歩道の上に置かれた、花束に向かい、手を合わせる。
初夏の風は、思ったより冷たく、身体と共に、心の中まで打ち付けていた。
「大下?」
少しキーの高い声が、背後から聞こえ、大下は振り向いた。
「龍、コウ・・・」
スーパーのビニール袋を下げ、ジーンズと白の長袖のシャツに眼鏡といういでたちの龍と、
同じスーパーの袋を下げ、白地にグリーンのストライプの開襟シャツに、
同じくジーンズのいでたちの立花が、大下を見下ろしていた。
こうして二人揃うと、恋人同士に見えなくもないな、と大下は思った。
「お前達、ここらなのか?」
「あ、うん。俺の官舎がそこの五階建ての」
と、立花が空いてた右手で指し示す。300m位先のビルだった。
「ここって、一ヶ月前女性が殺された場所だよね」
「ああ」
「犯人現行犯で捕まえたのって、大下だったよな」
「ああ・・・」
ストーカー事案に関わっていた大下と鷹山は、そのストーカーと直接対決をし、念書を取り、
落着したかのようだった。
しかし、ストーカー男は、再び姿を現し、鷹山がその動きがおかしい、と大下に連絡。
大下が彼女に注意を促そうと、彼女の自宅を訪れた時、物陰から現れた男に、大下は
脇腹を深々と刺されたのだった。
意識が飛びそうになった、その目前で、逃げ出した彼女を、その大下の血のついたナイフで、
2度ほど、刺したのだった。
「救えた、はずだったのに・・・」
「大下さんは、その前に刺されたんだから、仕方・・・」
「俺のせい、なんだ・・・。俺が・・・もう少し早くここへ・・・」
消え入りそうな声に、立花はかける言葉も見つからなかった。
大下は、その男をふらつく足で取り押さえると、ナイフを引きはがし、騒ぎで官舎から出て来た
非番の西部署員に引き渡すまで、しがみついていたのだった。
「ここへ来たのは」
龍が、口を開いた。
「後悔するためか? それとも、前に進むためか?」
凛とした声。
大下は、怪我もようやく癒えて、ここに来た。
ならば。
「愚痴聞いてもらいたいのか?」
「兄貴っ」
立花は少し強い口調で、龍をたしなめた。
「あんただけじゃなく、あんたの相棒も、同じ様に苦しいだろう。遺族は言うまでもなく、
この近隣の人たちもきっとそうさ。
どうして、何もしてやれなかったんだろう、
どうして、防げなかったんだろう。
そして、犯人の知り合い達も、どうして止められなかったんだろうって」
龍は、大下のスーツの襟首を掴んで、強引に立ち上がらせた。
「でもな、いやおうもなく、俺たちの上を時間は過ぎて行くんだよ。
いやでも、生きて行かなきゃならないんだよ。
生き残った以上は、先に行かなきゃならないんだよ」
龍は、真正面から大下をにらみつけた。
「傷は塞がる事はない。事件が解決したとしても。
その傷を、一生背負ってでも、俺なら、先に進む」
事件の被害者の気持ちは、その事件に遭った者にしかわからない。
「俺だって・・・、何度後悔したか・・・わかんねぇよ・・・」
父親が殺された日。もう少し、早く家に戻っていれば、父親は死なずにすんだのではないか・・・。
龍と立花は、何度後悔しただろう。
それは、数えきれないほどに・・・。
そして、今でもまだ、・・・・・・後悔し続けているのだろう。
大下は、その気持ちに気付き、言葉を継ぐ事が出来なかった。
と、龍はいきなり表情を変えた。
「さて、説教はおしまいっ。大下、暇なら酒付き合え。功んとこで」
「え?」
二人が同時に聞き返した。
「ちょっ、兄貴、マジで?」
「本気だよーっ」
「おいおい、まだ、俺けが人・・・」
「愚痴りたきゃ、愚痴れ。その変わり、俺のも聞いてもらうぞ。
ギブアンドテイクだ」
ちょっと芸能界の話も聞きたくなった大下は、先に立って歩き出した龍の後ろを、
ホイホイと付いて行った。
立花はあきれ顔で、二人の背中を見た後、二人に見えない様に、花束に手を合わせた。
「俺たち、二度とあなたのような人を出さない様に、努力します。
すみませんでした・・・」
二人が振り向くより早く、立花は素早くその場を離れ、二人に追いついた。
色とりどりの花が、風に揺れていた。