大下は、立花と共に、彼の住居でもある西部署官舎へと向かった。
そして、軽くシャワーを浴び、服を着替えようとした立花は、

「あ」

と呟いた。

「大下さん、すみません、スーツないんですが・・・。港署に行くんですよね・・・」
「ああ。いいよ、何でも。そんなにうるさい署じゃないし。・・・ひょっとして、ジーンズにする?」
「・・・こんな日に限って、ないんですよね・・・。スラックスも。この間、弾掠って焼けちゃって」
「・・・お前の署にいたら、アルマーニのスーツとか着れないな・・・」
「大下さんなら、見事にかわすでしょうけどね」
「まぁなー」

大下は、得意げに踏ん反り返った。

何気ないやり取りにも、お互いは気を使う。
努めて、明るく。決して、悲壮感は漂わせない。

そうでないと、多分、お互い、立っていられない。

結局、黒地のジーンズにうす茶のジャケット、中は白地のシャツ、といういでたちになってしまった。

「仕方ないだろ。緊急事態だし」

大下は、腰に手を当てて、その格好を見ていた。

「あいつが、まだ署にいたら、楽しい事になりそ」
「え、何ですか?」

大下の呟きに、立花が問い返した。大下は、「いや?」と意味ありげな微笑みを返すだけだった。



リストを作っている鳩村の元へ、鷹山の手術は完了したとの連絡が入った。
鷹山は、立花がじゃあ、と言ったため、階段を降りようとしていた。その動きの中で、弾道がそれ、奇跡的に一命を取りとめたのだった。
立花が、そのタイミングでじゃあ、と言わなければ、確実に心臓を撃ち抜かれていた、との報告に、鳩村は寒気がした。

「コウ、お前のおかげで、鷹山は助かったんだぞ・・・」

ふと、そう呟くと、また資料と格闘を始めた。


二人が鷹山の手術完了の知らせを聞いたのは、横浜へと向かう車中だった。

「な、死なねぇって。死ぬ訳ないんだから、タカは」

大下は、子供のように、助手席ではしゃいでいた。
その様子に、立花はほっと軽く一息ついた。



「・・・あれぇ?」

大下は、港署の前で、頭をかいた。
・・・というか、港署の場所だった所。

「移転されてるそうですよー」

立花は、近所でそう聞き、新しい場所へと車を走らせた。

「俺らがいなくなってから、随分はぶりがいいんじゃね? いた当時なんて、会計が予算が予算がって騒いでたのにさ」
「ま、まあまあ。あ、ここですよ」

港署は、大下と鷹山が辞めてから半年で、移転していた。
だが、捜査課のメンバーは、あらかた変わってはいなかった。
受付で、大下が知ってる顔に声をかける。

「よっ、久しぶりー」
「お、お、大下さんっ」

その名前に、署内が騒然とする。
鷹山の事件の一報がこっちにも入ってきているのだ。

「・・・大丈夫、タカなら。捜査課は、今はどこ?」
「あ、二階です」
「あっそ。さんきゅ」

大下はそういうと、カウンターを離れ、階段へと向かった。
立花は、受付のその警官へと会釈をして、後を追う。
その姿を、警官は消えるまで不思議そうに見ていた。


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