「団長の、後輩?」

鳩村のその呟きに、小鳥遊は、そう、と頷き返した。

「とはいっても、同じ職場になったことはないけどな」
「・・・え?」

砂塵が少し舞い降りる。解体と同時に、水を撒いてはいるのだが、追いつかないらしい。
言葉が続かない鳩村に、小鳥遊は独り言のように呟いた。

「大門先輩がいた、刑事課に配属されたのが最初。まあ、いうなれば、俺は先輩の弟弟子、ってところかな。おやっさんが教えてくれたんだ。刑事のいろはを。俺は、先輩みたいに優秀でもなければ、果敢でもない。だけどな、鳩村君」

小鳥遊は、右手できゅっと握りこぶしを作ると、それを心臓の辺りへ当てた。

「先輩は、俺の手本。悪を憎む、確固たる姿勢は、俺の目指している高み。そして」

視線はその拳から、ゆっくりと鳩村へと向けられた。

「君たちは、先輩が遺した、先輩の遺志を継げる、正当なる後継者なんだから」
「勝手なこと言うな」

鳩村は、苛立すら感じていた。何に対する憤りか、自分では納得出来ないまま、漠然とした苛立ち。
まるで、子供の八つ当たりだ。
自分では分かっている。分かっているが、そのはけ口は、今は小鳥遊への言葉以外になかった。

「俺らが後継者。団長は団長、俺は俺だ。団長がなすべきだった事が継げる訳無いだろう!!」
「先輩の一つの夢。それを俺は聞いてる。・・・課長から」

淡々と話す小鳥遊と、語気を荒げて当たり散らす鳩村と。
もし、勝負しているとしたら、どちらが負けるか、明白だと思う。

「夢は、大門軍団みたいな軍団を作り、悪事を駆逐すること」
「・・・知ってるよ・・・」

松田が殉職した、その頃にちらりと聞いた話。
谷さんが、うっかり鳩村と北条にもらしてしまった言葉。

「俺は、そうありたいと、思っていたよ」

鳩村は、さっきまでの語気の勢いが消え失せ、吐き捨てる様な、今度は自棄になったような口調に変わった。

「そうありたいと、願っていた。けど、あの日・・・目の前で・・・目標が・・・。もう、俺は・・・」

ぎりっと奥歯を噛み締める。様々な感情が、鳩村を包んで黒く塗りつぶす。
言葉すら奪う。

「俺は、昔の俺じゃない」

自分で、分かっていた、一番の怒りは・・・自分に対するもの。
誰にも決着がつけられないのも知っている。知っていて。

「今の俺は、・・・子供だよ」

ふっと、自嘲気味の笑みを漏らした。

「子供なら、これからいくらでも成長出来る。俺は気が長いんだ。建物が完成するまで、あと半年はある。・・・待っている」

小鳥遊の視線を避ける様に、鳩村は慌ててバイクに飛び乗った。


少し走ると、無線が飛び込んで来た。
検問に、それらしい男が引っかかった、と。
鳩村が現場に行くと、立花を襲ったのと同じ格好をした男が、警官達に取り押さえられていた。

「鳩村さん、こいつナイフを持ってました」

取り押さえている警官の一人が、鳩村にナイフを渡した。
それは確かに、立花に向けられたナイフと同じ形だった。

「お前、あいつをどうして殺そうとしたんだ?」
「あいつは、俺の顔を見たからだ!! あの空き地で」
「空き地で何をしてたんだ」
「・・・」

途端にだんまりを決め込んだ男を、連行する様に伝え、刑事課に連絡を取った。

「こちら鳩村。容疑者を確保」
「よし、鳩村君、立花に面通しさせてくれ」
「了解」

鳩村は、明子の家へと向かった。



「ハトさん、事件片付いたの?」

明子のその言葉に、鳩村は軽く頷いた。

「ああ、それでちょっとあいつに面通し願いたいんだ。いいな、立花」
「はい。鳩村さん」

立花が出て行こうとした時、明子が鳩村を呼んだ。

「兄貴のこと、負い目に思わなくていい。じゃないと、私が辛いよ」
「・・・誰かからいらないことを聞いたな? 思ってないよ、全然。これは、俺の問題だから。じゃあ、ジュンによろしく」
「はいはい、相変らず、せっかちだね」

そんな言葉を背後に聞きつつ、二人は表へと出た。

「あれ。バイクじゃないんですか?」

立花の前にあったのは、普通のパトカーだった。

「二人乗り、面倒だからな。これで楽しようかと思って、検問で借りた」
「はあ」
「何だ、バイクの方が良かったのか?」
「いえ、そういうわけでは」

楽しようかと、という所に突っ込みを入れたつもりが、スルーされてしまい、真顔で返されたので、立花は慌てて両手を振ってごまかした。そんな立花に首を傾げつつ、鳩村は車に乗り込んだ。


署までの道のりは、そんなに遠くはない。
車の中で、二人は無言だった。

そんな静寂を、無線が突き破った。

「鳩村君」
「はい、鳩村です」
「男が立花を襲ったのは、空き地に不法投棄をしていたのを見られたからだと言っている」
「不法投棄? 死体遺棄ではなくて、ですか?」
「ああ。あの女が見ていたと、騒ぎ立てているよ。彼が男だと言ったら、かなり驚いていたがね」

と、無線の向こうで笑い声が聞こえた。

「ちょっと待って下さい、課長」

鳩村が、その笑い声を制止した。

「それはおかしいですよ。立花が最初に奴を目撃した時は、制服姿だったんですよ? 普通制服で男女わかるじゃないですか」
「それが、とっさだったから、下まで確認してない、というんだ。とにかく、裏を取る」
「・・・お願いします」

鳩村は、運転しながら考え込んだ。立花は、そんな鳩村の横顔をちらりと横目で見た。

「だとしても変だ。君を背後から昏倒させているのは、何故だ? その時に殺せただろう。なぜ、今殺す必要がある?」
「俺を殺そうとして、時間がなかった、とか・・・?」
「そうか、署から君の所へ向かえば、かなり時間がかかる。けれど、俺たちは偶然、あの現場の近くにいた。死体を片付け、君を殺すには時間が足りなかった・・・すると・・・」

鳩村は、はっとした様にバックミラーの中の車を見た。

「・・・つけられてる。やっぱり、奴はフェイクか」
「どうして、身がわりなんか・・・」
「俺が、アコ・・・明子さんの所に君を連れて行ったからだ。君の行方が掴めなくなった。だから身がわりを立て、君を引っ張り出したんだ」
「・・・でも、これで署まで行ったら、そこで終わりですよね?」
「行かせてくれるわけないだろう。多分な」

鳩村のその言葉が終わると同時に、後ろの車が突っ込んで来た。
がつんっという衝撃が、車全体を襲う。鳩村は何とかハンドルを操作して、車を走らせた。
再び車が突っ込んで来ると、今度はさすがにガードレールに車をこする様にして、停車するしかなかった。

「てて・・・っ」
「立花、大丈夫か」
「はい、首痛いぐらい・・・で」
「降りろっ」

鳩村は立花を降ろすと、自分も続けて降りた。
追っ手の車は、二人をひき殺す勢いで走り出し、二人を追い回す。

「立花っ、こっちだ!!」

鳩村は狭い路地へと入り込むと、車はその路地の前を通過して行った。
立花は鳩村をまた違う道へと案内した。

「ここから、抜けられます」
「待て、立花、そこから出るなっ」

鳩村が立花を引き戻そうと手を伸ばす。一瞬遅く、手は空を切る。


見えたのは、車のバンパー。
硬直した立花の体。



迷いはなかった。

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