壊れたラルスが生きている世界

2話

 武器屋で元のと似た形ではあるが、より性能のいい剣を買った後、ラルスは城下町の片づけを始めた。動物が遺体を食べ散らかしていたので、兎である自分の食べられる種族だけ集めることにして、あとはそのまま放置した。突然のご馳走の出現に動物たちは喜んでいるようだった。
「おなか一杯食べて、太るんだよー。後で僕が食べてあげるからね。」
 ラルスが手を振ると、言葉が分かるらしい数匹は変な顔になった。
 数日間は、城内のも含めて、遺体の片付けと解体作業と保存食作りに費やした。次は城下町の家と城の中の部屋から、お宝探し。宝物庫の中で自分がいいと思えない物は捨てて、集めたお宝の中からいいと思う物を宝物庫に飾った。
「うーん、だいぶ良くなったかな。よし、じゃお父さんの剣を持ってこよ。」
 宝物庫の中央に壊れた剣を飾った。剣が一番のお宝に見えるように苦心しながら、ラルスはいつものように微笑んでいた。


 どれだけの時間が流れたのだろう。この国が滅んだと知った盗賊たちが宝目当てにやってきたが、全て返り討ちにしてやった。そうしたら、あの国に行った者は誰一人帰ってこないと噂が立ってしまったらしく、今では誰も来なくなった。
「ん…、暇。」
 あふ。欠伸が出た。国がなくなった当初は、色々と忙しかった。散らばっている遺体を片付け、宝物庫を飾り立て、盗賊たちを駆逐する。でも今は、暇だ。3食作って、訓練するだけ。大金持ちになったのはいいが、壊れてしまった今は、性欲も殆どないうえに、妖魔界には遊ぶ施設もあまりないとなると使い道もないのであった。酒は、あれば飲むがなくても困らない。壊れたラルスにある欲望は、たまに襲ってくる殺人の衝動だけなのだ。
 今のラルスは、遊び方を知らない者にお金を持たせたらどうなるかのいい見本である。
 神父やシースヴァスにそれなりに厳しく育てられたせいか、だらだらするのもあわない。朝は早く目覚めるし、夜は暗いうちに寝てしまう。
 本当に今のラルスは暇だった。
「うーっ、暇暇暇あっ。」
 子供のように仰向けで暴れてみた。もちろん反応するものなんていない。「もう、王様なんか辞めちゃおうかな。ぐす。」
 知らないうちに涙が出てきた。人恋しくなってきたようだ。暫く、うずくまったまま泣いていた。


「そういえば……。」
 泣きすぎて頭が重い。でも……。「そういえば、僕は本当のお父さんに会う為に旅をしていたんじゃなかったっけ。」
 そうだった。いや、その目的を持っていたのは正確にはシースヴァス。自分は神父の子供たちの兄になりたかった。しかし今となっては、壊れた自分が子供と過ごせないのはなんとなく分かる。だから。シースヴァスの望みを叶えてもいいのではないだろうか。
「確か、まだ生きてるんだったよね。」
 生活物資を調達するのに、たまには町へ出る。その時、第一者はトゥーリナになった話を聞いたが、ギンライが死んだ話は聞いていない。だから、彼は生きているはずだ。それと、もう一つ。「トゥーリナって僕の弟だって聞いた気もするなあ……。」
 新しい第一者トゥーリナは、ギンライの息子だった。息子が父親を倒したと町が騒がしかったのをなんとなく覚えている。
「よーし、会いに行こう。」
 元気が出たラルスは、立ち上がった。王冠を放り投げると、旅支度をするために、元気よく歩き出した。


 第一者のお城。門番が二人、ラルスを気味悪そうな目で見ていた。
「今日はー。」
 にこにこ微笑むラルス。
「何の用でしょう?」
「僕、第一者様へ会いに来たんだけど……。」
 ラルスは鞄の中を手を入れた。「んとー、あれ? すぐ出せる所に入れた筈なのになあ……。……あ、あった。」
「それは……。」
「分からないかなあ。」
 ラルスが小首を傾げると、隣の門番が声を上げる。
「ギンライ様の布。……ではあなたは、ギンライ様のご子息ですか?」
「そうでぇーすっ。」
 ラルスはにっこりと笑って見せた。


 トゥーリナへ連絡を入れるから、彼の仕事部屋へ真っ直ぐ向かってくれと言われ、ラルスはお城の中を歩いていた。
「お父さんが言ってたけど……。このお城って、タルートリーが建てたお城なんだよね……。なんで本当のお父さんもトゥーリナも新しいお城を作らなかったんだろう?」
 城は美しいながらも実用的に作られており、傷んだ部分を補修すれば、何千年だって住める。しかし……。「自分の城を持ちたいもんだと思うけどなあ。男ってさ。」
 それが城とは呼べないような小さな家でも。
 そんなことを考えながら歩くラルスの前に、人間の男の子が現れた。
「う……。ちらないにといる(訳=知らない人が居る)。」
「この子……人間なのに妖怪の匂いがする。えーなんでー。……あっ、そっか。先祖に妖怪がいるんだ。」
「えお、よーかい、れない(訳=妖怪じゃない)。」
「うん。君自身は妖怪じゃないね。親も違う感じ。もっと前に妖怪と子供を作った人がいるみたいだね。」
「ね、のまえ、にと、らべる(訳=お前は人を食べるの)?」
 ラルスは目を丸くする。
「食べるけど……。何でそんなことを訊くの?」
 ラルスの言葉に、男の子は嬉しそうな顔になった。
「えお、らべてっ(訳=僕を食べてっ)。」
「いいの?」
 ラルスの手が伸びる。しかし、男の子へ触れる前に、蝶々に邪魔をされた。
「もーっ、えおはどうしてすぐにそういうことをするの! 駄目でしょ。」
「らってー。えおはもうちぬの。ちあわせなるの(訳=だってー。僕はもう死ぬの。そして幸せになるの)。」
「死んでも幸せなんてならないでしょ。変なこと言わないで。」
「……。」
 ラルスは二人を見ていた。現れた妖怪は、水色の髪に浅黒い肌、美しいアゲハの羽を持つ蝶だった。痩せ気味の人間の男の子は知的障碍があるようだ。この奇妙な組み合わせはなんだろう。ラルスは小首をかしげた。
「うーっ、りゃまっ(訳=邪魔)!!」
 男の子が叫ぶと、蝶が透明な玉のようなものに閉じ込められた。それは人間が見たら、巨大なシャボン玉だと思うような代物だった。
「えっ、えっ。何これ? ちょっと、えおー?」
 蝶は叫んでいるが男の子は意に介さず、ラルスの前に立った。
「えお、た・べ・て。」
 男の子が初めて分かりやすい日本語を喋った。
「……うん。」
 男の子の不思議な力に驚いていたラルスは生返事をした。



08年9月10日
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