と戦う?馬鹿なことを!」
一笑に付されてしまった。
「てめー。」
ザハランは、ぎゅっと拳を握り締めた。怒りで体が震えた。こっちだって力の差は分かっているのだ。いらいらしている彼を置いてネスクリは、歩き出した。その背中を睨んでいた彼は、ターランに気が付いた。ネスクリはターランに気付いて、歩いて行ったのだ。
「やあ、ターラン。手合わせを願えるか?…もうそろそろ飯だから、済んでからでいいのだが。」
ターランは、トゥーリナがネスクリに手合わせを断られていたのを聞いていたので、このチャンスを彼の為に生かそうと決めた。彼はにこやかにネスクリへ微笑みかけながら、
「“勿論”いいですよ。」
ネスクリに変に思われない程度に強調しながら答える。このやり取りを聞いていたザハランの顔色が変わる。
「てめぇ、俺とは戦えなくて、そいつならいいとはどういうことだよ!…馬鹿にしやがって、殺してやるっ!!」
愛用の弓なりの刀を引き抜いて、ひゅっと切りかかった。
「ん?」
ネスクリが振り返る。刀はネスクリの顔面を切り裂こうとしていた。
でも。ネスクリは二本指で挟み、ターランは一本の指を差し出してその刀を止めた。ザハランの顔が真っ青になる。『な…。指だけで止めやがった…。…ターランの野郎まで…。俺は殺すつもりで渾身の力を込めたっていうのに…。』ザハランの膝から力が抜け、がくっとひざまづいた。『俺の力はその程度なのか…。』まさかザンよりずっと弱い彼らとも、こんなに力の差があるとは知らなかったザハランは、気が遠くなるようだった。
「危ないよ!こんな所で刀を振り回すなんて。」
ターランは一見、親が子を叱るような口調で、ザハランに追い討ちをかけた。それを聞いたネスクリが呆れて息をついた。
「心配ない。そいつ程、弱い奴はいないからな。」
「いくらなんでも酷いですよ。」
ターランは怒ったような表情で言う。「本当のことを言うなんて。」
「それもそうだ。」
ネスクリが笑顔で答える。二人は大声で笑った。ターランは笑いながら、トゥーリナを盗み見る。馬鹿にされたせいで、一旦、落ち込んだ彼に闘志が沸いた様だ。ターランの顔に笑みが広がる。『これで思い上がらなかったし、やる気も失わなかった。』そう思いながら去って行く愛する者の姿を眺めていた。ふと、寂しさが広がる。『俺は、トゥーより優位に立ちたいんじゃないのに、トゥーを見下ろしている。…でも、今のままじゃいつまでもこれが続くんだ。これくらいで傷ついていられないんだ。』
夜になり、ターランはお風呂へ向かう。この城には男用の大浴場と、家族専用の混浴風呂と小さめの女風呂がある。ターランの部屋には専用のお風呂があるのだが、なんとなくトゥーリナに会えるような気がして大浴場に入る事にした。
ターランが入っていくと、部下達が邪魔にならない様にささっと避ける。ターランの為に場所を作る者もいる。そう、ターランはもうターラン様なのだ。かつて村で王様の様に振舞っていたので、人に気を使われるのには慣れていたけど、トゥーリナの奴隷みたいに働いてもいたので、気を使う大変さも知っていた。だから、気を使ってくれた部下達には軽く礼を言った。
椅子に腰掛け、軽く体を洗う。堕天使の美しい羽が何枚か抜け落ちた。かつて弱かった頃なら、強い部下達に儲けたと言わんばかりに当然の様に持ち去られたその羽は、今は全て集められ、そっと差し出される。ターランは拾ってくれた者に分けていいよと言いかけて、この羽根の価値を思い出し、
「有難う。」
と、受け取った。お金は高額の給料で十分に貰っていたから要らないのだけれど、ほんの数枚の羽をめぐっての争奪戦でも繰り広げられたら困るので止めたのだった。
鳥なら尻尾が生えている辺りから伸びている三枚目の羽を楽に伸ばしながら、ターランは湯船に浸かった。この三枚目の羽は、ターランの魂に宿った天使が上級天使だったのを示している。かつてはこの羽も邪魔にならない様に押さえていたのを思い出す。『あんまり実感ないけど、俺って偉くなったんだよなあ…。』
そうやってぼんやり過ごしていると、トゥーリナが入ってきた。辺りを見回し、座れる所を探している。しかし全ての場所がふさがっていた。ターランはそれに気が付くと、湯船からあがって、トゥーリナに声をかけた。
「トゥ…ザハラン!こっちへ来なよ。僕の所を使って良いから。」
ザハランはそれを聞いて顔をしかめた。『冗談じゃない。誰があんな奴の所へ…。…もう二度とあんな真似はさせないぞ。』彼は、終わりそうな男の近くの隅にかがみ込み、空いているシャワーで体を流そうとした。が、ぐいと腕を掴まれた。振り向くとターランだった。
「僕の所においでって言ったのが、聞こえなかったのかい?」
「五月蝿い。俺はお前なんか、もうどうでもいいんだ。」
「前に言ったことを忘れたの?俺はもう君を自由に出来るんだよ。こういう風にね。」
ターランは抵抗するトゥーリナを肩に抱えあげると、自分の場所に戻った。
「俺は、嫌がるお前に、無理矢理何かをやらせたことなんてなかった筈だぞ!」
「君はそうだったけど、僕のやり方は違うんだよ。…君は、昼間といい、今といい、少しも良い子じゃないね。君にはお仕置きが必要だよ。」
「な、何言ってやがる?!」
「だからお仕置きだって。君は小さい頃、充分過ぎるほど受けていたじゃないか。君のお陰で、俺まで尻叩きの痛みを知ったんだっけ。ま、君の所為で、お仕置きされるのに慣れる前に、受けなくなっちゃったけどね。」
ターランは言い終わると、暴れるトゥーリナを膝の上に乗せた。ばさばさと五月蝿い羽と、鞭の様に打って来る痛くはないけど邪魔な尻尾を一緒に抱え込む。
「止めろっ!」
ターランは優しい表情でトゥーリナの頭を撫でた。
「駄目だよ。君は良い子じゃないからね。俺は…僕は君に良い子でいて欲しいんだよ。僕の為に強くなって前のように僕を支配してくれよ。本当はね、僕は君に言うことを聞かせるなんて嫌なんだ。でも、今のままなら、君はやる気を出してくれない。」
ターランは厳しい表情になると、怒鳴った。「…だから俺はこうするんだよっ、俺と君の為にねっ。」
ばしいっ。ターランはトゥーリナのお尻に力一杯平手を叩きつけた。お風呂なので音が響き渡る。ザハランは痛みにうめく。「ザン様が言っていたよ。僕達ほどの才能を持っている奴がそれを放っておくのはもったいないってね。ほとんどの男達が、喉から手が出る程欲しがっているこの力を、そのままにしておくなんてってさ。」
ばしいっ、ばしいっ。ターランは喋りながら叩き続ける。手加減はしない。思い切り叩く。お尻にはっきりと大きな手の跡が残る。しかし、早い調子で叩いているのですぐに新しい手の跡に消されてしまう。
「いてえよっ、離せ、この堕天使っ。」
「い・や・だね。君がちゃんと体を鍛えるって言ってくれるまでは、いつまでも続けるよ。」
「お前に言われなくてもやってるさっ。」
「君は怠け者だ。俺があんなことをしたから、今は怒ってやる気になってる。でも、そのうちすぐに面倒になって止めてしまうさ。長い付き合いだから、君のことは誰よりも知ってる。」
ターランは一旦叩く手を止め、愛しそうにお尻を撫でた。数はそんなに叩いていないのだが、力一杯叩いたせいですでに真っ赤になってきていた。「俺への憎しみだけで、君の気持ちがそんなに長く続くとは思えない。」
叩くのを再開した。ばしいっ、ばしいっ。ザハランは痛みに暴れている。ターランは続ける。
「僕は君を愛しているんだ。でも、君にとっては迷惑なんだろ?君はもう第一者なんてなりたくないから。でもね…。」
これを聞いたザハランは、かっとなって体を半分起こし、ターランを怒鳴りつける。
「勝手に決め付けるなっ!!俺は諦めたわけじゃないっ。ただっ…ただ、遠すぎるんだよ、ザンと俺の差は。」
「そんなのは分かっていたことじゃないか。僕は言った筈だよ?早過ぎるんじゃないかって。君は第三者達と戦いもしないで、自分の力を過信してたろ?何の根拠もなくさ。」
ばしいっ、ばしいっ。ターランはトゥーリナをまた押さえつけると、お尻を叩き始める。「普通の男は、自分がこれ以上強くならないと確信してから、初めて第二者と戦ってみようと考えるんだ。君は自惚れが強かったんだよ。」
トゥーリナのお尻に血が滲み始めた。ばしいっ、ばしいっ。ターランは傷を打たないように気をつけたが、叩く力は加減しなかった。
「俺は大丈夫だと思ったんだ…。」
「君はちょっとだけ馬鹿で、我慢強さがなくて、自分の力を客観的に見られなかっただけなんだ。でも、大丈夫なんだよ?君はこれ以上強くなれないわけじゃない。ザン様が認めたんだ。君と僕をね。ザン様は女だけど、それでも第二者だ。君は女の言うことなんて、当てにならないと思ってるだろ?戦闘に関しては僕だって信じないけどね、ザン様じゃなきゃ。」
ターランは打つのを止めて、トゥーリナを膝から下ろした。血が流れている所がある。ターランは血を舐めとった。
「…。」
「君は吸血こうもりだから、時々僕の血を吸ってたけど、僕は、君の血の味を初めて知ったよ。」
ターランはにっこり微笑んだ。「ここまでおいで、ザハラン、いや、トゥー。俺は何年でも待っているから、ここまで追いついてみなよ。悔しかったら、俺を地に這わせ、ザン様も追い越しなよ。そして第一者になるといい。君には出来るんだ。本当は僕もだけど、僕は興味ないから。」
ターランはトゥーリナを抱き寄せてキスをすると、彼の体を洗い始めた。トゥーリナは抵抗しなかった。じっと動かなかった。自分の体も洗い終えると、ターランは湯船で体を温めてから、お風呂を後にした。
トゥーリナはぼんやりしていた。お尻が酷く痛んだ。触れた指を見ると、まだ血が止まっていなかった。お尻に手をやり、癒しの妖気を送った。傷は治ったが、張れと痛みは治らなかった。ターランがいた椅子に腰かける。痛みが強くなったが我慢した。ターランが洗わなかった部分を洗う。
立ちあがって湯船に向かった時点で、ザハランは風呂場にいるほぼ全ての部下達が自分を注目しているのに気が付いた。いつから見られていたのだろう。お尻を叩かれてからだろうか?それとも肩に担ぎ上げられてからか?顔では何事もなかったようにしていたが、頭は焦っていた。
湯船にかがみ込んで、お尻がお湯についた途端、悲鳴を上げそうになった。何とか押し殺して、平気な顔をして座った。お湯の中でしみた所に手を伸ばして、妖気を送った。見えない部分なので、治っていない所があったようだが、傷にしみて痛いのか、叩かれたせいで痛いのか、もう分からなかった。
ザンの部屋。ザンとターランが仕事の合間に会話をしていた。
「こうもり、やる気を失っていない様だな。」
「ええ。」
「良かったなー。…ある意味では俺も良かったけどな。」
「どうしてですか?」
「俺には相手がいないんだよ。」
「トゥーは俺のですっ!それにザン様は彼の好みじゃあ…。トゥーは出るとこが出ているのがいいと…。」
そこまで言いかけたターランは、ザンにぶっ飛ばされた。
「胸も尻も小さくて悪かったなあっ!男色家のくせに女についてほざくなっ。…俺が言いたかったのは、戦う相手だよ、この馬鹿っ。能無し堕天使っ。羽を毟るぞっ。くだらねえ勘違いしやがってっ。お前の頭にはそれしかねえのかよ?いやらしい奴だなっ。」
「いだだだ…。顔がつぶれるかと思った。…そこまで言うことはないじゃないですかっ。それに俺はバイです。」
「それどういう意味だよ?」
「正しくは、バイセクシャル。ま、簡単に言えば、両刀使いです。…って何でこんな会話しなきゃいけないんですか?俺達は、ザハランについて語っていたのに。」
「お前が勘違いするからだろっ。お前が悪いっ。」
「(むかっ。)そうでしたね。」
ターランは顔をしかめながら言った。『そりゃ俺が悪かったけどさ。散々罵ったくせに、まだ俺を責めるのか、この人は。ネスクリはよくずっと一緒にやってこられたよ、ほんとに。』
次の日になっても、トゥーリナのお尻は痛かった。良く考えれば当たり前だ。その気になればひとひねりで殺されるくらいに力の差があるターランに、思い切り叩かれたのだから。鏡で見てみると、青紫になっていた。
「くそっ。」
いらいらしながら、部屋を出た。当てもなく歩きさ迷う。すれ違う部下が自分を指して笑っているような気がした。ターラン様にお尻を叩かれた男?それとも、ターラン様の遊び相手?かつて支配してた奴にいい様にされている馬鹿な男?それともこれは自意識過剰の被害妄想か?『皆が噂する程、俺は有名じゃないぞ…。』恥ずかしいのか、ただいらつくのか、自分の気持ちすら分からなくなったザハランはさ迷い続ける。
突き当たりだと向きを変えようとしたザハランは、そこがザンの本当の部屋であると気が付いた。『生かさずの扉』よりも装飾が美しいプレートにザンと書いてある。あの扉の方は、もっと無骨な感じで男の部屋に思えた。ザンが女だと知らない、というより信じない者達はまだいるのだ。その為の配慮なのだろう。
ふと興味が沸いてきて、中を覗いてやろうという気になった。戸に手をかけて開ける。
「誰だっ?」
鋭いザンの声が飛んできた。天蓋付きの大きなベッドに彼女が起きあがっていた。服が乱れ、隣にネスクリがいた。
「この部屋の中を見たことがなかったから…、お楽しみの最中、邪魔したな。」
「別に大して楽しんでいねえよ。…言っとくけど、俺はまだ処女だからなっ。」
「そんなの俺に関係ない。何赤くなって否定してんだ?」
「お前は女を馬鹿にしてるだろ。…だから、そういう女だって思われるのは困る。」
「あのなあ、女を差別してねえ男なんて、この妖魔界にいるのかよ?」
「お前みたいのには、あんまりお目にかかったことがねえ。それに妖魔界の男は差別はしてねえぞ?対等に思っていないだけだ。」
「それと差別は違うのか?」
「違う。…お前、普通の家庭に育ってねえだろ?そんなことも分かんねえなんて、異常だぞ。」
「異常は言い過ぎだ。」
「おい、こうもり。いつまで当たり前に喋っているつもりだ。」
ネスクリが口を挟んできた。「ノックもしないで入ってきて、下っ端のくせにザン様と対等な口をきくな。」
「いや、俺は別にいいから、あいつと会話しているんだ…。」
「ザン様。貴女様はもう少し考えるべきです。“あれ”は、礼儀知らずです。ちゃんとした躾が必要ですよ。…昨日ターランもやってやったそうですけど。」
ネスクリの言葉に、ザハランは恥辱で赤くなった。体が震えた。
「お前いつか殺されるぞ。いつもそんな見下した態度ばかりとりやがって。人の上に立つ者ってのはな…。」
ザンはネスクリを軽く小突きながら言った。
「俺は人の上になんて立てないんでしょう?貴女様の下にしかいられないですよ。“あれ”は立てると貴女様は言いましたけど…。」
「その言い方は止めろ。あいつの名は知らないが、せめてこうもりと呼べ。」
「…分かりました。」
「…なあ、そいつお前の奴隷なのか?尻叩きを受けるのは、お前の快楽なのか?」
ザハランは、ザンに訊く。彼女は顔をしかめながら、答える。
「違うぞ、それは。俺は叱られないとやる気が出ないだけだし、こいつは俺の部下であって、それ以上でもそれ以下でもない。」
「そうか。」
「そんなことより、お前に言いたいことがあったんだ。…本当は少しはましな強さになってからやりたいとこだけど、ターランに言わせれば、やる気のあるうちの方がいいって言うから。お前を俺が個人指導してやる。」
「…?」
「だから、俺がお前を鍛えてやるって言ってんだよ。…俺は歯ごたえのある奴が欲しいんだ。もう、うんざりなんだ。ギンライの奴は女遊びばかりで不抜けてやがるし、ターランはお前を待ちうける為に現状維持の修行しかしないし、権力争いに出ていない強い奴を捜しに行くほど暇じゃない。」
「お前も自分の為に俺に強くなれって言うのかよ?…どうしてどいつもこいつも俺を放っておいてくれないんだよ。俺は、お前等の物じゃねえんだぞ。」
ザハランはうんざりして言った。
「じゃあなんでここを出ていかない?何処かへ行っちまえば、少なくとも俺はお前を忘れるぞ。」
「…それはそうなんだが…。俺は第一者になる夢を忘れたわけじゃないから。ただ、俺は俺のやりたいようにしたいだけなんだよ。」
「放っておいたら生ける屍だったくせに良く言うぜ。ギンライと一緒だったじゃねえか。」
「俺は第一者ほど酷くねえ。俺の遊び相手は商売女だぞ。がきは出来ねえし、女は傷つかない。」
「…ま、そうだな。父親とは違うか…。」
ザンがポツリと呟いた言葉に、ネスクリとザハランは飛び出るかという程、目を見開いた。
「今、なんて言いましたっ?!」
「なんだとっ!?」
二人の驚き様にザンは吃驚した。
「い・いや…。お前の名前が…。ギンライが捨てた赤ん坊の中に、トゥーなんとかっていう蛇こうもりがいたような記憶が…。」
「それは本当か?」
扉の前に立ったままだったザハランがつかつかとザンの側に歩み寄り、彼女の胸倉を掴んだ。
「おい、俺はこう見えても女なんだぞ。こんな格好の時にそんな乱暴するな。」
ザハランが手を離す。ザンは服を整えた。「ギンライが部下に子供や赤ん坊を捨てさせる時、赤いGの文字が入った服を着せたり、布に巻いたりしてるんだ。ギンライは赤鬼だからな。お前が捨てられていた時に、そういうのを着ていたって、お前を拾った奴が言っていなかったか?」
「俺を拾った奴は俺を奴隷として育てた。そいつは奴隷商人じゃないから、俺に印はないが、そういったことを教えてくれるような関係じゃなかったんだ。」
「だからお前、男と女の常識がねえのか。…ギンライは子供を産ませる度に赤ん坊にちゃんと名前をつけて、写真に撮るんだ。そして、誕生日ごとに新しいのをまた撮る。俺の記憶にある赤ん坊は、まだ1歳にもなっていなかったから、0歳のアルバムを調べれば、お前があいつの子供かどうか分かる。」
ザンはそこまで言うと意地悪い笑顔を浮かべた。「調べてやるから、本名をと言うと思っただろ?」
「なんだよ?」
「ここまで気を持たせておいてそれはないでしょう?」
ネスクリも興味津々で言う。
「何も教えないとは言ってないさ。ただし、条件がある。」
「お前に鍛えてもらって、強くなれって言うんだろ?そしてお前と戦って勝ったらだろ?」
ザハランは、みなまで言わなくても分かるぞという表情で言った。
「話が分かるな。」
ザンはにやっと笑った。
父親を知りたい。出来れば母親も。どうして自分を捨てたのか。ギンライが実の父なら理由は下らなそうだが、それでも、小さい頃は強く知りたかったことだ。今はそれほどの興味は沸かないが、でも、知ろうとする努力が面倒だとは思っていない。違うかも知れない。どちらかといえば、あの外道が自分の父親とは思いたくない。違う方がいい。でも。
「自分のルーツを知りたいから強くなるというのも、変わってていいかも知れない。」
ふと、ターランにこの衝撃の事実(まだそうはっきりとは決まっていないが)を教えてやろうかと思った。しかし、今までずいぶん好き勝手してくれた。後で本当にそうだと分かってから、教えてやってもいいだろうと思い直す。
どうして教えてくれなかったのかと悔しがるターランの顔を思い浮かべて、ザハランは、一人意地の悪い笑みを浮かべるのだった。