真鞠子の家族

3 真鞠子の両親2

 ミレーが怒鳴りながら、ザンのお尻を打っていた。昇は、母親が受けている仕打ちの音に泣いている。叩かれるはっきりした理由は知らない。ミレーは、ザンがザン以外には望まれぬ子を生んだの が気に入らないらしく、毎日理由もなく、鞭で打つ。

 暫く座るのが辛くなるまでお尻を打たれた後、やっと解放された。

「泣かないでね、今、おっぱいあげるから。」

 座れないので、立ったまま昇におっぱいを含ませる。退院して数日が経っていた。

 

「今日は、おしめを買ってきたぞ。」

 タルートリーが、両手に抱えられない程の紙おむつを買ってきた。

「俺は布おむつと決めているんだ。無駄だったな。」

 ザンは、にべもなく答える。

「今は紙おむつの方が蒸れなくていいそうだぞ。」

 懲りないタルートリーに、ザンの氷の一言。

「そうして、環境を破壊し続けるがいいさ。」

「捨ててしまえばもっと無駄だ。」

「あんたが子供を産ませた時に使えばいい。」

「まだ産んだばかりではないか。もう少し待ちなさい。」

「俺のじゃなくて、おめーのだよ。」

「わたしはこれを持って帰る気はない。」

 タルートリーはそれだけ言うと、持っていた紙おむつを置き、出て行く。ザンが帰ったのかと思っていると、またやって来て、紙おむつを置いていく。また出て行った。

「おい、まさか…。」

 ザンはタルートリーの車の大きさを考えて青くなった。「店のを丸ごと買い占めたんじゃないだろうな。」

 そこまではいかなかったが、ザンと帰ってきたミレーは、溢れかえるおむつを前に呆然となった。

 

「結婚すればいいじゃないの。とってもいい人よ。ちょっとずれている様な気もするけど…。」

 紙おむつに埋もれている様な気になりながらの食事の最中、ミレーが言った。

「ママの言うことは聞かないわ。あたしは、あいつと結婚する気ないの。」

「またお尻をぶたれたいの?わたしの命令に従いなさい。」

「ぶたれたって、ママの命令なんて聞かない。結婚して生活していくのはあたしなのよ。あいつとなんて真っ平ごめんよ。」

「タルートリー君と結婚して欲しいのは、わたしだけじゃないわ。あなたのお父さんもそう思っているのよ。」

「親父がどう思おうが、俺には関係ないな。あれは、遺伝子上の父親だ。俺に父親なんていないぜ。あんたが先にそう言ったじゃないか。」

「その言葉使い止めなさいっ。しかも親に向かってあんたってなあに?お尻から、血が流れてもぶつのを止めないからっ。」

「お尻から流れた血が固まっている…それでも、サディスティックな校長は、哀れな少年へさらに鞭を振るい続ける…。チャーチルだったかの少年時代の本にあったよなあ…。」

「あんたもそうしてやるわよ。」

「あたしが喧嘩して、人を傷つけたくなるのは、ママの血だね。」

「自分の残酷性を人のせいにしないで。自分が悪いのよ。」

 ミレーは言った。

 

 食事の後。膝に寝かされ、裸のお尻を平手でたっぷり叩かれた後に、物差しやしゃもじなどの道具が続く。それが済んだ後に、テーブルに手をつかされて、様々な鞭で打たれた。

 泣かないでいるのは無理な相談だったが、ごめんなさいは言わなかった。それが余計にミレーの怒りをかきたてたらしく、本当に酷くお尻を叩かれた。

 ザンは、痛む体を引きずって、昇の寝ている自分の寝室へ入った。久しぶりに、裸にされて、体中を鞭で打たれた。いくらお尻を叩かれても、ごめんなさいを言わなかったので、そうなってしまった。しかし、根負けしたのはミレーだった。これ以上打ったら死ぬかもしれないと思うまで打ったのに、ザンが謝らないからだ。

「のぼちゃん、お母さん勝ったよ。ママを一度も殴らないで、泣かせたよ。」

 ザンは、勝利の笑みを浮かべた。

 

 数週間後。体の鞭の後もすっかり消えたある日。ザンは、昇を抱っこしてあやしていた。いくらやっても泣き止んでくれない。おっぱいをやってげっぷさせたし、おむつも取り替えた。

「どうしちゃったの〜?のぼちゃん…。」

 困り果てているザンに、ミレーが冷たく言った。

「タルートリー君と結婚するか、その子を養子に出すって約束するなら、教えてあげるわよ。」

「あんたの言うことなんかぜってーきかねー。」

 ザンは、ミレーを睨んだ。ミレーもザンを睨み返し、二人が険悪なムードをたたえていると、タルートリーがやって来た。

「わが息子はどうして泣いておるのだ?」

「のぼちゃんは、俺だけの息子だと言ってるだろーがっ。」

 タルートリーはそれを無視し、ザンの腕から昇を抱き上げると、ベビーベッドへ寝かせた。

「ふむ…。」

「寝かせたって泣き止む訳ねーだろっ。」

 タルートリーは、昇の服を脱がせた。服に触れ、体に触れた。「何してんだよっ。」

「うるさいっ。静かに出来んのかっ。このまま泣かせておきたいのかっ。」

 珍しくタルートリーが怒鳴ったので、吃驚したザンは黙った。タルートリーはザンを睨んだ後、昇に向き直り、靴下も脱がせた。昇が泣き止んだ。

「服を着てるのが嫌だったの…?」

「違う。指が変な風になっていた。きちんと穿かせないからだ。」

「…でも、最初は泣いていなかったよ。」

「だんだん痛くなってきたのであろう。痺れていたのやも知れぬ。」

 タルートリーは、今度は靴下をきちんと穿かせてやった。服も着せて、昇を少しあやしてから、また寝かせた。そして、ザンの方を振り返った。「さて、では…。」

 タルートリーの表情に、ザンはぎくっとすると慌てて逃げ出した。しかし、ミレーがタルートリーに協力したので、あっという間につかまってしまった。思いきり暴れたが、膝の上へうつぶせに寝かされた。

「止めてよっ。なんであんたに叩かれなきゃなんないんだよっ。」

「わたしの息子を苦しめた罰だ。」

「のぼはわたしだけの息子だもんっ。」

「昇が苦しんでいても、助けられない程度の母親ではないか。」

 ザンはぐっと詰まった。何も言えないでいる彼女に、タルートリーは勝ち誇った笑みを浮かべ、スカートを捲り上げると、お尻を叩き出す。

 ぱんっ、ぱんっ。ザンが、ミレーから鞭を受けているのを知っているので、手加減して叩く。

「いたっ。…あんたに助けてもらったなんて思わないからねっ。」

「わたしが助けたのはお前ではないから、感謝してもらいたいとは思わぬ。」

「痛いっ。いたあっ。…あんたも随分嫌味な人間になったよね…。あうっ。」

「お前に鍛えられたからのう。」

 タルートリーはしれっとしている。ぱんっ、ぱんっ…。

 

「たっぷりお仕置きしてもらって良かったじゃない。」

 ミレーは楽しそうに言う。ザンは、ミレーを無視して、昇を抱いていた。お尻が痛い。そんなに強く叩かれた訳ではないのに…。母から受けている鞭のせいだろうか?ザンは、無理に昇へ微笑みかけた…。

 

「今日は、結婚式場が書かれた物を持ってきたぞ。」

「パンフレットに代わる日本語を辞書で調べれば?」

 ザンは気のなさそうに答える。

「ここは素晴らしいと思うぞ。お前は、西洋的な場所がいいであろう?」

「わたしはね、暴力を振るうような男と結婚する気ないから。」

「わたしと言えるなんて意外だのう。男言葉しか話せぬと思っておったぞ。」

 タルートリーは大袈裟に驚いた後、顔をしかめた。「わたしがいつ暴力を振るったのだ。」

「昨日、散々わたしのお尻を叩いたじゃないか。」

 タルートリーの皮肉などものともせず、ザンは言い返す。

「大分手加減したのだぞ。お前が鞭を毎日受けていると聞いていたから。暴力なら、そんな気遣いはない筈。それにだ、折檻したのは、お前がわが息子を苦しめたからではないか。」

「わたしがあんたの息子の面倒を見てるお手伝いさんの様に言うな。」

 ザンは、タルートリーを睨みつける。「のぼはわたしだけの息子だと言ってるでしょっ。」

 タルートリーは、ザンの体を抱き寄せる。彼女は暴れたが、彼は構わず膝に座らせた。そして、強く抱き締めた。

「いい加減、素直になりなさい。お前はわたしを愛しておる。本当にわたしなど少しも思っておらぬなら、お前は、わたしの好きになどさせはしまい。言葉が大人しくなったのも、心を許してきた証だ。」

「……。…だって、お尻をぶつんだもん、あんた。それさえなきゃ、結婚してやったっていいと思ってる。」

 タルートリーは微笑んだ。

「尻を叩かれたくないのなら、良い子にしなさい。」

「あんたが厳しいんだよ。何かっていうとすぐ叩くじゃん。」

「わたしは、手伝いの松橋や、執事の田中に厳しく育てられた。躾は厳しい方がいい。」

「わたし、そういうの嫌いだな。なんで親が育てないかね。」

「わたしも寂しかった。松橋も田中も優しかったが、親にはかなわない。お前と家庭を作る時は、子供達に寂しい思いをさせぬ様にしたいと思っておる。」

 タルートリーは、ザンを抱き締めてキスをした。

 

「えーっ!?それって絶対変だよ。あんた、変態だ。」

 2年後。病院のベッドの上で、ザンは喚く。

「わたしは、幼い頃から決めておったのだ。娘が出来たら、松橋の名前をつけようと。わたしにとって彼女が母だからの。」

「それが変態だって言ったんだよ。やだぁっ。気持ち悪ーい。」

「そうよねっ。トリーのお母さんはわたしなのよ。千里って名前なら、分かるけど。」

「息子の面倒をろくに見なかった女が、よく偉そうに吠えられるもんだ。」

「ザ・ザンちゃんっ、酷いじゃないのっ。いつも千里ママって懐いてくれていたのは、嘘だったの?」

「それとこれは別じゃあ。…それよりわたしは嫌だからね。」

 ザンは隣で笑っている娘を見た。タルートリーとの最初の子供であり、ザンにとっては、二人目のわが子だ。愛する娘に、会ったこともない育ての母の名前などつけてもらいたくない。

「わたしは松橋を純粋に母と思っておるのだ。」

 タルートリーは五月蝿い千里を黙らせようと無駄な努力をしながら言った。「松橋は、わたしを本当に愛してくれた。感謝している。」

「この子は、その人とは違うんだよ?変な思いで育てられたくない。」

「貰うのは名前だけだ。わたしは、わが子におかしな期待や変な負担をかけるつもりはない。」

 ザンは顔をしかめ、暫く黙っていたが、仕方なさそうに微笑んだ。

「分かったよ。あんたの気持ちの強さがそれ程なら、この子は…。」

 ザンは、愛しそうにわが子を見た。「“真鞠子”ちゃんにするよ。」

 

 タルートリーは、暖かい家庭を手に入れた。ザンの沢山の子供が欲しいと思う望みは、これから産まれる子供達が叶えてくれる…。二人はとても幸せなのだった。

 

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