鳩村が違反車に追いついたのは、立花の交番を離れてから6分ほどした時だった。
ここまで執拗に逃げた理由は、点数が足りないからだと男は呟いた。
鳩村はため息を吐いて、違反の用紙にこつこつと記入する。
「はい、ここにサインして」
男ががっくりと肩を落として、書類にサインをした。
「今回は事故しなかったからいいけど、こんな逃走してたら、事故起こすよ。
・・・まあ、これで免停だから、運転する機会は暫くないけどね」
と、鳩村は男に切符を渡した。
「で、悪いんだけど、署まで来てもらうから。他にも手続きあるから」
鳩村は、手持ちの無線機で署と連絡を取り、応援のパトカーを回してもらう事となった。
そのパトカーが来るまでの間、鳩村はずっとその運転手の男の愚痴を聞くはめになっていた。
延々、10分。
いい加減、話を聞くのも飽きて来た時に、パトカーがやって来て、男を回収し、車も移動して行った。
「やれやれ・・・」
鳩村がため息をついて、出発しようと鍵を回し、セルをかける。
「・・・平和、だよな・・・。或る意味」
そう呟いて、苦笑した。
ふらりと流していると、ある公園で私服の立花の姿を見つけた。
その姿に、ふと、首を傾げた。
ベンチに座り、空を見上げている。
大体がそうだが、何か怒られたか何かで、落ち込んでいる様子に見えた。
そのまま放置しておくつもりだったが、傷に障るんじゃないかと気になった。
「お・・・」
声を掛けようとしたとき、その立花に近づく男の姿が見えた。
完全に、立花の死角。
鈍く光る鉄の色を見た時、無意識に手が動いていた。
だが、銃に触れた途端、腕が萎縮した。
ぱぁんっと響く銃声に、とっさにだが、身を屈めた。
ひゅんっと音がして、ベンチへナイフが突き刺さる。
そのナイフの柄へと視線を動かすと、サングラスをした男が立花を見ている。
目が、合った。
「お前っ・・・」
男はナイフを引き抜くと、そのまま走り去って行く。
「待てっ」
追おうとした立花だったが、かくんっと足の力が抜けた。
「・・・え・・・」
そのまま、ベンチの前へと前のめりで倒れ込んだ。
心臓が、激しく鼓動を打っている。
「くっそ・・・」
無理矢理、立ち上がり後を追おうとするが、今度は目眩がして膝をつく。
辛うじて撃てたのは、空。
あの状態では、立花の側の男のナイフだけを撃ち落とすなんて、出来ない。
手が震えている。
「くそっ・・・」
震える手を押さえ込み、銃をホルスターへとぶち込むと、立花の方へと走り寄る。
男をそのまま追うかと思った、立花の様子がおかしい。
鳩村は男の追跡を断念して、立花を支えた。
「立花、どうした?」
「め、目眩が・・・」
「お前、顔色悪いぞ? どこかやられたか?」
「い、いえ、どこも、切られても、刺されても、ません・・・」
呼吸が速過ぎる。
過換気を起こしているのが見てとれた。
「立花、ゆっくり息をしろ。深呼吸だ。いいな?」
「は、は、い・・・」
ようやく呼吸に落ち着きがみえた。
今まで座っていたベンチに、支えつつ座らせる。
「大丈夫か。落ち着いたか?」
「は、はい。すみません・・・。俺、あいつを追おうとしたんですが、何で・・・」
鳩村は、その立花の肩をぽんぽんと叩いた。
「驚いたんだろ。さっきのお前、隙だらけだったしな」
「・・・すみません・・・、でも、俺を放って追って頂いて良かったのに・・・」
「すぐに茂みにまぎれられたんでな。それより、無事でよかった」
「すみません」
「・・・謝ってばかりだな。お前、奴を知ってるのか?」
「・・・はい。あの男です。この間の事件の・・・」
鳩村はすぐさま無線を取り出した。
「こちら鳩村。立花巡査が再び襲われた。犯人は徒歩で逃走。付近の緊急配備願う」
立花は、ふらふらと立ち上がった。
鳩村はその様子を見て、辺りを見回す。
「ここは・・・」
何かに気付いた様に、鳩村は携帯を取り出し、電話を掛け出した。
「あ、すまん、お前の家が近いの思い出してな。ちょっと頼みがあるんだが、いいか?」
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