二人は、デックス台場のデッキにいた。視線の先には、一組のカップル。さり気なく、デッキの手すりに寄りかかり、二人を監視していた。
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ある日、仕事がない二人は、事務所の掃除をしていた。平和な一日が過ぎようとしていたその日、あまりにも珍しい人が来た。
「鷹山、大下、久しぶりだな」
二人が、その聞き慣れた声に、驚愕しつつ振り向くと、そこにいたのは
「課長!!!」
近藤卓三、元神奈川県警横浜港署・副署長。二人が刑事だった頃は、捜査課の課長だった。
現在、川崎に住んでいて、交通指導員として、県警の嘱託となっている。
「なぜ、わざわざ渋谷まで?」
大下が冷たい麦茶を出して言った。
「いや、お前たちに折り入って頼みがあってな」
近藤の話を要約するとこうだ。彼が付き合いのある、市議会議員の令嬢が、結婚することになった。だが、議員という立場もあり、相手に何か不都合があってはのちのち問題となる。その憂いを断ちたいという話だった。
「やってもらえんかな」
「・・・課長の頼みじゃ・・・なあ、タカ?」
「うーん、そのかし、特殊料金かかるかもしれませんよ?」
その言葉に、一瞬近藤の表情が曇った。
「冗談ですよ、冗談」
鷹山が、両手をばたばた振って、慌てて言い繕った。
「断れるわけ、ないじゃないですか、課長。やりましょう。しかも、社割り料金で」
にこりと笑う。その表情に、近藤も表情を柔らげた。
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相手の男は、普通だった。
近藤が心配するまでもなかった。今、会っている女性も、婚約中の彼女だった。
二人とも、そろそろ引き上げようとした時、彼等が肩が触れたとか触れないとかで、ヤンキーと口論となった。
「どうする? 助ける?」
「一般市民としてなら、OKだろうねぇ」
鷹山がそう言うと、大下はひらりと身を翻した。
「はいはい、どうしたの?」
いつもの明るい口調で、割って入る。
「てめえには関係ねえだろ」
軽くいなされる。カップルの二人は、これ幸いと、大下の後ろに隠れた。
「邪魔すんじゃねぇよ」
そのヤンキーが、大下の胸ぐらを掴もうとした、次の瞬間、その手を取り、関節をねじりあげる大下の姿があった。
「自分の度量というものを把握してから、けんか売ろうね」
ヤンキーはそそくさと、その場を退散した。
「ありがとうございました」
女性が礼を言う。男性も軽く頭を下げ、その場を立ち去って行った。
「若い二人に、乾杯ってか?」
「何気障な台詞を言ってるんだよ」
余韻に浸る相棒に、引き上げるサインを送る。
「これじゃ、明日からは変装しなきゃだめかな」
「この後のフォローは俺がしておく。ユージは今日は帰りなさい」
へいへい、と軽く返事をして、大下はその場を立ち去った。鷹山が二人の後を追う。
普通のデート。彼女を送り届け、男は自宅へとの帰路につく。
「健康的じゃない」
ふっと笑みが漏れる。
明日が最終日。このまま、何も起こらずに、近藤に報告が出来るだろう。
結構な事だ。
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翌日、大下は前日までとは打って変わった服装で現れた。前日まではシックなスーツだったが、今日はカジュアルに、色彩豊か。眼鏡は逆に外して、髪はナチュラルに整え、そこらへんにいる、パパみたいな雰囲気。
「・・・・俺とは距離離れた方が、目立たないと思うが」
と、自分から言い出す。それには鷹山も同意した。
男は、その日、公園に出かけた。カメラを持ち、写真を撮っていた。
平和な毎日。そんな風景を切り取るように、デジカメのシャッターを切っている。
「・・・なあ、タカ」
鷹山の耳にしているイヤホンに、大下の声が届く。
「あ?」
「・・・気のせいかな。方向、違くない?」
言われて、鷹山もじっくりと彼の視線の先を追う。視線の先は、砂場。
子供が数人遊んでいる。よくある風景だ。そばでは親同志が談笑している。
そんな風景を写真に納めているのならば、問題はない。
「レンズ、微妙に下向いてるんだよね・・・」
「・・・・」
「砂場の女の子、こっちからじゃわかんないんだけど、タカからなら見える? スカートの中」
「・・・あ」
鷹山は男ばかり注目していたので、その先を見ていなかった。
確かに、ピンクのかわいいパンツが見えている。
カメラは、鷹山の場所からは肩ごしになってしまい、隠れて見えない。
「ロリコン・・・?」
「・・・かもね。でも、ロリコンっていうだけなら、個人の趣味だし・・・。倫理の問題だな」
「でも、写真はまずくない?」
「ああ。だが、画像を確認しないと、無理だろ」
「刑事じゃないしなあ。現行犯逮捕じゃないと無理だしなあ。さらに言うなら、距離がありすぎる」
「・・・勝負に出るか」
そう言うと、鷹山は男も含めた自分達の後ろにいる、母親と6才位の男の子に近付いた。
警戒の色を深める母親に、何事か少し話しかけた後、大下のイヤホンに鷹山の声が届く。
「OKだ。お前、この子とキャッチボールしてやってくれ」
「は?」
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大下と子供が、キャッチボールを始めた。男は相変わらず、写真を撮っている。
そのうち、ボールを追いかけた大下が、男とぶつかった。カメラは、芝生の上に落ちる。
「す、すみませんっ」
いつもの声より少し高めな声で、男に謝る大下。それをみた鷹山が、すかさず男の落としたカメラを男より素早い動きで拾う。
「あっ・・・」
慌てて奪い返そうとする男を躱し、鷹山は電源を入れた。
「このカメラ、大丈夫かな。私、写真屋なんですよ」
と、すかさず撮った写真をチェックする。
「なにしやがるっ」
さらに男が奪い返そうとする。
「・・・何を撮ってるんですか、あなたは。盗撮ですよ、これは」
その鼻先に、デジカメのモニターを突き付ける。そこには、少女のスカートの中が写されていた。
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「相変わらずらしいな」
近藤は苦笑いした。どうも、この二人がとった行動が耳に入ったらしい。
「令嬢はショックを受けてるが、仕方ないだろう。市議から感謝されたよ」
二人は照れ隠しに頭を掻く。
「じゃあ、これが料金」
封筒にいれた現金を机の上に置く。
「・・・・正直」
「は?」
鷹山が聞き返す。
「お前達が刑事を辞めて、やって行けてるのかどうか、心配してたんだ」
大下は、窓の外を見ていた。
「だが、大丈夫そうだな。私の思い過ごしのようだ。これからも、がんばれよ」
「はい」
鷹山は、当時のままのまっすぐな瞳で、近藤に答え、大下も、当時のままのシニカルな笑顔で答えた。
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