4 トゥーリナの為に…
「鳥は、空を飛べていいなあ…。」
トゥーリナは、天井の窓から、空を眺めていた。ただいま、7歳。ラークや、良心的なシーネラルの恋人のお陰で、とりあえずまともに育っている。彼等がいなければ、トゥーリナがどんな子になっていたかは神のみぞ知る…。
「空には何にも無い。飛んでも面白くない。」
「シーネラルはそうかも。でも、僕は違うよ。」
シーネラルの言葉に、トゥーリナは反抗した。「空から皆を見下ろすの。きっと、気持ちいいだろな。」
「…。」
シーネラルはそんなトゥーリナを見ていたが、ふと立ち上がって、部屋を出て行った。
「あれ?怒っちゃったのかな…?」
でも、もしそうなら、すぐさま膝の上に乗せられて、お尻を叩かれている所だ。シーネラルは、トゥーリナがもっと大きくなって、違いが分かるようになったら、お仕置きじゃないお尻叩きもする、と言っているくらいに、トゥーリナのお尻を叩くのが好きなのだ。
トゥーリナはちょっとの間、考えていたけれど、思いつかないので、諦めて空を眺めた。
シーネラルはジオルクの城に居た。玉座のジオルクが、嬉しそうに手招きしている。側に行くと、ぎゅっと抱き締められた。
「久しぶりだな。」
「ああ。」
「今日は何の用だ?」
それには答えず、シーネラルは、辺りを見回した。
「ザルトは?」
「今…あ、こちらに向かっているようだ。」
「確かに。」
姿は見えないが、二人の耳にはザルトの足音が聞こえていた。ジオルクは、シーネラルの頬を撫でた。珍しく大人しい彼に満足している。
戸が開いて、ザルトが姿を現わした。シーネラルの姿を認めると、彼は複雑な表情を浮かべた。
「久しぶりじゃないか。天災か、戦争でもあったのか?」
「食料の情報なら何もない。」
「じゃあ、何しに来たんだ?用も無く来るお前じゃない。」
ジオルクが口を挟んだ。「そうだったら、俺は嬉しいがな…。」
「有り得ない。俺はGから離れていたいんだ。」
「即答するなよ…。寂しいじゃないか。」
懲りないジオルクは、シーネラルの背中を撫でている。
「そんなことより、ザルトを借りたい。」
「何故だ?」「俺に何の用だ?」
ジオルクとザルトが同時に言った。
「トゥーリナが空を飛びたいと言ってる。俺が飛び方を知っていれば、こんなことを言いに、わざわざ妖魔界へ来なくても済むのに。」
「お前、あいつを愛していたのか!?」
ザルトは大袈裟に驚いた。部下のラークから、少し聞いていたのだ。
「愛しているかどうかは知らない。ただ、空を飛べるお前が居るから、望みを叶えてやろうと思った。」
「ザルト、こういうシィーは滅多に見られない。人間界へ行ってやれ。」
ジオルクは、ニヤニヤ笑いながら言う。ザルトはジオルクに同意を示し、シーネラルへ言う。
「いいだろう。行ってやる。」
「代償は?」
「ひねくれた発言をするんじゃない。何も必要無い。」
「…そうか。」
シーネラルの瞳に感謝が浮かんで、ザルトは吃驚した。
「お前、人間界へ行って、変わってきているな。」
ザルトは微笑むと、「いいことだ。」とシーネラルの肩を叩いた。
「気安く触るな。」
シーネラルはフーッ!と威嚇した。耳の毛が逆立ち、尻尾が太くなった。
「なんだ、そういう所は変わらないな。野良猫にそっくりだ。」
ザルトが呆れながら言った。シーネラルは目をそらし、呪文を唱えた。移動用の通路が開いた。彼はその中へ飛び込んだ。
「話すのって、そんなに面倒か…?」
ジオルクはザルトに言う。
「シィーにとっては、そうなんでしょうね。」
ザルトは穴に入りながら答えた。「では、行って来ます。」
二人の姿が消えると、穴は消滅した。
「話さないと通じないこともあるのに…。」
ジオルクはため息をついた。
空を眺めるのに飽きたトゥーリナは、庭で遊ぼうかどうか迷っていた。シーネラルの許可無く外へ出ると、例え庭でも、お尻を叩かれる場合もある。シーネラルは嬉しいかもしれないけど、彼には痛くて嫌なものだから、出来れば避けたい…でも、遊びたい。
「どうしよう…。」
時計を見て、後5分経ってもシーネラルが帰ってこなかったら、出ちゃおうと決めた。途端、空間が揺らめき、シーネラルとザルトが現れた。
「あっ、お帰り、シィー。もうちょっと帰って来なかったら、庭で遊ぼうかと思ったんだ。」
それを聞いたシーネラルは残念そうな顔をした。
「惜しかった…。尻を叩く楽しみを逃した。」
ザルトは呆れ、トゥーリナはぶうっと膨れた。
「そういうことばっかり言うんだから。」
「シィーは、お前の為に俺を連れに来たんだ。今日は聞かなかったことにしておいてやれよ。」
ザルトの言葉に、トゥーリナは吃驚する。
「えっ、じゃあ、僕を乗せて空を飛んでくれるの?」
ザルトはトゥーリナに微笑みかけると、彼の体を持ち上げた。それを見たシーネラルが、ボタン操作で天井の窓を開けた。ザルトは、トゥーリナを背中に乗せると、窓から外へ飛び出した。
「うわあっ、気持ちいいよっ。有難う!えっと、ザルトさんだっけ?」
「よく覚えていたな。」
「えへ。」
夢で見たのとは全然違っていた。浮遊感が気持ちいい。人間に見つかると面倒だからと、思っていたような低滑空はやってもらえなかったけれど、ザルトは、トゥーリナの言う通りに飛んでくれた。
充分に満足させてもらった後、トゥーリナとザルトは戻って来た。背中から下ろしてもらったトゥーリナは、ザルトへ何度も礼を言った後、シーネラルの側へ駆け寄った。
「空は面白くなかったろ。」
シーネラルは彼を抱き上げ、背中を撫でると、頬を上気させている彼へ言った。
「すっごく気持ち良かったよ。シィー、ザルトさん、有難う御座いました。」
「そんなに喜んでもらえるなら、また暇な時に来てやるよ。」
ザルトは、トゥーリナの頭を軽く撫でると、妖魔界へ帰っていった。
夜。夕飯が済んだ後、シーネラルがふいっと外へ出て行く。不思議に思ったトゥーリナは後をつけて行く。庭へ出たシーネラルが目を閉じて、何かしている。
「シィー、何してるの?」
彼はとても集中していて、返事をしてくれなかった。それで、トゥーリナは黙って彼を見ていた。シーネラルの周りに漂う妖気が見えた。それが足元に集まった。一瞬、ほんの一瞬だけシーネラルの体が浮いた。トゥーリナは吃驚した。「シィーって空を飛べるの?」
何回も、わずかに浮くのを繰り返していたシーネラルだったが、やがてこちらを振り返らずに言う。
「俺がお前を連れて飛ぼうと思った。でも、飛び方を知らないから、上手くいかない。」
トゥーリナは嬉しくなってシーネラルに飛びついた。
「嬉しいな、シィー。」
「どうして?上手くいかないのに。」
「気持ちが嬉しいんだよ。」
「ふーん。」
シーネラルはどうでも良さそうな顔で、嬉しさ一杯のトゥーリナを連れて家の中へ戻った。
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