片倉家1

5 漫画

 お小遣いで買った漫画を読み終わり、わたしはホッと息をついた。お金持ちの養女になったとはいえ、お小遣いなんてものがあるとは限らないわけで……。だから不安に思っていたが、ちゃんと常識的な額を貰えている。
 貰えるなら、漫画に出てくるような、数十万から数百万などのとんでもない額……はさすがに有り得ないだろうけど、今までのお年玉くらいの2万円くらいなら……と図々しい期待をしてしまったが、実際に貰ったのは、平均的中学生のお小遣いレベルの数千円だった。なので、贅沢は出来ない。
 お小遣いは毎月貰えるのだが、何か買う度に、お父様への報告義務がある。家庭によっては買った物によっては叱られて、貰ったお金で何買ったっていいだろうと怒る人の話も聞くが、わたしも似たようなものだ。いや、怒ってはいないが……。
 具体的には、漫画とラノベを買うとお尻を叩かれる。ラノベのように軽く読める赤川次郎のユーモアミステリーは叩かれない。コバルト文庫のような少女向け小説も叩かれない。ミステリーは大人も読むから良くて、少女小説は、そもそも中高生向けに書かれてるから読んでいい。漫画とラノベは違うから駄目だそうだ。判断基準があいまいに感じなくもないが、理由を聞くとそれなりには納得出来るのが狡く感じてしまう。
 ちなみに買った時に叩かれるだけでなく、読んでいる時に、運悪くお父様が部屋に入ってきたなんて時も叩かれる。ただ、叩かれるだけで、捨てられたりはしない。だから、買う度に叩かれる痛みさえ我慢できればシリーズ物も買えるし、本棚に並べておいてもいいし、いつでも読めるのだ。
「酷い矛盾を感じるんだよねぇ……。」
 読み終わった漫画を眺めながら、そんな事を呟く。独り言は効いていて気持ちの良い物ではないから直しなさいと、両親からだけでなく、実子の兄と姉にまで言われるのだが、どうしても直せない。意識しなくても出てしまうのだ。
 それはともかく。
「お父様に訊いてみようかな。」
 立ち上がり、漫画を本棚にしまう。部屋を出る前に、わたしは念の為、お尻を触ってみた。お父様の決めた事に逆らったと思われてしまったら100叩きなので、お尻の無事を確かめておくのだ。「大丈夫……。」
 3日前に50回ほど叩かれたお尻はもう痛くなかった。ちなみに今読んだ漫画を買った時のお尻叩きではない。それは1冊だと30回程だ。ただ1冊30回ではないので、2・3冊ほど買っても40回くらいだ。お小遣いが尽きるので5冊以上買った事はない。


 お父様の部屋の前に立つ。3日前にも叩いたばかりなのにと言われて、100叩きに追加されたりしそうだ……と少し迷ったが、現時点では叩かれる事が決まっているわけではない。
 勇気を出してノックした。誰だとの声に、
「ひろみです。」
 と答えた。お父様の返事を貰ってから部屋に入る。こういう儀式があるのがお金持ちっぽいと思う。まあ、普通の家庭なら、子供部屋はあっても、親の部屋は無い方が多そうだが。
 お父様が立ち上がって、ソファまで歩いてきて、座る。わたしもソファに座ろうとしたら……。何故か、お父様の膝に乗せられた。
「え……? いや、何でですか?」
「ひろみの事だから、また悪さの報告であろう。」
 スカートの上からべしべし叩かれ始めた。痛みは感じるが、普段のお仕置き程ではない。沢山叩かれれば、数発強く叩かれた時のようにヒリヒリしてくる程だろう。
「まだそうとは決まってないです。」
「何だ、それは。」
 お父様が叩くのを止めてくれない。
「とりあえず下ろして欲しいんですけど……。」
「駄目だ。」
 びしゃっと強めに叩かれた。「このまま言いなさい。」
 酷い扱いだと思うが、娘になってから、1週間に1度は叩かれる娘を信用しないのも当然とも言えるので、強く反論が出来ない。仕方ないので、軽く叩かれながら言う事にした。
「お父様は、わたしが漫画やラノベを買った時と、読んでるのを見た時は、お仕置きしてきます。」
「……そうだの。」
 悪い事ではないと分かったので、やっと叩くのを止めてくれた。だが、膝から降ろしてくれる気はなさそうだ。まだ悪い事とは決まってないと言ってしまった所為だろう。
「でも、買ったら駄目とは言わないし、買ってきた物を捨てたりはしません。」
「……取り上げて捨てれば、ひろみは満足なのか?」
 膝の上のままなので表情が分からないが、どうもお父様は困惑しているようだ。
「いえ、そうではなくて……。買うのも禁止しないし、お父様の目の届かない所で読むのも禁止しないのに、何で、叩かれるのかなって……。」
「成程。……ふーむ。ひろみは陽明の部屋へ入った事はあるかの?」
「え? えーと、はい。あります……けど。」
 お父様が関係ない事を言い出したので、わたしは戸惑った。
「陽明の部屋にも、漫画があるのは知らぬのか。」
 ……関係があった。
「あー、ありましたね。青年漫画なので、難しくてあんまり面白くなかったですけど……。」
 わたしは息をつく。お父様に叩かれないで漫画を読めるかと嬉しく思ったのに、ガッカリしたのを思い出した。「ラノベは駄目だけど、大人も読めるユーモアミステリはいいみたいな話ですか? 青年漫画は大人も読めるから……。」
「違う。わたしは基本、漫画は否定派だ。」
「えー……。」
「勿論、絵と文字で分かりやすいので、子供向け歴史漫画や企業の説明漫画などの存在もある事は知っているし、それまでは否定しない。」
「はあ……。」
「話がそれてしまった。……陽明が漫画を買っても、わたしは尻を叩かないし、読んでいる所を見ても、叩かない。何故、お前と違うか分かるか?」
「えっと……。実の子と養女のちが……いった!!」
 力一杯叩かれてしまった。しかも、1発ではなく、何回も飛んでくる。
「それは本気で言っておるのか!?」
 普段は、怒らせてしまっても怒鳴ったりしないお父様なのに、語気がかなり強い。本気なのはお父様のようだ。「お前はわたしをそんな人間だと思っておるのか?」
「痛い、痛い、痛い……。言っちゃ駄目な類の冗談でしたぁっ。ご免なさいっ。」
 70回は叩かれたのではないだろうか。軽口が過ぎた。
「言っていい事といけない事の分別くらい、つく歳であろうが。もう中学生だろう。」
「はい……。ぐすっ。」
 信頼関係があるからこそ言える軽口と思ったのだが、駄目だったようだ。
「それで、陽明とお前の違いは?」
 男と女と答えたかったが、今言ったら駄目そうだ。というか、かなりお尻が痛いのに、まだボケようとしている自分に驚く。
「えっと、お兄様は勉強が出来て、わたしは出来ないです。」
「そうだ。やる事をやっている人間に、わたしは自分の考えを押し付けない。気軽に漫画やラノベなどという物を読みたいのであれば、まともな成績を取りなさい。」
「はい……。」
 つまりは「そんなものを読んでる暇があるなら、勉強しろ。娯楽は本分をこなした後に得られるものだ」という意味で叩かれていたわけだ。だから、しっかり勉強をして結果を残しているお兄様はお仕置きされず、宿題くらいで勉強しないわたしはお仕置きされる。そして、だから、買ったり読んだりすると叩かれるのに、所持そのものは許されているのだ。
 すっきりした所で、やっと膝から降ろされた。ただ、それで終わりではなく、もう考えなしに軽口をきかないようにと、こんこんとお説教されてしまうのだった……。しかも、疑問も解決したので、途中だったお尻叩きの続きもすると言われてお説教の後、膝の上に戻された。数は合わせて100になる30回ではなく、50回だった。
 何故かというと、3日前に叩かれたばかりなのにという、まさにこの部屋に入る前に考えていた事を言われたからである……。結果、わたしはまた泣かされてしまった。
 部屋に戻ってお尻を見たら、あちこちに痣が出来ていた。かなり強く叩かれたので当然だろう。暫く座る度に泣きを見る羽目になりそうだ。



20年2月20日
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