頬に当たった一滴の雨つぶが、瞬く間にその数を増やし、巨大なシャワーとなって、元町商店街を覆い尽くした。 西條は、逃げまどう人並みの中にまぎれ、その雨を避ける場所を探し求めていた。 というのも、普通にショッピングしていたわけではなく、ただなんとなく散歩していただけだったので、裏道を通っていたからだった。 雨は容赦なくアスファルトの地面を叩く。 ようやく、高架下の橋の上に逃げ込み、一息ついた。 「たーっ、まいったなあ・・・・」 高架に遮られた向こうの空間で、滝のように降り続く雨を眺めていた、その時。 さっきの自分のように、あわてて駆け込んで来た男がいた。 ふと見ると、視線を隠すようなサングラス、整髪料で整えられた髪、グレーのスーツに包まれた体は、細いが、力強い感じだった。 西條の視線に、その男は気付いて、サングラスを外すと、会釈をしてきた。 人なつっこい笑顔は、かなりの童顔。ちょっと低めの声で、西條に話しかけて来た。 「降って来ましたね」 「そうですね」 「天気予報、はずれたなー・・・」 「地元の方、ですか?」 「ええ。失敗したなぁ・・・」 ため息まじりで、そこまで言うと、また車のエンジン音だけが響く空間だけが存在する。雨音も単なるBGM。 ちらりと横目でその男を見ると、その男もまた、西條をちらりと見ていた。 「観光、ですか?」 この単調なBGMには、飽き飽きとばかり、男は積極的に話しかけて来た。 「ええ、そうなんですよ。ちょっと買いたいものがあってね」 「どちらから?」 「新宿です」 「結構近場ですね」 「ええ、ですが、近いほど、出かける気にならないですよね。それに、自分が不定休なので、滅多に出て来れないと言いますか」 「ああ、分かります、それ。俺も野毛山動物園なんて、行く気しませんしね」 二人で、ふふっと笑いが漏れる。 「これからどちらに行こうとしてらしたんですか?」 「もう、帰ろうかと思ってまして、石川町駅までと思ったんですけどね」 そのまま、とりとめもない話をし、つい、盛り上がってしまうような話題も出て、楽しく時間を過ごしていた。 と。 パトライトを載せた、セダンが走り込んで来た。 「ユージ、事件だ」 西條が、振り向くと、男はまたサングラスをかけ、車に素早く乗り込んで行った。 「え、刑事なの?」 その外見からは思いもつかなった。 「あ、タカ、お願いがあるんだけど」 「あ?」 「あの人、駅まで乗せてあげられないかな」 「え?」 西條と、タカと呼ばれた男が同時に、呟く。 「いやいやいや、早く行かれた方が」 西條が慌てて手を振る。 「でも、雨、止みそうにないよ」 「ユージ・・・」 「すぐそこの石川町でいいからさ」 タカという男は、ため息をつき、パトランプを下げた。 「乗りな」 「サンキュ、タカ! 乗って!」 ほんとはいけないだろうが・・・と、西條はため息をつきつつ、けれどこのままこの橋の下で、寒さに震えるよりはいいかと、同乗させてもらった。 石川町駅で、西條は、そんなおかしな二人と別れた。
「西條、起きろ」 目を開けると、車の天井が目に飛び込んで来た。 「寝やすいからって、後部座席で随分、のんびりしてたなぁ?」 日産キューブの後部座席に、横になって寝ていたのは、張込みで、偶然同じ人間を張っていた大下に、誘われたからだ。 「・・・まあね・・・」 助手席には、鷹山がいる。 「石川町駅・・・」 「あ?」 大下がバックミラー越しに西條を見る。 外は雨。 「石川町駅?」 大下は首を傾げた。 自分も今まで忘れていた。 あの時、感じた「予感」のようなものは、今をさしていたのか。
あの時と同じように、雨は降り続いている。 戻る |