2 ザルト
ジオルクが野営地に姿を見せると、鳥が一匹、満面の笑みを浮かべて、走ってきた。
「G!遅かったですね。俺、何かあったんじゃないかって、不安で…。」
盗賊団のNo.2、ザルトだ。ジオルクに憧れてこの団に入ってきた。ジオルクが求めたら、嬉しそうに答えた。今の彼は、すっかりジオルクの恋人気分である。ジオルクはそう思っていないのに…。「ジオルクのお気に入り」とはそういう意味ではないのだが、ザルトは分かっていなかった。
彼は、ジオルクの荷物を受け取りながら、不安そうに肩のシーネラルを見た。「この男は…?」
「こいつに襲われたから、遅くなった。」
「ええっ!?」
ザルトは仰天した。ジオルクは、そんな彼のお尻を軽く叩くと、先に歩かせた。ザルトが何回も振り向きながら歩くので、他の団員は彼にぶつかりそうになった。
「こら、ザルト、ちゃんとしないとお仕置きだぞ。」
ジオルクは笑いながら言ったが、ザルトは青くなって慌てて前を向いた。今度は普通にテントに向かって歩いて行く。
テントの中へ入ると、ジオルクはシーネラルを寝かせた。ザルトが面白くなさそうな顔で見ている。ジオルクは、それに気付くと、彼の頬を軽く叩いた。
「新人の育成はお前の役目だろ。ちゃんとやらないと後悔するぞ。」
痛くは無かったけれど、つい癖で頬を撫でながら、ザルトは顔をしかめた。
「こいつを団員にするんですか…?」
「ああ、いい拾い物をした。なんせ、“貴族殺し”だからな。」
ジオルクはそれだけ言うと、外へ出た。また吃驚したザルトはシーネラルを見下ろした。不貞腐れた顔をして、尻尾を振っている猫。ザルトの目には、反抗期を迎えたばかりの子供にしか見えなかった。
「こんなのが、あの残忍な…?ただの小僧っ子じゃないか。」
彼には信じられなかった。「死にかけだぞ…。」
シーネラルの傷の手当てをしたザルトが彼を外に連れてくると、ジオルクは皆を呼び集めた。
「皆、聞いてくれ。今日から新しく入ったシーネラルだ。」
皆は彼を見たが、彼には、新人なら当然ある、野望や希望に燃えた様子がまるでないので、戸惑いを見せた。ジオルクは、その雰囲気を吹き飛ばそうと続けた。「なんとこいつは…、“貴族殺し”だ。」
意図した通りに、皆がどよめいてくれた。しかし、死んだ瞳に覇気の無い顔、だらりと垂れた腕、貧弱な体つきに、ザルトと同様に、疑いの眼差しを向ける者もいた。
「信じられないんですけど…。」
ザルトがそれでも遠慮気味に言った。何人かはその言葉に頷いている。
「…こうなった原因の大半は俺だ。」
ジオルクが罰の悪そうな顔をした。「襲ってきたこいつを負かした後…。」
「食っちゃったんですかっ!?」
「は・早いな。良く分かった…。」
「Gのことは何でも知っているつもりです。」
ザルトがしれっとして言う。
「そ・そうか…。」
二人のやり取りを聞いて、疑っていた者達は納得した。そして、大半の団員がシーネラルに同情の視線を送った。それを見たジオルクが顔をしかめて言う。
「そんな目で見るなよ。出来るだけ優しくしたんだぞ。」
「分かって言っているんでしょうけど、そーゆー問題じゃないです。」
ジオルクの言葉に、ザルトが突っ込む。
「結構美形で、しかも、俺好みでな…。」
ザルトはシーネラルの周りを回ると、ぐっと顔を近づけた。
「美形〜?」
「…。」
どうでも良かったので、シーネラルは無言だった。
「Gの守備範囲って、広いんですね。」
ザルトは結論付けた。皮肉っぽかったが、ジオルクは笑うだけで終わらせた。
「ああ、そうだ、ザルト。こいつは皆と同様に鍛えて欲しいが、前線には出さないからな。」
「…戦力外には見えませんが。」
ザルトが不思議そうに言った。
「壊れかけているから。」
「ああ、それでは無理ですね。分かりました。雑用をさせます。」
ザルトの返事に、シーネラルは不満そうな顔をした。その表情に気付いたザルトは、文句を言ったら叩きのめしてやろうと構えた。しかし、シーネラルは何も言わなかった。彼は拍子抜けしたが、何か余計なことを言って、この猫を怒らせたら面倒だと判断して、自分も何も言わなかった。
「ああ、腹減った。飯はまだかな?」
ジオルクは呑気そうに言った。
「支度が済むまでの間、俺をどうぞ。」
ザルトが臆面も無く言い、シーネラルはゾッとして、そこから離れた。後ろで、ジオルクが笑いながらザルトを小突いていた。
『こんな所に居られるか。』と、シーネラルはそっと野営地を出た。そのまま逃亡を試みたが、見張りの団員に見つかってしまった。暴れたが、人数が多すぎて捕まってしまった。そして、ジオルクの前に出された。
「今度、逃げようとしたら、お仕置きしてやるぞ。」
ジオルクは笑いながら言うと、ザルトへ手当てを命じた。シーネラルは、ザルトに引き摺られ、またテントに連れて行かれた。抵抗したシーネラルはお尻を蹴飛ばされ、テントの中に転がり込んだ。
「世話焼かせるな!」
面倒そうなザルトに怒鳴られながら、乱暴に手当てをされた。
「必要ない。」
「俺だって、やりたくてやってるんじゃない。でも、Gはお前を気に入っているみたいだから、仕方ないだろ。」
シーネラルがごたごたを引き起こしている間に、食事の準備が出来ていた。包帯やらシップだらけのシーネラルは、またザルトに引き摺られながら、食事の場所へ連れて来られた。彼は、強引にジオルクの隣に座らされた。ザルトがいそいそと反対側の隣に座る。
食欲が無いので、黙って座っていると、ジオルクに抱き寄せられ、膝の上に乗せられた。
「ほら、あーん。」
ジオルクは、シーネラルに、自分用の特別大きな肉を差し出した。「食べないと死んでしまうぞ。お前の体は小食に耐えられない。壊れかけた所為で、餓死した奴も結構居る。お前もそうなるタイプだ。」
「フーッ!」
「おお、野良猫らしい威嚇の仕方だな。子供扱いされたくないなら、下ろしてやるから、ちゃんと食べろ。」
シーネラルは、彼を呪い殺しそうな視線を送っているザルトに気が付いた。『こんなことをされたいのか…?変な奴。』「シィー、どうする?やっぱり俺が食べさせてやるか?」
「結構だ。」
早々にジオルクの膝から下りると、シーネラルはやけくそで食事をし始めた。