そう。その笑顔は、ずっと俺たちのそばにあるものだと思っていた。
いつものように、いたずらっぽく笑い、ちょっとからかうと怒り、難題もちかけると困り。
その表情は、いつ見ても飽きなかった。
赤レンガ埠頭で、俺たちが駆けつけた時、正直・・・・・・・・・・・・・・・。
だめだ。
と、直感した。
最期まで、笑顔を絶やさず、俺たちに、
「一緒に、行こう」
と、気を使ってくれた。
竜は、あの時、お前の亡骸を連れて帰ろうとしたんだぞ。
でも、あの後の事を考えると、それは出来なかった。
それから、もう8年経ってた。
手元には、お前が遺したコインだけ。いつもお守りにして、頑張って来た。
すっかり、海外の暮らしにも慣れた。
そんな時、修から手紙が届いた。
奴は探偵には向いてなかったけど、経営者には向いてたみたいだ。
俺たちに横浜に戻ってこないか、と。
探偵社を立ち上げたんで、その社長と副社長の座をあけて待っていると。
でも、俺たちは海外に逃亡した身だ・・・と思っていたら、電話が鳴った。
修からだった。
菊島が、捨て身で俺たちの事件を処理してくれたと。
悪く言うと、どこかと取引をして、もみ消した、ということだった。
「二人が戻って来たら、ちょっと会わせたい人がいるんだ」
妙に、うれしそうな声につられ、俺たちは久々に日本の土を踏んだ。
正直、驚いた。
いや、影から見ただけなんだが、あいつそっくりだった。
竜も言葉を失っていた。
表情はころころ変わるわ、その物腰まで。
ただ、あいつと違うのは、そいつは刑事だということ。
ふと、竜の手からあいつのコインが落ちた。
そのコインは、そいつの足下へと転がって行った。
そいつはそれを拾い上げると、俺たちに気付いた。
「なんだ、日高さんか」
その声に妙に、口の中が乾く。
「やあ、大下さん。元気ですか?」
修が馴れ馴れしく声をかける。
当然か。探偵と刑事という職業柄、出会っても不思議ではない。
「俺が、昔世話になった、水原さんと竜崎さん」
修が、俺たちを紹介する。
「ども、大下です」
初対面の人間を、観察する目で見ている。この若さで、すでに刑事としての基盤は出来ている。
俺はうっかり笑いそうになった。
「なんすか?」
「いや、気にしないでくれ。ちょっと、思い出し笑いだから」
横浜で、探偵社を再び始めるとは思わなかった。
でも、そいつの側にいたかった。
まるで、ナイフのような、鋭く感じる気配に、危うさを感じたから。
またあいつのように、いなくなるような事があったら、俺たちは二度と立ち直れない。
あいつに、俺たちが出来なかった事、全てやってあげたい。
うっとうしいと思われるかもしれない、と二人で久々に笑い合った。
こんなに、笑ったのは久々だった。
いつからだろう。
そいつから、そんな危うさが消えたのは。
気付くと、そいつの隣には相棒がいた。
ナイフの刃をしまうような、鞘のような器の男が。
「鷹山です」
最初紹介された時、鷹山からの視線は、好奇心のような気がした。
でも、大下の屈託のない笑顔に、漸く気を許してくれたのか、よく遊びにくるようになった。
そんな二人を、俺たちは微笑ましく見ていた。
今、二人は俺たちの仕事を手伝っている。
俺たちは、奴らに言ってないが、そろそろ引退を考えている。
あの二人に、全てを任せて。
机にコーティングした、お前のコイン、やっぱり、俺たちにとってはお守りだったよ。
自分たちの成功の話じゃない。
あいつと引き合わせてくれたっていうこと。
あいつを見て来て、俺たちも生きる気力が湧いて来たんだ。
これからは、お前があいつを見守っていてくれ。
これは、俺からの頼みだぞ。
断ったら、あの世にいってから、いじめ倒してやるからな。
なぁ、五島・・・。