少女ザン番外1 シィーとトゥー

2 子供を拾う

 高級住宅街でもない所に建てられたその豪邸は、それだけで異彩を放っていた。しかも、それは殆ど住まわれないまま、放置されていた。しかし、とうとう売りに出された。古くなってきいてるし、値段が値段なので、買い手はなかなか付かなかったが、最近買い取られた。どんな人が住むのか、噂好きの周りの普通の住民達の間に、憶測が飛び交った。平和過ぎて、皆は暇らしい。

 数日が経ち、引越し業者が家具を運んでいた。当然といえば当然だが、それらは高級品。ある者は通りすがりの振りをし、ある者はあからさまにその作業を見ていた。作業が終わる頃、家主と思われる者がやっと現れた。その人物を見た者達は、呆然となった。

 若い外人。その姿は異様だった。膝丈まである金髪のストレートを揺らし、半纏を羽織り、色がぬけ、膝が見えるぼろぼろのジーンズに、埃で白くなった無骨な長靴。肩に引っ掛けている袋も、元は何色だったのかと思いたくなるような汚れよう。とても、豪邸に住めるような者には見えなかった。

 そもそも、何故、半纏なのか。暖かくなってきたとはいえ、北海道の春だから、ジャンパーや薄いコートならまだ分かる。温暖な地方の人間なら、この気温でも寒く感じるのかもしれないから。

「外人さんだから、日本の物を着たかったのかも。」

 一人の奥さんが低いとは言えない声を出し、聞こえた人の中で、数人は納得した表情を浮かべた。

「でも、変人よね?」

「きっと、日本より、うんと物価の高い所から来た、貧乏人なのよ…。」

 それも信じ難かったけど、少なくとも、若くて成功した人のようには見えなかったので、物好きな人達の興味は急速に失せ、人が居なくなった。

 日本人はブランド好き。高級な所に住めば、奇異の目で見られないし、栓塞されないと、自称日本人に詳しい妖怪に聞いたので、どちらも試してみたのだった。  結果として、成功したのか、失敗したのかは分からないが、変人と思われたのなら、五月蝿く構われないだろうとは思えた。

「群れるのが好きな、日本人らしい行動か?鬱陶しい。」

 シーネラルはぼそっと呟くと、玄関を開けて、中へ入った。玄関から、廊下がすうっと伸びている。シーネラルは、まず右手のドアを開けた。昼とはいえ、やけに眩しい。中に入って、見上げると、天井に窓があった。この家は3階建てなのだが、吹き抜けになっている。

「星空が見られるのか。」

 シーネラルはにやりと笑った。楽しみを損ないたくなくて、確かめもせずに購入したが、いい買い物だったと思った。

 

 1ヶ月に1回は人間を食べないと、栄養失調になる。日本に住み始めてから、5回狩りをしたある日の夜、車のエンジン音でシーネラルは目が覚めた。家の前に止まらなければ、気にならなかったのだが…。

 彼はひょいっと起きると、ベッドから抜け出した。頭の上の耳がぴくぴく動く。話し声が聞こえた。しかし、流石に3階の寝室からでは、何を話しているかまでは聞こえない。窓を開けると、1階の屋根に飛び降りた。手足は人間と同じ形なので、少しだけ音がした。しかし、人間の耳には聞こえないらしく、話し声は続いていた。玄関側に回り、気付かれないように、そっと覗いてみた。

 車の前で、若い男女二人が揉めていた。女は何かを抱え、男は、乱暴にではないが、それを奪おうとしていた。

「でも…。」

「もう決めたじゃないか。」

 声は低かったので、人間には聞こえないだろうが、シーネラルの猫耳はしっかり捉えていた。「さあ、寄越すんだ。」

「…ねえ、何とかならないの…?」

 女は泣き声になっている。

「何回も相談したじゃないか。でも、駄目だった。俺達だけではどうにもならない。」

 男はうんざりしたような声を出す。「お前も納得してただろ?」

「そうだけど…。」

 女が力ない声を出し、男は布に包まれた物を抱きかかえた。

「こんなでかい家に住んでいるんだ。心配するな。」

 男は微笑んでいるようだったが、無理にという感が拭えない。彼は、塀を乗り越えた。玄関の前まで歩いて行ったようで、シーネラルの視界から消えた。少しするとまた現れた。包みがなくなっている。

 塀を乗り越えて、女の側に立った男は、女の肩を抱いて車に戻ろうとした。が、急に女が男の腕を逃れ、塀を乗り越えようとした。男が引き戻し、女の頬を打った。女はずるずると座り込むと、すすり泣いた。音が殆ど聞こえなかったので、痛みではないようだ。男は面倒そうな様子で女を立たせると、車に押し込んだ。そして、車はエンジン音と共に、去って行った。

「…。」

 シーネラルは屋根から飛び降りた。玄関の前に置かれた包みが動いていた。吃驚した彼は急いで駆けつけ、包みを持ち上げた。

 

「お早う御座います、旦那様。」

 通いで来ている家政婦の舞が、挨拶をした。メイド服を着ている。彼女はこれを主人の趣味だと思っていたが、妖魔界では召し使いが当たり前に着るので、彼女の勘違いだ。

「ああ、お早う。」

 彼女は、シーネラルの腕に抱かれているものに気づき、吃驚して、大きな声を出した。

「そ・その“子”は、どうしたんですか!?」

「昨日の夜更けに、若い男と女…親だろう…が、捨てていった。」

「えっ、捨て子!!」

 彼女はさらに吃驚した後に、「世の中には酷い親が居ますね!!」

 憤慨する様子を見て、シーネラルは、今まで何とも思っていなかった彼女に、好感を抱いた。

「だから…いや、何でもない。」

 シーネラルは、頭に来たからそいつらを追っかけて、散々苦しませた後、殺して喰った、と言いかけて、思い止まった。日本を離れられない理由が出来たのに、余計なことを言って、彼女に言いふらされたら困る。

「そうですか?」

 舞は不思議そうな顔をしたが、気にしないと決めたらしい。「近くで見てもいいですか?」

「ああ。」

「男の子なんですね。可愛い子…。外人の血が入っていそうですね。」

 黒髪だが、所々に茶色が混じっているし、目が綺麗な水色だ。

「この手紙を読んでくれ。俺は話せるが、読み書きが出来なくてな。」

 シーネラルは、感激している彼女に声をかけた。

「はあ…。」

 舞は、もっと赤ちゃんを見ていたいのにという表情になった。が、旦那様の命令なので、仕方なく、手紙を受け取る。

「赤んぼと一緒に置かれていた。」

 急にやる気の出た彼女は、急いで封を切った。「面倒だから、要約してくれ。」

「はい。………。ええと、この子の名前は、トゥーリナ。事情があり、育てられないので、面倒を見て下さいとあります。」

「そうか。」

「勝手ですよね!」

 舞はまた怒った。シーネラルはそんな彼女に暖かい視線を送った。

 母に捨てられ、孤児院で死んだ方がましと思える扱いを受けてきたシーネラルにとって、彼女の言葉は、普通の人以上に優しく感じられ、心に染みるのだ。だから、捨てた親には憎悪を感じ、惨い殺し方をした挙句、喰らったのだ。どうでもよさそうな態度に思えた父親の方は、生きたまま食べた。今回の場合、ちっとも罪悪感は感じなかった。

 

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