016.怪我
鷹山が鳩村の額に手を当てようとした。
鳩村はその手をすかさず払いのける。
「だい、じょうぶだ」
「どこがだ」
鳩村は、鷹山をかばって被弾していた。
肩口なので、足の方は平気で、最初は走り回っていたのだが、段々とその足取りもおぼつかなくなって来ていた。
鷹山はそれを見て、鳩村の額で熱を測ろうとしたのだ。
ジャケットは、黒いのでそれとわからないが、血でぐっしょりと濡れている。
ネクタイでの止血も今ひとつ効果が上がってないようだ。
走っただけではない息の荒さが、事態の深刻さを示している。
「俺なんかほっとけばいいものを」
「・・・一般市民を、守るのが、お巡りさんだ、ろ」
ふうっと息をつく鳩村のジャケットの下へ、鷹山は手を伸ばした。
鳩村がすかさずその手をつかみ取る。
「だめだ・・・」
「その状態で言う台詞か? いいからよこせ」
あまり力の入っていない鳩村の腕をどかし、脇のホルスターから銃を引き抜いた。
その銃に、ぬるりと血がついている。
「自分の血でもいやだけどな」
「だったら、撃つな」
「嫌だ」
鷹山は地面の砂をグリップへとこすりつける。
その行動に、鳩村は眉根を寄せた。
「ハンカチ持ってないのかよ? 紳士だろ?」
「血は落ち辛いんだ。洗濯大変なんだよ。よもや、女性用の洗剤買う訳にはいかないだろ?」
「お前・・・」
そんなダイレクトに、という言葉を遮る様に、鷹山はとある方向へと銃を放つ。
もう、追っ手に追いつかれたらしい。
「文句言えるぐらいなら、まだ走れるのか?」
「ケガ人だから、あまりあてにしないでもらえるか」
「置き去れっていうなら、お断りだ。俺は借りは返す主義でな」
鷹山は、そういうと鳩村を先に走らせた。
ほぼ、押し出す、といった表現が近い感じだった。
その鷹山の頬に、ぽつっと水滴が当たる。
ふと空を仰ぎ見ると、嫌な雲が湧き出ていた。
「山の中だもんな・・・。天気は変わりやすいか・・・」
鷹山は一人そう呟く。
瞬く間に、雨が一気に落ちて来た。
雨は二人を追っ手から隠すが、二人の体力を奪う事も出来た。
先に根を上げたのは、鳩村だった。
普通に走っていたかと思うと、ぐらりと体が傾き、そのまま前のめりに倒れたのだ。
「鳩村っ」
「ちっ・・・、足が、言う事きかねぇ・・・」
鷹山はそんな鳩村に肩を貸し、歩き出した。
雨はさらに酷くなって行く。
二人の足下もかなりぬかるんでいた。
「・・・・っ!!!」
雨が足元と共に、視界も奪っていた。
鷹山達の足元の草の下には、何もなかった。
踏み外してしまったのだ。
まるで、奈落の底に落ちる様に。
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さーて、次は・・・っと
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