008.酩酊
「いやーん、酔ったみたーい」

と、しなを作って、頭を寄せてくる立花に、大下は眉根を寄せた。

「はいは、酔ってるね、ハイハイ」
「ちょっと、ゆーくん、それはないんじゃない?」
「ゆ、ゆーくん・・・」

大下は、二の句が継げなくなった。
仮面舞踏会当日、難なく内部に潜り込んだ二人は、一方的に電波を飛ばすマイクを仕込んだ指輪とともに、鳩村達の踏み込みを待っていた。
大下は会場に入ると、すぐにバーカウンターに行き、鷹山と目配せをしてお互いの所在を確かめ合った。
で、しばらくバーカウンターで飲んでいたら、この状態になったのである。

「お客様、おもてになりますね」

鷹山は、何とか笑いを殺しながら、大下にぽつりと言った。

「はいはい、おかげさまでぇ。・・・何で俺、ガキにしかモテないんだろ・・・」

そう言って、大下は立花の持っていたグラスに口を付けて、驚いた。

「旨いなぁ、このジンライム!」

『って、マジ酒じゃん! 俺の水割りはウーロン茶で、こいつにはモノホンかよっ!』
と、心の中で叫び、鷹山を睨みつけた。

「ガキって、私のことかなぁ・・・?」

その声に、立花に視線を戻すと、ものすごく大下の顔の間近で凄んでいる。

「てか、コウちゃん、目座ってますけどぉ・・・」

酒のせいか、紅潮した肌と、トロンとした目つきをしているのにも関わらず、大下は冷や汗をかいた。
返答に困っていると、出入り口の所がにわかに賑やかになる。大下がそっちの方を見ると、明らかに怪しげなメンバーが、男に促されて、Vipルームと書かれている部屋に入って行くのが見えた。
『今か?』と身構えた大下だったが、その袖を立花が引く。大下が振り返って立花を見ると、首を振った。まだ、出るタイミングではない。

「酔ってないな」

と、耳元でささやくと、立花はくすぐったそうに首をすくめて、うなずいた。

「ねー、ゆーくん、私あっちの食べ物食べたいなー」
「いいよー。じゃあ、一緒に行こうか」

立花の腰に手をかけ、カウンターを離れる。背後から、プッと吹き出す音を聞いた大下は、

『マジ、後でシメる!』

と、心に決めたのだった。

VIPルームの中は、フロアからはカーテンがされていて見えないが、先に鷹山がこっそりカメラを仕込んでいたので、後は鳩村達が入るのをただ待ち、裏口を押さえる役目があるのみだった。
だったら、後は食べる!とばかりに、立花と大下は、テーブルの上の食べ物に手を付け、周りと同化していた。
すると、一人の男が、立花に近づいて来た。
立花は仮面をしているのだが、どうもその男は立花を最初から目的としていたようだ。
大下は気づかなかったが、カウンターの鷹山にはその様子が分かり、冷や汗が吹き出す。
立花が、次の食材を手にしようとした時、その男は立花の手を取った。

「え・・・?」
「お嬢さん、一曲お願い出来ませんか?」
「あ、え、でも、お、いや、私・・・」
「おいっ、何だ、お前・・・」

立花の困惑した言葉も、大下の押しとどめようとする言葉すらも無視して、男はフロアに立花を引っ張りだした。
目立ってはいけない、という事もあり、大下は途中で追うのをやめ、様子を見る事にした。
男のステップは、大下より劣る、と思った。
が、何かを耳元でささやいた途端に、立花の体がこわばった。

「・・・!」

大下がフロアに足を踏み出そうとした、次の瞬間、男は立花のあごを引き上げたと思ったら、そのまま口づけをした。

「え、え、えぇぇぇぇぇぇぇぇ?」

今度は大下の動きが止まる番だった。

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