壊れたラルスが生きている世界

23話

「で、えおは結局人間界へ行ったの?」
「行ってないわ。」
 ザンの答えにラルスは武夫を眺めた。霊気は青く、妖気は赤い。父へ会いたいモードなら、どちらもどす黒くなっているのに、本来の色を取り戻している。
「そうは思えないんだけど……。」
「トゥーリナがさ、いい情報をもたらしてくれたのよ。」
 そう。彼が言っていたネタ。それが武夫を落ち着かせたのだ。
「何、何、どんなの?」
「妖怪には分かりにくいかもしれないけどさ、中学校の担任の先生がね、タルートリーを説得してくれそうなのよ。」
「中学校……ああ、人間は色んな学校に行くんだよね。」
「妖魔界は一つしかないわけ?」
 ザンが不思議そうに訊いた。武夫も少し興味を抱いたようにこちらを見ている。
「ううん。中学校もあるけど、それって専門職に就きたい人が行くところだから。それに、小学校自体が、貴族や裕福な家の子しか行かないところなんだ。」
「へーっ。中学校が専門学校みたいなもんかな。ならさ、普通の家の子は勉強しないの?」
「普通の家の子は教会で勉強するの。だから、中学校の神父コースは、教師コースもセットになってるの。あと、村で神父になるためには、医学コースも必要だよ。それと、町の神父として数年修行しないと駄目なんだ。村の方が役割が多くて、新米神父にはつとまらないから。」
 神父に育てられたラルスは自分の知識を披露した。
「ええーっ。なんか凄く大変そうだね。妖魔界の神父って。神様が実在してるから、楽なもんかと思ったのに。」
 ザンが驚く。「ま、話を戻すとさ、武夫ちゃんってばさ、最近、全然学校へ行っていなかったのよね。前までは、タルートリーに会わせなくても、学校には顔を出させていたんだけど、最近は忘れててね。だから、武夫ちゃんが虐待されているって知っている先生が何事かって心配してくれているのよ。」
「それなら心配するねー。学校に来られない状況になってるかもって思ったり。」
 ラルスが頷く。
「そうそう。そこには武夫ちゃんの彼女の明輝子も通ってるんだけど、彼女には会いに行っていたから、彼女は武夫ちゃんが無事だって知ってるわけ。でもさ、なら何故学校に来ないんだって心配してくれて……。」
「いい先生だねー。大勢の生徒の一人だろうに。」
「で、先生がルトーちゃんに会って、奴を説得してくれれば、前に言ってた悪魔が離れるいいきっかけになるのよ。」
「ふんふん。」
「でも、武夫ちゃんが会いに行って、そこにいたら、先生はルトーちゃんを説得しないと思うのよ。明日は出て来いよーで済んじゃうから。そうすると……。」
「ダーク・デーモンは去る機会を失うってわけだね。」
 ラルスは武夫の頭を撫でた。「そうやってトゥーリナに説得されたから、君の気は綺麗になったんだね。」
「ちょうよ。えお、我慢るるの。」
「へーえ。上手く行くといいね。」
「りゅ!」
 武夫はにっこり微笑んだ。
「そういえばさあ、僕はえおに訊きたいことがあったんだ。」
「らに?」
「君が見せてくれた僕の記憶の中に、僕の顔が見えるものがあったんだ。でもさ、鏡でも見ていない限りは、自分の顔なんて見られないよね? だから、僕はそれがどうしてなのか、とても知りたかったんだ。」
 武夫が微笑んだ。それはとても黒かった。ラルスはもしやと思い、言葉を続けようとした。
 が。
「いつまで喋っているつもりですか? 患者は目覚めたばかりで体力もないんですと、言っておいた筈でしょう? 帰った、帰った。」
 看護士がザン達を追い立てていく。
「僕はまだ大丈夫です。それに今いいところで……。」
 看護士が振り返ってラルスを睨みつけた。
「何を言っているんですか? 貴方は3日も意識がなかったうえに、今日の朝に目覚めたばかりなんですよ。鍛えていて自信があるかもしれませんが、貴方は重体患者なんです。」
 看護士の剣幕に恐れをなしたラルスは、青ざめながら微笑む。
「わ・分かりました……。いい子にしまーす。」
「分かればよろしい。」
 ザン、ペテル、武夫がぞろぞろと出て行く。シーネラルが立ち止まって振り返ったが、
「……。」
 何も言わずに出て行った。
 『何なの?』
 肩透かしを食らった気がして、ラルスは首をかしげた。
 『治ったら、言う。』
 シーネラルの声が頭の中に響いた。
「!?」
 『治ったら第一者に忠告する。』
 武夫の力でも借りたのだろう、テレパシーで彼は伝えてきた。続きを聞こうと耳を澄ましてみたが、もう何も聞こえなかった。
 『色々やっちゃってるから、トゥーリナも僕の存在が鬱陶しくなっているかもしれないね。シーネラルさんの忠告を受け入れるかも……。』



08年10月9日
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