小説版 師匠と弟子

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  7 帰省への挑戦  

 2日後、エイラルソスが無事に依頼を完了させたので、クロートゥルはやっと新しい魔法を教えて貰えることになった。
 呪文を間違えるとお尻に、杖の振り方が悪いと手の甲に師匠の手が飛んでくる。正直、叩かれなくても覚えられるし、むしろ叩かれるのが怖くて言い間違えたりするとクロートゥルは思っている。だが、以前そう言ったらやはり、往復びんたを6発と200回程のお尻叩きできつくお仕置きされてしまった。教えて貰う側の言うことでは無いらしい……。
 そんな不満があるとはいえ、新しい魔法を覚えられる嬉しさの方が勝っているので、我慢出来るのだった。
 新しい魔法を使えるようになった後、エイラルソスはクロートゥルの復習を習慣づける為にも、依頼の受け付けを再開すると宣言した。
「わたしが依頼をこなしている間、クロートゥルは復習をしろ。」
「えー。」
「魔力を上げて、箒での浮遊の飛距離を伸ばして欲しいんだ。自力で家に帰れるようになったら、お前に小遣いをやるぞ。そろそろ新しいエロ本が欲しいだろう?」
 エイラルソスがニヤニヤ笑っている。
「ほ・欲しいですけども……。お小遣いって。師匠って、俺のこと、とことん子供扱いしますよね……。」
「子供を子供扱いして何の問題がある。」
「酷いなぁ。」
 クロートゥルは、ほっぺたを膨らませた。
「そういう所が子供だと言うんだ。女ならともかく、大の男は普通、そういうことはしない。」
 膨らませた頬を軽く叩かれた。
「確かに……。つーか、俺、何で師匠の前だと、精神年齢が落ちるかな……。」
 クロートゥルは、首をかしげた。自分でも不思議でしょうがないのだ。
「……ともかく、そういうことだから、復習もしっかり励むように。」
「はーい。」
 クロートゥルは、諦めて返事をした。「あの師匠。質問があります。MP切れた時は、師匠の魔法を見学しても良いですか?」
「良いぞ。ただ、地下室へ入ってくる時は、わたしに声をかけてからだ。」
「分かりました。……そうそう。魔法薬を作ったり、魔方陣を描いたりもしてみたいんですよねー。」
「それはもう少し先だ。……あー、でも、魔方陣そのものを描く練習はした方が良いか。よし、ついでだから今、教えてやろう。」
 エイラルソスが引き出しから紙を取り出した。「魔方陣は綺麗に描けないと、効果が出ない。まずは真円を描けるようになれ。」
 クロートゥルは手を叩かれながら、描く練習をすることになった。余計なことを言ってしまった気もしつつ、魔方陣を格好良く使ってみたいので、我慢することにした。暫く後、やっと綺麗に描けるようになったので、解放された。手の甲と掌が痛いが、クロートゥルは、大分満足していた。


 箒での浮遊を教えられてから、2ヶ月程経った。新しい魔法の習得や依頼の合間の復習によりレベルが上がり、MPも大分増え、クロートゥルは、長い間飛べるようになっていた。
「見込み通り、もう自力で帰省出来るだけのMPがあるな。それだけの数値なら、多少迷っても、余裕があるだろう。」
「ってことは……。」
「ああ。一人で実家に帰ってみろ。ほら、言った通り、小遣いもやる。」
 エイラルソスがお金を差し出してきたので、クロートゥルは有り難く受け取って、財布に入れた。エロ本が2冊くらい買えそうな額だ。今まで頑張ってきた給料と考えたら安過ぎるが、お小遣いとしては妥当な気がした。
 それはともかく。
「有り難う御座います、はい……。」
「その反応は何だ。どうした? 不安か?」
 エイラルソスが顔を覗き込んできた。
「す・少し……。」
 クロートゥルは俯く。「あの、もう一回師匠の後ろに乗せて貰って、行き帰りして、それからじゃ駄目ですか?」
「うーん。それでもいいが、本当は地図だけで、町に辿り着けるようになって欲しいんだ。教えられてるだけだと、永遠に一人で旅行が出来ない。」
 エイラルソスが困った顔になっている。
「……分かりました。覚悟を決めます。」
「おっ、そうか?」
「俺だって男です。冒険とか、ちょっとは憧れるし……。って言ってたら、何かワクワクしてきた。よし、頑張るぞー!」
 テンションが上がってきたクロートゥルは、拳を高く振り上げた。
「その意気だ。よし、じゃあ、これも持っていくんだ。」
 嬉しそうなエイラルソスに、膨らんだリュックを渡された。
 中を見ると、お弁当と前に買って貰った地図とコンパス、そして3色の呪文書が数枚ずつ入っていた。
「この呪文書は何ですか?」
「赤が攻撃魔法、白が回復魔法、緑が補助魔法だが、そこに入ってるのは毒消しだ。お前の村がある大陸には毒を持ったモンスターが出るので、念の為に入れておいた。」
「な・成る程……。」
「クロートゥルのHPなら、回復魔法の呪文書を使うよりも薬草+1の方が早いんだが……。魔法使いの弟子として呪文書の使い方を知って欲しいので、これにした。」
 エイラルソスが白い呪文書を手にしながら言った。
「分かりました。で、その使い方は……。」
「うむ。」
 返事と共にエイラルソスが手に持っている白い呪文書を開いたので、クロートゥルは、師匠の手元を覗き込んだ。
「ん? これを読め?」
 呪文書の一番上にそう書いてあった。その文字の下に、呪文らしき言葉が書いてある。
「お前も知っての通り、呪文書は魔力やMPが無くても、文字さえ読めれば誰でも呪文が使える代物だ。1回使うと無くなる。」
「はい。それは知ってます。」
 クロートゥルは、こくこくと頷いた。
「書かれている魔法の効果を発動させる為には、呪文が必要だ。」
 そこまで言われて、やっと分かった。
「……あ、そっか。その下に書いてある文字を読むと、魔法が発動するんですね。」
「そういうことだ。ちなみに、積極的にモンスターと戦って欲しくて入れたわけではないから、勘違いしないように。」
「え? じゃあ、どうして入れたんですか?」
 クロートゥルは首をかしげた。「モンスターと戦わなきゃいけないのかと思って、とっても怖かったんですけど……。」
「念の為だ。お前の村がある大陸には空を飛べるモンスターはいないが、だからと言って、何も備えずに行くのは愚か者のすることだ。それに、空中浮遊は万能なわけではない。下から物などを投げられる可能性もあるし、迷ってMPが尽きるかもしれない。……ということで、用心しておくに越したことはない。」
「はい。戦わなくていいのか。良かった……。」
 クロートゥルは胸をなで下ろした。それを見たエイラルソスが、苦笑しながら言う。
「いずれ戦闘が出来るように教えていくが、まだ攻撃と回復魔法も教えていないうちから、モンスターと戦えとは言わない。」
「いつかは戦うのか……。なるべく先が良いな。」 
「情けない。……まあいい。さて、そろそろ、行くぞ。ほら、わたしの腕に掴まれ。」
 エイラルソスが、まるで腕組みを促すかのように、腕を差し出してきた。
「へ? 俺一人で行かないといけないのでは。」
「お前一人では、この島から出る前にモンスターに殺される。なので、お前の村がある大陸まで瞬間移動で行く。そこから村までは、お前一人で行くんだ。分かったら、わたしの腕に掴まれ。」
「……あの、思ったんですけど、師匠の後ろに乗せて貰って箒で島を出たり入ったりって何回かしてますけど、モンスターが襲いかかってきたことなんて無いですよね? 実は大人しいとか……。」
 クロートゥルの言葉に、エイラルソスが溜め息をついた。「ご・ご免なさい。行きたくないわけじゃないんですけど、気になっちゃって……。」
「まあ、好奇心旺盛なのは良いことだ。いいだろう。説明してやる。」
 エイラルソスが苦笑いの表情になった。「例え話をしよう。もし、お前が、とても凶悪そうなモンスターがいる場所を通って、ある場所に行かなければいけないとなったら、どうする?」
「えっ。……うーん、モンスターに見つからないように、そーっと進みますかね。見つかったら死ぬし……。」
「そういうことだ。」
「へ?」
 クロートゥルは、ポカンと口を開けた。
「……クロートゥル、わたしの職業とレベルは?」
「上級魔法使いのレベル255ですが……。あっ。」
「やっと、分かったか。」
「そっか。この島のモンスターがいくら強いとは言え、師匠のレベルからしたら格下なのか。成る程……。分かりました。有り難う御座います。」
 クロートゥルはエイラルソスの腕を掴んだ。一瞬だけ眩暈がしたが、すぐ収まった。「おおー、あの時と違う。前の時は、超・気持ち悪かったのに。」
「魔力が上がったから、耐性がついたんだ。」
「こんなに違うもんなんだなー。」
 感動しながら、クロートゥルは目の前に広がる草原を眺めた。エイラルソスはそんなクロートゥルを尻目に、クロートゥルの背負っているリュックから地図を取り出した。クロートゥルは、彼に肩を叩かれた。
「ほら、感動してないで、こっちを見ろ。」
 クロートゥルが彼を見ると、地図に指を指していた。「今、ここに居る。お前の村へ行く為には、どう行けばいいか分かるか?」
「俺の村は下の方にあるから、南ですよね? コンパスは北を指すから、反対に行けばいいんだ。」
「正解だ。」
 エイラルソスに頭を撫でられたクロートゥルは、リュックからコンパスを取り出した。方角を確認すると、落としてしまわないように、腰にぶら下げてある小物入れに入れた。箒にまたがり、浮き上がる。
「では、行ってきまーす。」
 クロートゥルは、エイラルソスへ手を振った。エイラルソスが手を振りかえしてくれるのを確認してから、南方向に飛び始めた。



16年5月25日
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