006.煙草


くゆる紫煙の向こうに
霞む世界は幻の様で
深く沈む思考は
自分の集中力を上げてくれる


「なのに、何なんだろうな、この仕打ちは」
「いくら叙情的にポエム読んでも、駄目なものは駄目です。諦めて、喫煙所に行って下さい」

立花は、そう言うとドアを指差した。

「コウちゃん、冷たい」
「しょうがないでしょ、禁煙って決まったんですから」
「特機の車庫んとこだろ? 遠いよ!」

うだうだ言い出す鳩村と山県の目の前で、立花は大きな音を立て、机を叩いた。

「ぐだぐだ言える立場ですか。喫煙可にしたければ、署長になって下さいよ!」

その剣幕に、鳩村と山県はすごすごと刑事部屋を出て行く。
立花は、机に向かうと、書類にペンを走らせた。

その様子を、部屋の隅にあるコーヒーメーカーの側にいた平尾と北条が、唖然と見ていた。

「コウちゃん、機嫌悪・・・」

平尾がおどおどした感じでぽつりと呟いた。
北条は頷くと、少し声のボリュームを落として言った。

「ここんとこ、妙な記者に追っかけられるんで、寮に帰れないみたいで」
「妙な記者? それって、ロンゲの眼鏡のガリオタみたいな奴?」
「そいつ。ゴシップ狙いらしいよ。龍絡みの」
「・・・あちゃー・・・、そりゃ機嫌損ねるわー・・・」

ここ数日、立花と街のパトロールに出ると、行く先々で出没するので、平尾も気になっていた。

「紳士協定も、そいつにはあったもんじゃないからね。捜査の支障にならなければいいけど」

北条の懸念は的中した。
立花には、捜査から外れるよう、命令が下った。
そして、その記者は、木暮からこっぴどく注意が行き、久々に立花は監視から解放されたのだった。


北条が宿直の夜、中庭で運動をしようと喫煙所の前を通ると、明かりがついていた。
気になって覗くと、立花が一人、煙草を手にしていた。

「あれ、お前吸ってたの?」

突然の北条の出現に、立花は驚いて顔を向けた。

「ジョー先輩・・・。まあ、どうしても必要って訳じゃないんですけどね・・・」
「それ、ハトさんの煙草だろ。・・・いっか。火の用心はよろしくな」
「あ、先輩」

立ち去ろうとした北条を、立花は呼び止めた。

「何?」
「・・・いえ」
「言いたいことがあったら、吐いちゃえよ。腹に残すと、具合悪くなるぜ」

立花は、ちょっと躊躇してから、話しだした。

「俺って、結局、高崎龍の弟でしかないんですかね」

北条は、その言葉に、立花の手の煙草を引ったくって、一口吸った。

「先ぱ・・・」
「兄貴は選べないだろ。弟も選べないし、両親も選べない。だったら、後悔はできないだろ。
俺たちにとっては、お前はお前だし、どっちかってと、龍の方が、コウの兄貴、なんだぜ?
それに。自分の選べるものは全て選んで、お前は進んできたんだ。
だから、ここにいる。違うか? 」

ぽんっと肩を叩いて、煙草をもみ消した。

「火の用心、完了っと。さーて、中庭でラジオ体操でもするかなぁ」

何事もなかったかのように、立ち去る北条の後ろ姿を、立花は黙って見送った。


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