003.捜査

 

二人は、デックス台場のデッキにいた。視線の先には、一組のカップル。さり気なく、デッキの手すりに寄りかかり、二人を監視していた。

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ある日、仕事がない二人は、事務所の掃除をしていた。平和な一日が過ぎようとしていたその日、あまりにも珍しい人が来た。

「鷹山、大下、久しぶりだな」

二人が、その聞き慣れた声に、驚愕しつつ振り向くと、そこにいたのは

「課長!!!」

近藤卓三、元神奈川県警横浜港署・副署長。二人が刑事だった頃は、捜査課の課長だった。

現在、川崎に住んでいて、交通指導員として、県警の嘱託となっている。

「なぜ、わざわざ渋谷まで?」

大下が冷たい麦茶を出して言った。

「いや、お前たちに折り入って頼みがあってな」

近藤の話を要約するとこうだ。彼が付き合いのある、市議会議員の令嬢が、結婚することになった。だが、議員という立場もあり、相手に何か不都合があってはのちのち問題となる。その憂いを断ちたいという話だった。

「やってもらえんかな」

「・・・課長の頼みじゃ・・・なあ、タカ?」

「うーん、そのかし、特殊料金かかるかもしれませんよ?」

その言葉に、一瞬近藤の表情が曇った。

「冗談ですよ、冗談」

鷹山が、両手をばたばた振って、慌てて言い繕った。

「断れるわけ、ないじゃないですか、課長。やりましょう。しかも、社割り料金で」

にこりと笑う。その表情に、近藤も表情を柔らげた。

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相手の男は、普通だった。

近藤が心配するまでもなかった。今、会っている女性も、婚約中の彼女だった。

二人とも、そろそろ引き上げようとした時、彼等が肩が触れたとか触れないとかで、ヤンキーと口論となった。

「どうする? 助ける?」

「一般市民としてなら、OKだろうねぇ」

鷹山がそう言うと、大下はひらりと身を翻した。

「はいはい、どうしたの?」

いつもの明るい口調で、割って入る。

「てめえには関係ねえだろ」

軽くいなされる。カップルの二人は、これ幸いと、大下の後ろに隠れた。

「邪魔すんじゃねぇよ」

そのヤンキーが、大下の胸ぐらを掴もうとした、次の瞬間、その手を取り、関節をねじりあげる大下の姿があった。

「自分の度量というものを把握してから、けんか売ろうね」

ヤンキーはそそくさと、その場を退散した。

「ありがとうございました」

女性が礼を言う。男性も軽く頭を下げ、その場を立ち去って行った。

「若い二人に、乾杯ってか?」

「何気障な台詞を言ってるんだよ」

余韻に浸る相棒に、引き上げるサインを送る。

「これじゃ、明日からは変装しなきゃだめかな」

「この後のフォローは俺がしておく。ユージは今日は帰りなさい」

へいへい、と軽く返事をして、大下はその場を立ち去った。鷹山が二人の後を追う。

普通のデート。彼女を送り届け、男は自宅へとの帰路につく。

「健康的じゃない」

ふっと笑みが漏れる。

明日が最終日。このまま、何も起こらずに、近藤に報告が出来るだろう。

結構な事だ。

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翌日、大下は前日までとは打って変わった服装で現れた。前日まではシックなスーツだったが、今日はカジュアルに、色彩豊か。眼鏡は逆に外して、髪はナチュラルに整え、そこらへんにいる、パパみたいな雰囲気。

「・・・・俺とは距離離れた方が、目立たないと思うが」

と、自分から言い出す。それには鷹山も同意した。

男は、その日、公園に出かけた。カメラを持ち、写真を撮っていた。

平和な毎日。そんな風景を切り取るように、デジカメのシャッターを切っている。

「・・・なあ、タカ」

鷹山の耳にしているイヤホンに、大下の声が届く。

「あ?」

「・・・気のせいかな。方向、違くない?」

言われて、鷹山もじっくりと彼の視線の先を追う。視線の先は、砂場。

子供が数人遊んでいる。よくある風景だ。そばでは親同志が談笑している。

そんな風景を写真に納めているのならば、問題はない。

「レンズ、微妙に下向いてるんだよね・・・」

「・・・・」

「砂場の女の子、こっちからじゃわかんないんだけど、タカからなら見える? スカートの中」

「・・・あ」

鷹山は男ばかり注目していたので、その先を見ていなかった。

確かに、ピンクのかわいいパンツが見えている。

カメラは、鷹山の場所からは肩ごしになってしまい、隠れて見えない。

「ロリコン・・・?」

「・・・かもね。でも、ロリコンっていうだけなら、個人の趣味だし・・・。倫理の問題だな」

「でも、写真はまずくない?」

「ああ。だが、画像を確認しないと、無理だろ」

「刑事じゃないしなあ。現行犯逮捕じゃないと無理だしなあ。さらに言うなら、距離がありすぎる」

「・・・勝負に出るか」

そう言うと、鷹山は男も含めた自分達の後ろにいる、母親と6才位の男の子に近付いた。

警戒の色を深める母親に、何事か少し話しかけた後、大下のイヤホンに鷹山の声が届く。

「OKだ。お前、この子とキャッチボールしてやってくれ」

「は?」

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大下と子供が、キャッチボールを始めた。男は相変わらず、写真を撮っている。

そのうち、ボールを追いかけた大下が、男とぶつかった。カメラは、芝生の上に落ちる。

「す、すみませんっ」

いつもの声より少し高めな声で、男に謝る大下。それをみた鷹山が、すかさず男の落としたカメラを男より素早い動きで拾う。

「あっ・・・」

慌てて奪い返そうとする男を躱し、鷹山は電源を入れた。

「このカメラ、大丈夫かな。私、写真屋なんですよ」

と、すかさず撮った写真をチェックする。

「なにしやがるっ」

さらに男が奪い返そうとする。

「・・・何を撮ってるんですか、あなたは。盗撮ですよ、これは」

その鼻先に、デジカメのモニターを突き付ける。そこには、少女のスカートの中が写されていた。

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「相変わらずらしいな」

近藤は苦笑いした。どうも、この二人がとった行動が耳に入ったらしい。

「令嬢はショックを受けてるが、仕方ないだろう。市議から感謝されたよ」

二人は照れ隠しに頭を掻く。

「じゃあ、これが料金」

封筒にいれた現金を机の上に置く。

「・・・・正直」

「は?」

鷹山が聞き返す。

「お前達が刑事を辞めて、やって行けてるのかどうか、心配してたんだ」

大下は、窓の外を見ていた。

「だが、大丈夫そうだな。私の思い過ごしのようだ。これからも、がんばれよ」

「はい」

鷹山は、当時のままのまっすぐな瞳で、近藤に答え、大下も、当時のままのシニカルな笑顔で答えた。

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