真鞠子の家族

5 ザンが魔女になった頃

 昇5歳。真鞠子3歳。瑠美絵が生まれてすぐの頃。それは突然やってきた。

「お母さん、あれ何かな?」

「うーん…?」

 瑠美絵におっぱいを含ませながら、ザンは後ろにいる昇へ返事をする為に振り返った。「!!」

 昇の頭より少し高い所に、箒に乗った推定年齢6歳の女の子が浮いていた。何処から入って来たのか分からない女の子は言った。

「あーっ、ほんとにザン様にそっくりですっ。…あ、初めまして、今日は。頼まれていた魔法使いセットが出来たので、届けに来ました。」

「出来たんだ!いやー、てっきり当の昔に忘れられていたんだと思っていたよ。お姉様の約束はいい加減そうだしさあ。結構調子いいとこあるよね。」

 ザンが妖怪のザンの悪口を言うと、女の子はむっとした顔で答える。

「時間がかかる物だってザン様に言われませんでしたか?作るのには色々儀式があるし、それは難しくて大変なんです!ザン様の悪口を言わないで下さいっ!ザン様は立派な方なんですよっ。ただの人間のくせに偉そうにっ。そっくりで仲良くさせて頂いてるからって、いい気にならないでっ。」

 女の子の剣幕に、ザンは目を丸くする。

「何もそんなに怒らなくても。わたしが悪かったよ。…有難う。手間をかけさせたこと、それに感謝しなかったことをお詫びします。ごめんなさい。」

 相手は小さな女の子と言えど、妖怪である。しかも魔法使い。何かされちゃ大変と、ザンは謝った。

「それでいいです。…えー、それでは、魔法使いセットについて説明します。これは見ての通り、箒ですが、勿論ただの箒ではありません。意識を持っています。箒に嫌われたら、2度と魔法を使えないと認識して下さい。嫌われない為には、乗って下さい。飛べない時は、触るだけでもいいですから、構って下さい。ただし、友達のように対等に接しないと、怒らせてしまいます。そして、これは魔法の杖です。ただの棒に見えますが、魔法を覚えていくと、あなたのイメージ通りの形に変化します。これは道具として扱って構いません。最後に、これは魔法の本です。…これについてはあなたに謝らなければなりません…。」

 少女は喋りつかれたのか、ふっと息をつく。そして続ける。「人間は沢山の言葉を使っているので、この本を作った人が間違えた言葉で書いてしまいました。確か…フランス語…だったと思います。あなたは天才だと聞いています。読めますね?」

「その言葉なら、大丈夫です。…本当なら妖魔界語のままがいいんだけど、さすがに難しいから…。」

「慣れてくればある程度違う言葉での呪文でも、魔法がかかるようになりますが、最初の頃は、この本の言葉のままに呪文を唱えて下さい。…あと…伝えることはないです。わたし達、魔法を研究する者は、沢山の実験体が欲しいんです。今の所、人間の魔法使いは3人しかいませんが、皆あまり上手く出来ていません。あなたには上手くいって欲しいです。」

「有難う御座います♪わたしなら絶対できます。だって天才ですから。」

 ザンは、魔女になれるんだという実感がふつふつと沸いてきて嬉しくなったので、ちょっとふざけて答えた。

「自信は大切です。頑張って下さい。」

 少女は微笑むと、飛びすさった。

 

 ザンは、割り切れない世界に憧れていた。魔法使いや幽霊や宇宙人。天才だけれど、はっきりと否定しきれない物を存在しないと言いきれるほど夢のない人間ではないつもりだ。妖怪のザンと出会ったのは、ドルダーと恋人になったばかりの頃。妖怪のザンが、人間界に住む妖怪から自分とそっくりの少女の存在を教えられ、会いに来たのだ。2人はすぐに仲良くなった。ザンは妖怪のザンをお姉様と呼んで慕った。妖怪のザンも年の差から娘の様にだったが、可愛がってくれた。

 魔法は聖魔界の魔界人しか使えないという常識に疑問を覚えた人達が、妖魔界にいた。その人達は、魔法は女性の方が力が強いという事に目をつけ、妖怪の女の子達と共に、どんな生き物でも使える魔法を研究した。結果、その女の子達は魔界人には及ばないとはいえ、魔法を使えるようになった。彼等は、次は人間も使えるかを調べたいと思っていた。人間界に住んでいる妖怪を通して、魔法を広めようとしている最中に、ザン達は出会ったのだ。ザンは、妖怪のザンがふと漏らした言葉を聞き、自分も魔法使いになりたいと申し出た。

 それから忘れられたと諦めるくらいの時間が流れ、今日やっと届いたのである…。

「のーぼちゃあん。今日からお母さんは、魔女になるんだよーん。」

「すごい、すごい。」

「さっきからそればかりだな、ザン。」

 タルートリーは呆れたように言った。

「だって、魔女だよ、魔女。この杖を一振りすると、あら不思議って奴なんだよっ。」

「それは手品だと思うが。」

「うるさいなー、そういう可愛くないことを言う奴には、何の恩恵もないからねっ。」

 ザンは腰に手を当てて、タルートリーを睨みつける。

「いや…。わたしは、お前がそんな女の子らしい可愛い喜び方をしているのを久しぶりに見たような気がするのだ…。いつも父上の言動についてお前には嫌な思いをさせておる。本当なら、お前はまだ自分の楽しみだけを追求している年であろうに…。」

「馬鹿だね、あんたは。あたしは好きであんたと結婚したよ。あんたのくそ親父との喧嘩ならご心配なく。殴れないのが辛いけど、あれはストレス解消だから。あんたが怒ってわたしをぶたなきゃもっと楽しいんだけどね。」

 タルートリーは、手を伸ばしてザンを抱き上げ、膝に座らせた。身長差が大きいので、傍から見ると親子に見えそうだ。

「わたしが特殊な性癖を持っているのは、お前にとっては負担か?」

「そりゃちょっとは嫌だけどさあ、面と向かってそう言われると…。大丈夫って言うとお尻をぶたれるのが好きみたいだし、負担って言うほど重荷じゃないし…。でも、あんたは遅坂と違っておちんちんがどうにかなる訳じゃないから、まあ、いいさ。千里ママは良く我慢してるよ。偉そうに説教垂れて人のお尻ぶったたきながら、自分は興奮してるなんてさ。あたし達を叩く時は違うみたいだけど。」

「お前の言葉には品がないのぉ。言ってることは否定せぬが。」

「あんたはわたしを叩いてる時、エッチな気分にならないんでしょ?だったらいいじゃん。あたしが悪い時はあんたにお尻をぶたれる。あんたがお仕置きとして叩くんなら、あたしは大人しく受けるよ。でも、あんたが遅坂みたいになるなら、あたしは、あんたを遠慮なくぶっ飛ばすからね。」

「有難う。」

 タルートリーは、ザンを抱きしめてキスをする。

 『ま、仕方ないかあ…。あんな風に言われちゃ、結婚してからもお尻を叩かれるなんてうんざりだ、なんて言えないじゃん。ほんとは嫌だけど…。ま、あたしだけが我慢しなきゃいけない訳じゃないし…、惚れた弱みってやつだあね。』

 ザンはこうして魔女になった。

 

 それから練習の毎日だった。子育ての手は抜けないが、家事の殆どはメイドさん達がやってくれるので、暇を見ては練習した。絶対の自信があるとはいえ、妖怪の少女の言葉通り、なかなか簡単には魔法がかかってくれなかった。勿論、ザンはそう簡単には諦めなかった。ミレーに虐待されても、決して昇を諦めなかったように、必ず上手くいくと信じていた。

 そんなある日。幼稚園から帰ってきた昇は、お母さんがボールペンを浮かせているのを見た。

「わっ、お母さん、すごい!浮いてるよ!!」

 魔女になったと言われたけど、お母さんが魔法を使っているのを一度も見たことがなかった昇は、大きな声を出した。とっても集中していたらしいお母さんは、その声に吃驚して、杖を落としてしまった。途端に浮いていたボールペンは、机の上を転がって床に落ちた。

「あー!!折角浮いたのにーっ!!」

「ご免なさいっ、お母さん。」

 昇はお尻をぶたれると思って、お尻を抑えて縮こまった。

「のぼちゃーん…。」

 お母さんが側に寄って来た。昇は怖くなって大きな声で謝った。

「ご免なさいっ、ご免なさいっ。」

 お母さんの手が伸びてきて、昇は恐怖で一杯になった。

 が。

「のぼちゃんったら、怯え過ぎ。こんなことくらいで、ぶつわけないでしょ。」

 昇は吃驚して、お母さんの顔を見た。お母さんは笑っていた。「そりゃあ、やっと魔法が成功したのに、のぼちゃんのせいで落ちちゃったけどさ。でもねえ、だからってそれでのぼちゃんをぶつほど、わたしは悪いお母さんじゃないわよ。」

「はい。」

 ザンはにっこり笑った。

「うふ。いいお返事ね。よーし、おやつを食べたら、また頑張って練習するかあ。」

「おやつ、おやつ。」

「そう、美味しいおやつが出来ているわよぉ。お母さんはおやつの用意するから、のぼちゃんは一人でお着替え頑張ってね。」

「はいっ。」

 昇は自分の部屋へかけていく。ザンは微笑みながら、おやつの準備を始めた。

 今日、やっとザンは本物の魔女になれた。自分が上手く出来るようになったら、皆に教えていくつもりのザンであった。

 

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